2








 付き合うという行為はいったいなにを指すのだろうか。恋愛感情に疎い僕は、付き合うというものは、愛を育みあうものだと信じてならなかった。
 ジルに決定打を投げ込まれてからの、僕は少し可笑しかった。
 病的といっても良いかもしれない。
 まず、僕はジルを徹底的に無視した。ジルはいつもの僕の気まぐれだとたいして気にする素振りを見せなかった。癇癪を起こしていると勘違いされているんだろう。癇癪じゃない。僕は傷ついているんだと自重気味に吐き出してやりたかった。
 次に大学で手続きをした。
 入学した当初から募集が始まっていた、ドイツ留学に予選に、無理矢理、母の手を借りて、捻じ込んだ。留学するという事は金がかかる。それに対する理由づけをきちんと証明する為に、僕は全てを暴露するしかなかった。
 母も父も敏い人なので、僕になにがあったのか、大方悟りきっているようだった。母は僕に「あなたまで溺れているのね」と言って、肩を優しく撫でた。普段の僕なら考えられないくらい、僕は母の胸に飛び込んで泣いてしまった。長男ということもあり、甘える機会が少なかった僕の、珍しい甘えに両親は僕の鼓動をきくように、背中を撫でてくれた。
 僕でさえ、弱ったときは、両親という絶対的に裏切らない存在を欲するというのに。ジルは――と考えて、僕はジルのことを脳内から消し去っていく。
 傷ついている筈なのに、妙に冷静で、 僕は自分がおそろしかった。両親に泣きつくのが冷静といえるのかと問われると、首を傾げてしまうが、どこか、心の片隅で計算しながら泣いているところもあったので、冷静といえば、冷静に違いなかった。
 留学期間は一年――優秀な成績を収め、本人が希望するのなら、もっと長く滞在出来るらしい。母に無理を言って捻じ込んでもらった(母がどのような方法で無理矢理僕を捻じ込んでくれたのかは定かではない。彼女は僕の母と言う以前に強引で、ずる賢い所があるので、権力を見せびらかし捻じ込んでくれたのではないかと想像する)、ドイツ行きにチケットを片手に僕はアパートを後にした。アパートには、なにも残っていなかった。全部、売り払った。
 僕は心のどこかで、ジルが止めに来てくれるのを願っていたような気がしたけど、そんなのは、気のせいだと振り払った。僕はジルを忘れたかった。
ジルは一生、僕のものにはならない。ジルと一緒にいると辛くなるばかりだ。ジルはあの女を愛しているのだから。僕は変わりに過ぎないのだから。
 ジルと一緒にいると、この時がすべてだと、他を忘れてしまう空間に引きづりこまれてしまう。焦げるような衝動に見舞われる。泣きたくなる。きっと、他の誰と出会っても、僕はこれ以上の恋を体験しないだろう。ジルしか、こんな衝動を僕に与えられる人間はいないだろう。一緒にいたら、辛いこともいっぱいあるけど、楽しいこともいっぱいある。けど、僕は辛いことに堪えられる自信がまるでない。
 僕はジルと一緒にいたかった。
 僕はジルに家族を与えて、唯一の存在になりたかった。ジルにとって、僕は変わりの入れ物であったのだけれど。ジルという人間はいつまで経っても特別で、僕の中で、変わる存在はいない。あのあたたかさとか、ぼくをもとめてくれる、おまえのすがたとか。それらが、ぜんぶ、ほんものだと、おもってしかたなかったのに。
 ジルは僕の中から消さなければならない。
 こんなに愛しているのに。
 ああ、愛しているんだ。
 堪えられないのは、僕の愛が、足りないせいかもしれないけど。僕は、こんなにジルのことを愛しているっていうのに。
 醜い。
 僕は結局、ジルより自分のことの方が大切なのだ。僕は自分が一番大切で、だからこそ、このアパートを真っ白な状態に戻すことができる、人間なのだ。僕はかねてより、自分のことしか考えていない人間で、自分がよければ、それでよかった。それが、伸びただけ。自分の大切な人も、自分には敵わなかったというだけだ。
 自虐的な気分になるのは珍しいな。飯沼くんが見たら、驚くだろう。彼の中の僕はいつまで経っても自信満々な僕らしいから。そんな、立派な僕は当の昔に捨てられてしまった。
 僕の中では、自分の為なら、他者を殺してしまいたいという感情さえ、血液を駆け廻るんだ。





「さよなら、ジル」



 一緒にはいられなくなってしまった。
 僕はアパートの扉を閉め、鍵を開けっ放しのまま、出て行く。
 タクシーに乗り、空港にいくと、両親と妹弟が待っていて、末っ子の帝が泣きそうになりながら、僕の足に縋りつく。「おにいちゃんどこかへいっちゃうの」という弟の涙を堪える姿を見ながら、きっとお前はどんなに辛いことがあっても逃げ出さずに立ち向かうんだろうと、頭を撫でた。次男の竜は雰囲気を察したのか「勉強、頑張って」と爽やかな笑顔でいい、藍は「お土産よろしく」とだけ、ぶっきらぼうに答えた。
 父と母と抱きあい、両親には、ジルがもし僕のことを探そうとしても、隠しておいてくれるように頼む。アパートの時みたいに、見つけられては話にならない。なんて、いいながら、どこかそれを望む様なニュアンスが入っていて、笑ってしまう。




「行ってくるよ」


 空港のゲートを潜る。
 これから、飛行機に乗るまでの、時間はなんて面倒なんだと、僕は一人で泣いた。




「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -