名前を呼びそうになってしまい、桜は喉元まで出かかった言葉を飲みこむ。慌てて、水を飲みこむ桜をスオウは不思議な顔をしながら見ていた。
二人が一緒にいること事態が珍しいのだ。誰か。例えば、ハイネの想い人である初を挟んで三人でいることは珍しくない。なので、彼らが二人という事態に桜は驚いた。そして、女装を見られてしまい、暴かれてしまうという恐怖。楽しかった汐との時間が消えて行くようだ。中途半端な自分が調子に乗ったから、こんな事態になってしまったのだと、負の感情は連鎖していく。心臓の痛みを抑えながら、地面を見る。


「あ、小梅さん。こいつはね俺の弟でハイネっていうんだよ」
「紹介してんなよ、勝手に。キメェ」


スオウにそれだけを告げると、ハイネは桜になど興味がないと言うように近く似合った椅子に腰かけた。
桜は安堵したが、痛みは止まらない。幼い頃、あれだけ、一緒にいた、自分のことなどハイネは喧嘩してしまった日からどうでも良いものとなっているのだ。嫌いというわけでも、好きというわけでもない。興味を持たれない、どうでもいい、という対象は桜にとってもっとも、残酷なものだった。
ずっと、思っていた。
一瞬でも、この、ハイネという人物の双眸に自分の色を残すことが出来れば幸せだろう、と。ハイネにとって不快な感情を自分の行動で抱かせたくないと思う反面、絶望的な光景を網膜に焼き付けて欲しいと願う自分もいる。だから、なのだろうか。時たま、死にたい、と桜が心髄で誰にも聞こえない声で呟くのは。
ハイネの趣味は享楽殺人者の手記を読むことや、グロテスクな画像を見て一人で喜ぶことだ。よく「人間を殺してみたい」と一人で囁いて周囲をひやりとされる。桜はハイネの発言の意図を良く捉えていた。
本当に人殺しを望んでいるわけではない。彼が望んでいるのは、自己を発散できるもの。けれど粘着質に絡みあう人間の息遣いとか、自分が味わう理不尽さを他者にぶつけたいと思っているのだ。
優しい人、とはいわない。盲目でも、それはいわない。優しくないと言う訳ではないが、桜に見せてくれた優しさは全部嫌々ながら、行っていたことだと今では判っている。
両親からの束縛、置いていかれる自分の存在。義務感。今との違い。心の底から優しい人、ではない。けれど、人に優しくできる人であることは、知っている。
弱い人、とも、言わない。弱いだけではない人だからだ。けれど、強いか、弱いかで言われると、身に纏った武装を剥がして行くと、とても弱い部分を抱いている人であることは確かなのだ。その、弱さが、彼に殺人願望という現実逃避を行わせる。
だから、桜が、あなたの前で死にたいんです、と言えばそれはハイネに対する一種の裏切りでもあるのだろう。
引き金を弾く感覚だ。願望が現実に変わり、彼はそこに快楽を求めるだろう。自暴自棄という奴だ。そうやって、妄想の中で、桜は思う。この人に殺してもらえたら、この人の前で死ぬことが出来れば。きっと、自分はハイネにとって印象を残す存在になることが出来る。

なんともいえない、虚無感を抱く度に、妄想する、自分勝手な戯言を。











四人は結局その後、一緒に公園まで歩いた。なぜ、公園だったか、というと、ハイネが言いだしたのだ。桜は嫌な予感がする自分に対する嫌悪感を抱きながら、公園まで向かうと、そこには、やはり初が網と虫籠を携えながら、ハイネを待っていた。


「ハイネ!」
「初たん、どうしたの?」
「アイス奢って」
「また、奢って欲しいのぉ、しょうがないなぁ初たんはぁ」
「走り回っていたら疲れたから。あ、スオウ!」



遠目にいるスオウを発見して近付いてくる。
スオウは先ほどまで、小梅という名の桜に話しかけようとしていたが初の姿を見て、初に焦点を合わせる。
桜は呆然としながら、そういえば、スオウくんも無意識にだけど初くんのことを見ているなぁ、と思っていた。
スオウが合わせる目線の高さはいつも初専用にされていて、彼は慈しみの眼差しと云うのが似合う表情を覗かせながら、初と向き合う。
それは、誰にも分からない。感情の変化に機敏な桜だからこそ気付けたことかも知れない。スオウもハイネと同じように初のことが好きなのだ。
ハイネへの遠慮なのか、彼がノーマルの人間と云う事もあり、男を恋愛対象として見られないのが原因か判らないが、その思いを表に表すようなことはしない。
桜の中で、スオウはとても我慢強い人だ。おどけて、冗談を言っているけれど、芯はしっかりしていて、昔から我慢することに慣れている。ハイネと比べると、強い人間で、傷つくことに対する耐性がある。その傷がすぐに癒えるというわけではないが。
どこまでも真っすぐであることを、心がけている人だと桜は思っている。そんな、彼が、真っすぐであるために、もしかしたら初を好きだという感情さえも我慢しなければいけないことだろうか。




どっちとも、僕のお兄ちゃんなんだけどね。


なんて、桜は子ども臭いことを考える自分の精神が嫌でたまらなかった。しょうがない、とこれも、割り切るしかない。だって、自分は中途半端な存在で、一番に愛されないなんて当たり前のことだからだ。






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