薄鼠色の雲を通して淡い光が地に注いでいる。緑葉が揺れ、赤卒が行き交うと白秋が揺れる。黒沼桜は立ち止り、収穫される麦の光景をゆっくり眺めていた。桜はこうやって、景色を見つめているのが好きだった。特に季節の変わり目は自然本来の変革を間近で味わえることが出来て、好きだった。この趣味を知っているのは、世界で一人、桜の幼馴染である、飯沼汐だけだろう。




「桜、満足か」
「ごめんね、付き合わせて」
「いいよ、別に。気にしない」


汐は肌寒くなってきたからと、父親から渡された朱色のマフラーに顔を埋めながら答えた。女子特有のスカートが、風に揺られ、ちらちらと舞う。男であるのに、女性徒専用の制服を見事に汐は着こなしていた。身長差があまりない二人が並ぶと、さながら、男女のカップルのようである。



「綺麗だったか?」
「うん、綺麗だった。どこか、泣きたくなるくらい。静かで」
「私も、この光景は好き。桜と、一緒だから」
「僕も。汐ちゃんと一緒だから楽しいんだと思う。ありがとう」


寄り添い合いながら手を繋ぐ。農作業をするお爺さんたちに「若いモンはええのー」なんて言葉を掛けられた。桜たちは苦笑いしながら、答える。二人とも、恋人でないどころか、汐は男であるし、桜はインターセクシャルだ。桜と汐の間に性別という壁は殆ど、皆無だった。気にする必要はない、と自分自身に言い聞かせるように。


「桜、お前のお願いを聞いたから今度は私のお願いを聞いてね」
「え、うん。もちろん、良いけど。僕に出来ることなら」
「桜にしか出来ない。ね、私の家にきて」
「う、うん」







引っ張られるがままに、駅にいき、二つほど乗り継いで、都心に戻ってくる。二酸化炭素が蔓延し、空を高層ビルで埋める空間を抜けると、人里離れた場所に汐の家があった。汐の父親は陸上の有名な選手で、母親は有名な小説家らしく、人里離れた所をわざわざ選んで、住んでいる。最寄駅に降り立つと、数分歩いて、家に到着した。
童話の世界に登場するような雰囲気を覗かせながら、現代的な、無駄を排出すると言った四角い家が登場する。庭は子どもたちが幼いころ、歩き回れるようにとの考慮か、父親がトレーニングを積むためか。どちらの理由かは定かではないが、広大に造られてあり、母親専用だという離れは一つの図書館になっているらしい。



「ただいま」
「おじゃまします」


厳重に保護されたセキュリィーを潜り抜け、扉を開ける。台所から母親の「おかえり――」という声が聞こえてきて、二人は、靴を脱いで揃えた。台所を通り過ぎるときに、桜はぺこりと挨拶をして、汐の部屋まで進む。
必要最低限のものを飾り、機能性より、オシャレを優先された家具たちが顔を出す。汐に部屋の壁一角には、父親が優勝したときに与えられたトロフィーや賞状がさも当然かと言うように飾ってあった。父親は彼女の自慢なのだ。その賞状の裏に彼女へ猛烈なアタックを繰り返す聡志の写真が貼られていることを知っているのは、桜、一人だった。汐と桜はこうした、秘密の交換を何個かしていた。


「脱いで!」
「ええ!」
「はやく」
「む、無理だよ。僕の身体、あの、ね」
「知っているから。早く。桜? オシャレしたくないの?」


今は制服なので、埋もれてしまうが、普段、桜が着用している服は、地味で素朴なものだった。失礼にならない程度の最低限のオシャレと称するのが分かりやすいだろう。当然のことながら、女物の服に袖を通したことはない。


「したく、ない、わけじゃ、ないけど」
「だったら、するべきだと私は思うんだよね」

クローゼットの中から清楚なワンピースが一枚取り出された。汐が普段、好んで着る服の傾向とは似ているが少し違う。青のストライプで、袖口は金色の塗装をされた飾りボタンが付いている。


「僕が着ても似合わないよ」
「そんなことない!」
「気持ちは嬉しいけど。ほら、どっち付かずだから。僕って」



中途半端な自分を桜は自覚していた。目の前に差し出された、可愛いワンピースを拒絶する。汐のことなので、悩んでどれが似合うか考慮して買ってきて、差し出してくれているのは判っているが、どうしてもそのワンピースに袖を通すことが出来ない。


「可愛いは作れる! 作れるから、桜。私は、これを桜に着て欲しい。似合わない、わけがない」
「汐ちゃん」
「私だって、本当は男なのに、こんな服を着ている。けど、誰にも馬鹿にされたことはない。中途半端は私も一緒だけど、そんなの気にしないって顔して立っていればいいのよ」



決めたら一直線に走り抜けるのは、汐の特徴だった。そんなの気にしないって顔をして立っていればいいのよ、というのは、彼女の強さの象徴でもあるし、抑えきれない、弱さの象徴でもあった。
桜はそんな、彼女のことが好きだった。
これと、決めたら逃げないで最後まで付き合う覚悟をする。ずっと、汐はそういう人物だった。男の子の服を着るのを止め、女の子の服を着始めた小学六年生の時だって。当時は、汐を笑い風潮する声がちょっとだけ残っていて、幼馴染組はもちろん、そんなこと気にしなかったけれど。汐は辛いと感じたことがある筈だ。
だが、彼女はやってのけた。他が文句を言う暇を与えることなく、「女」に成りきった。背筋をぴんと伸ばして、真っすぐに顔を上げて。馬鹿にする連中を見返してやった。




「着て。桜」



今も真っすぐに自分を見つめてくる親友の手を桜はおそる、おそる、触れた。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -