日曜日になり、桜は汐の家へと足を踏み入れた。朝から清貧な雰囲気を漂わす、静かな庭を通り抜け玄関のチャイムを鳴らすと、扉が自答的に開く。


「おじゃまします」
「いらっしゃい。汐ちゃん、起きたてだから、ゆっくりして上がっていって」


九時に汐の家に集合ということだったが早くきてしまっただろうか、と危惧しながら、汐の母親に言われた通り、ゆっくり上がる。ゆっくり上がるという意味が桜には意味不明な言葉だったのだが、気にするだけ負けだと言い聞かせ、廊下を歩いた。


「汐ちゃん」
「あ、桜。待って、待って」


慌てて服を着だす汐の胸板を思わず凝視する。わかってはいるが、やはり豊かな膨らみはなく、偽造された胸がブラジャーと共につけられていく。シンプルな服に身を包んだ彼女は、慌ただしく、クローゼットから衣服を取出し着用した。


「お待たせ!」
「うん。ごめんね、早くきすぎちゃたかな? 僕、時間、間違ってたのかも」
「違う。私が、だな、楽しみ過ぎて眠れなかっただけ」


目の下に隈を作り、笑みを浮かべる汐の姿を見つめながら桜は苦笑した。
勉強椅子に腰かけさせてもらっていると、汐は薄く化粧をしていつもの顔になる。艶やかな彼女の母親とよく似た髪を靡かせながら、桜の前に立ち、この前着た、服を差し出す。


「これは桜のだから」
「うん。ありがとう。一足早い誕生日プレゼントってことでもらっておくね」
「なにを言っている。誕生日プレゼントはまた渡すから、覚悟しておけ」


企んでいる物があるのだと、ニヤッと笑った顔は教室の隅で読書をする姿しかしらないクラスメイト達にとっては異色のものだろう。桜はみるみるうちに汐の手によって、美しくされていく。ピアスホールがないのが残念だと完成した桜の姿を見ながら汐は漏らした。


「じゃあ、行くぞ。買い物だ」
「う、うん。買い物だね。僕、行きたいお店、検索してきたんだけどいいかな?」
「もちろんだ。私のおすすめの場所も行こう!」


母親に出かけてくることを告げると、汐と桜は手を繋いで歩き出した。女性として見るには背が高い桜と汐の姿は一目につき、電車の中では遠目から睥睨された。桜は戸惑いながら、汐の手を強く握りしめたが、観覧してくる人間相手に睨みを利かせた汐の活躍で、見物人は消えていった。
駅に降り立つと排気ガスが充満し、人間が行きかう空間が広がる。日曜日だということもあって、人が溢れかえっていて、観光客も多くいるのか、本屋で売られている雑誌を手にとって歩いている。人ごみの中、外れないよう手を繋いだまま、目的の店が入ったビルへと入った。
女の姿をしているということで、普段の恥かしさが取れたのは、桜は好みの服を見かけては顔を綻ばせた。汐が背後から手を回し、鏡に当て、時には試着までした。パソコンの中で眺めているだけだった洋服の世界が桜の目の中に飛び込んで、手に取り、充てることができる。それは、今まで「女」である部分を持っていた桜にとって、夢のような空間だった。下半身はできるだけ見ないようにした。現実を思い出してしまうから。




「いっぱい買っちゃった」
「本当にな。私も、いっぱい買ったぞ」
「お金、こんなに使ったの、僕はじめてだよ。バイトしても貯金するだけだったから。あと、交通費とかに消えていたかな」
「じゃあ良かったな。初めて好きなものにお金をつかえて」
「うん、ありがとう。汐ちゃんのおかげだよ」
「それほどでもあるかもね」


二人はビルの四階に入っているカフェでお茶をしながらそんな他愛無い話をした。ラズベリーケーキと抹茶のムースを交互に摘まみながら。お茶をしたらどこに行こうかと言っている時だった。背後から声をかけられたのは。




「汐さんじゃない。どうしたの、珍しい?」


桜の背中が飛び跳ねる。聞き覚えがある声だった。鞄と買い物袋を手にもち、男は陽気に話しかける。汐が怪訝そうな顔をしたにも関わらず、参ることなく近づいてくるところは、桜がよく知る、実の兄に違いないだろうと顔を見なくても判別できることができる。


「隣いい?」


黒沼スオウは屈託のない無邪気な笑みを浮かべながら汐に告げる。


「ダメに決まっている。今は友達といるから」
「え、友達?」


どうやら、今までスオウの視界を捉えていたのは、汐だけであったようだ。視線を汐から逸らし、自分の真下にいる見知らぬ少女に目を向ける。小さく居場所のないように縮こまった初めて見る少女が、今、自分の発言で困惑していることを悟り、慌てる。長年、汐と幼馴染という間柄をやってきたスオウであったが、彼女が幼馴染組以外と交流を持っている所を見たことが無い。ましてや、買い物など一人で来る性質の人間だと思い込んでいた為、見逃してしまったのだ。


「わ、ごめんなさい」
「本当にな!」
「汐さん、友達いたんだね。なんだか、良かったよ」
「煩い、黙れ」
「ごめん、ごめん。お友達さん紹介してよ」



紹介しない方が逆に不自然であるという雰囲気になったので、スオウは尋ねる。誰一人として交流を持ってこなかった、汐の友人に興味が合ったというのも本当の所だ。
汐は睨みつけていたが、桜は意を決し、振り向く。本当は人と喋る時、顔を見るようにしている桜だが、この時ばかりは出来るだけ下を向いて話した。恥かしそうに見えれば良いと願いながら。



「はじめまして、あの、え、と」
「はじめまして! 黒沼スオウです」


元気が良い挨拶が返ってくる。スオウらしいと呼ばれる挨拶だった。
桜は出来るだけ高い声をだして、喋る。自己紹介と言っても名前をそのまま告げることが出来る筈がない。苦心の末、適当に連想された名前を吐き出した。


「小梅です」
「小梅さんかぁ。あ、飴と一緒の名前ですね。ありますよね、そういうの」
「あ、ありますよね」


桜はにこりとしながら、顔を上げてしまった。スオウと双眸と双眸が合わさる。
スオウは息を飲んだ。一瞬、自分が良く知る顔に似ていると思ったが、そんな訳がないので、似ているという考えは消えて行った。驚いたのは、彼女が、とても自分好みの容姿をしていたからだ。可愛いと言っても、綺麗と言っても差し支えない、落ち着いた清楚な顔。申し訳ない礼儀程度の化粧に、オレンジ色の口紅はよく栄えていた。丸い双眸を初対面の不安から泳がせながら、彼女はこっちを見ていた。汐の友達なので、ある程度、可愛い子だとスオウは予想していたが、自分の予想を超える可愛さに息を飲む。万人に好かれる顔つきだ。


「か、可愛いですね」
「は、あ、汐ちゃん可愛いですよね」


擦れ違いの会話を交わしながら、二人はぎこちなく微笑みあう。


「オイ、スオウてめぇ、どこに行ってんだよ」


初々しい空気をぶち壊すような、低気圧が放り込まれる。棘のある声に桜はスオウから目を逸らし、スオウよりも、もっと親しみがある声色の主を見つめた。巨大な荷物を両手に持ちながら、黒いコートを羽織っている、桜の想い人であるハイネは気だるげな表情でそこに立っていた。




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