黒沼スオウは強い子どもだった。
スオウは万人から好かれる才能を持っていた。学年に一人はいなかっただろうか。どれだけ、馬鹿なことをして皆を困らせても、笑顔一つだったり、その人間の言葉だけで、何もかも許されてしまいそうな人間は。黒沼スオウは、まさにそのような人物で、よく、間抜けな行為をして、皆を苦笑させたが、彼の周囲には人間が集まった。スオウ、スオウ! 彼を呼ぶ友達の数は減ることを知らない。
彼には一つ下に弟がいたが、弟だけが、スオウのことを嫌っていた。
健全な身体を持つスオウは放課後になると、石を蹴りながら友人とじゃれ合い帰宅し、鞄を置いて、公園にサッカーをしに出かけた。


「サッカーしようぜ! 翼」
「おう! あ、けど、ハイネはいいのかよ」
「今日は桜と遊ぶってさ」
「そっか。だったら、良いんだけど。次は誘おうぜ。最近、全然、あいつと遊んでねぇし。サッカーじゃなくても、家の中でとかさ」
「そうだね。ハイネがいいって言えば!」


翼というのは、飯沼翼のことだ。彼の幼馴染にあたる、不器用で御人好しな男だった。ある意味、翼とスオウは良く似ていた。ただ、翼の方は精神が弱く、スオウの方が図太いという違いがあった。
虚勢と本当に能天気でしたたかな強さを持つというのはまるで違う。
スオウは、強かった。一目見て強いというわけではない。彼は美男子で、整った顔をしていた。幼い頃は女の子と間違うくらい大きな双眸で、大人になった今でも、はっきりとした大きな双眸は変わらない。筋の通った鼻に、甘めの唇。少年と青年を合わせたような魅力を兼ね備えた身体つき。高校三年生になると、身長は一八七pあるが、痩身で筋肉は必要以上についていない。なので、喧嘩に強いという意味ではまるでないからだ。
彼の持つ強さは雑草のようだった。踏んでも、踏まれても立ち直る。苛立ちや、不満などは、忘れてしまい、自ら楽しいことを考えようとする。それは、ネガティブな思考を持つ弟のハイネからすれば、妬ましい強さだった。
例えば、ハイネが不注意で玩具を壊してしまい泣いている、スオウは泣き終わるまで慰める。そして、泣き終わりハイネが玩具を買ってもらうと良かったね、と思う。
けれど、前の玩具のことを思い出して物悲しい気持ちになるハイネの気持ちはまったく理解できない。
過去のことを、悔やみ過ぎて、どうなるのか、スオウには、まったく理解することが出来なかった。
壊れてしまったのだから、しょうがないではないか、と思う。それならば、次の物を上手に使えば良い。
なぜ、泣く必要性があるのだろうか。
スオウは苦心した。表情にもそれは浮かび上がり、困ったように見える。本当はどうしてハイネが困っているのかさえ、判らないのに。
感情表現豊かなスオウの行動は皆を困っている弟のことを慰めたいが、どう慰めれば良いのか判らない子ども、に見える。それは、確かに「そう」であるのだが、違う。彼が本当の所、困っているのは、理解出来ない自分の気持ちだった。
スオウが持つ強さというのは捨てることの出来る強さだ。悲しいことに、強さは見方を変えると冷酷に映る。
冷酷、は言い過ぎかも知れない。彼の常識の線引きが違うだけの話だからだ。スオウに非はない。
切り捨てる事の出来る強さも、理解しようと努める気持ちも。
だが、スオウが持っている物を持たない人間にとって、彼は様々な顔を覗かせてくれる。
ハイネは兄であるスオウに妬み、憎しみを募らせる。ハイネが持っていないものをすべて持っていて能天気に笑い、自分の気持ちなどまったく汲んでくれない癖に周囲からは優しい兄と評価されるスオウのことが大嫌いだった。
スオウの親友である翼はスオウのことを純粋で全力な人間なのだと評価する。一緒にいると間抜けなことを仕出かして、迷惑をこうむることがあるが、そんな青春を絵に描いたような光景を一緒に駆け抜けるのが楽しくて仕方ないといったものだ。
スオウのことを好きになる女の子はスオウに自分の理想を押し付ける。ある女の子にとって、スオウは理想の王子様だし、ある女の子にとっては自分を虐めてくれるサディスト。
なんていう風に。
皆が皆、スオウのことを自分勝手に夢想した。勿論、他の人間にこれが当てはまらないというわけではない。スオウも、自分勝手に友人はこうこうこういう人間だと決めつけている時もあるだろう。しょうがないことだ。
しかし、スオウが押し付けられる偶像は特に、彼と関わりを持たない女子にとって、大きく膨れ上がり、現実に触れた瞬間、弾け飛ぶものだから、スオウは最長二週間しか女の子と付き合ったことがなかった。
それは、高校二年生になった今でも変わらない。だから、スオウは自分では気づいていないけど、どこかで恋愛に対する苦手意識を抱くようになっていた。
悲劇と言われる出来事の始まりは、そもそも、彼が抱く苦手意識にあったのだろう。















「スオウくん」
「あ、桜ぁ。どうしたの?」
「みんなが屋上でご飯食べるからスオウくんもどうって?」
「俺も誘いにきてやったぞ!」
「初も後ろに隠れていたんだね。桜に遮られて気付かなかったよ」

顔を出したのは、スオウとハイネの一つ下の弟にあたる、黒沼桜と飯沼初だった。高校特有の指定のブレザーが揺れる。
二人はひょっこり顔をだし、一学年上のスオウをご飯に誘った。提案したのは、桜の腕を握り、にやにや笑っている初である。

「俺もいるんですけどね」

もう一人、痩身の男が顔を出した。桜と初の幼馴染である、黒沼秋嶺だった。秋嶺はめんどくさそうな表情を浮かべながら、スオウを見た。

「ああ、ごめん。気付かなかったよ! はは」
「別にいいですよ」
「スオウくん。それで、あの、お昼」
「行くよ! もちろんじゃない。皆、行ってるんでしょう? 酷いよねぇ、誘ってくれな
いなんて」
「初めに誘いにきたとき、スオウくん化学室まで教材を返しに行っていたから。席取っておこうって。ごめんね」
「桜が謝ることじゃないって! そっかぁ。確かに行っていたよ。あ、行こうっか」

申し訳なさそうに眉を曲げる桜に気にしなくて良いよ合図を知らせるように、スオウは桜の頭を軽く撫で、教室を出る。初は、くっつく相手を桜からスオウに変えながら、四人は屋上まで向った。
屋上まで向うと、先ほど言っていた、みんな、が食事を開始していた。彼らがいう、みんな、とは、幼馴染のことを指す。


左から一人だけ目立つ中等部の白い学ランを着ているのが、黒沼聡司という。中世的な幼さを残す美形だが、サッカーを幼少期から嗜んでおり、脚力はすざましいものだ。この一年成長期に突入しており、一年後には少年から青年へと姿を変えるだろう。秋嶺の弟でもあるが、内面は兄弟逆と言っても可笑しくない。
その横で、聡司が「汐さーん!」と言って抱きついているのが、飯沼汐という。聡司が幼稚園の頃から一目惚れして口説いている相手だ。女生徒の服装に身を包み、黒く艶のある髪の毛は美少女を連想させるにふさわしい容姿だが、残念なことに、性別は男である。この事実を知るものは当然、少なく、幼馴染組の間でも、女という認識で通っている。翼とは双子の弟にあたり、初にとって、兄にあたる人物であるが、女、である。汐は箸を弁当に置き、抱きつこうとする聡司を押しのけると「桜」と名前を呼び、手招きする。汐と桜は何故か仲が良い。それは、汐が女装しているという点と、桜の秘密を彼女だけが知っているという点にある。桜は呼ばれたので、てくてく歩いて汐の方へ行き、ちょこんと、聡司の邪魔にならないよう、反対側に座っていた、ハリーに会釈をして腰かけた。
ハリーというのは、ハリー・トゥ・オーデルシュヴァングのことだ。短髪の金色のブロンズを靡かせながら、伊達眼鏡をかけ、改造制服を着用している。髪の毛には緩いパーマーが当てられ、背中から覗くと、首筋から刈り上げしている。鋭く三日月型の双眸をしているのに、人当たりがよい人相を予感させる。学校内であれば、名前を知らない人間はいないほどの、モテっぷりで、ファンクラブというものまで設立されている。スオウはよく、このハリーという人物を「漫画のような人間だよね、リア充死ね!」などと、笑顔で告げていた。
ハリーの真横に、大人しく座るのは、彼の双子の弟である、真宵・トゥ・オーデルシュヴァングだ。スオウとハイネも双子で、真宵とハリーも双子なことから、遠からずだが、血縁関係にある両者は双子が生まれやすい家庭なのだろう。迷いは黒い髪に片目を隠しており、ハリーの真横に座る自分の姿を微妙そうな趣で、一人、眺めていた。じぃっとしていると、スオウが声をかけてきたので、快活に喋り出す。ごく一部の気を許した人間にしか喋れないのが、彼の特徴であった。
割り込んできたスオウの横にべったり座るのが、初でその真横に腰掛けるのは、弟であるハイネだ。普段通り「初たーん」と初しか目に入っていないようだったが、初の隣を確保して、幸せそうに息をしている。
その横で、席順をうっとりしながら眺めているのは、岡部祥太郎という。痩身の身体をくねらせながら、凶悪な黒い爪を交差している。金髪にピンクのメッシュが入った髪は見るものに近寄ってはいけないという警告音を発している。黙って立っていれば整った顔立ちなのだが、独自の空気に阻まれる。祥太郎に腕を組まれながら、ご飯を食べづらそうに必死に口の中に放り込んでいるのが、初と汐の兄である翼だった。翼は午後から部活に備え常人では考えられない量を咥内に放り込んでいた。秋嶺は残念そうな顔で翼を見つめたあと、鼻で笑って見せた。
これらを彼らがいう幼馴染組の一角である。今、屋上に集まっているのは聡司を除く、一年、二年のメンバーだけらしい。


騒がしい食事風景は続く。
屋上は彼らの貸切だ。
永遠に続くかのように思われた、青春の一ページは確実に切り取られていく。首を撥ねるかのように。じょきん、じょきん、じょきん、と。


本当に強い人間というのは、恐ろしいものだ。無意識に他人を傷つけ、すべて、他人の犠牲の上に、強い人間は成り立っているのだから。蹴り落とし、利用し、傷つけ、忘れる。
一時期は、強い人間は心を痛める。けれど、弱い人間ほど、時間は長くない。
スポーツの世界で、強い人間は他より、立ち上がるのが、僅かに速い。その、僅かを積み重ね、強さを手に入れていく。
スオウはまさに、そのような人間で、彼の強さは弱い人間ほど、残らない。心にも、身体にも。五臓六腑、全部が、全部、早く、忘れて、強くなっていく。
それは、誇るべき所でもある。だが、関わる人間は、弱くなる。
物語の主人公が無意識の間にお膳立てされるように。脇役は、倒されてしまう運命にあるように。
黒沼スオウという人間は強い人間だった。強い人間であるが故に、彼は他者を容赦なく、蹴り落としていった。






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