安全圏に居る人間が周子は昔から嫌いだった。一番、嫌いなタイプは安全圏に居ると自覚すらせず、ぬるま湯の中に浸っているような人間だ。幼い周子に、それを自覚させたのは、母親が務める店が深く関係しているのだろう。安全圏に居る人間というのは今の関係に甘えている人間のことを指すからだ。周子が最も嫌っているのは甘える仕種だった。
だから、幼馴染で二十五年以上の付き合いになるのに、ずっと怠惰な関係を続けていこうとする晃のことに虫唾が走った。
告白されたのは高校に上がる頃だが、晃はそれから十年以上、周子に何も求めなかった。勝手に苛ついて嫉妬して羨望した眼差しで見つめるが、周子からしてみれば晃がすべて「勝手に」したことにすぎない。願い、求めていることなど、なにもないのだ。

一度、坂本透に関連する様々なことが終わり、周子の苦い恋が終わりを告げたとき、晃とそういう、いわゆる恋人みたいな雰囲気に陥ったことがあった。
当時の周子は自堕落的で、寄り添ってきた晃に弱い部分を見せていた。抱き合って、慰められるようにキスして、振り切るように仕事をして、けれど、セックスだけはしなかった。
あのとき、セックスをしてしまえば、全部、ずるずると引き摺り込んで周子が最も嫌う関係性になってしまいそうだったからだ。
晃のことが嫌いではない。ウザったいし、苛立つし、殴りつけてボコボコにしてやりたくなるが、嫌いではない。可愛いなどと一度も感じたことはないが、偶には優しくしてやりたいという気持ちにはなる。晃に感じる温度を受け入れるくらい、周子は晃のことを大事にしていた。
だが、もっと、他人という関係なら楽だったのだろう。
セックスしても、キスしても、仕事仲間でも、全部を周子は簡単に切り落とせた。あまりにも目障りな人間は恐怖を与えてやれば、近づかなくなる。実際、ストーカーのように付き纏う女の皮膚をナイフで剥いでやったことがあった。近づくなと念を押すと女はそのまま近づかなくなった。百年の恋も醒める瞬間だ。
晃に対してもこんな風に恐怖を与えてやっても良いのだが、殴り慣れた関係で今さら暴力が間に挟まった所で、改善されることはないだろう。
中学生のころ、晃から直接聞いてはいなかったが好意には気づいていた。周子はしょうがなく、晃に暴力を振るい遠ざけようとしたが晃は一時的に離れて行ったがまた、懲りずに戻ってきた。正真正銘の馬鹿だと周子は内心唾を吐いた。周子はそのたびに、思いを告げ、その先を求めているくせに、安全圏で立っている晃のことが苛立ってしょうがなかった。
今回もそうだ。
もう三十歳になろうというのに、晃は懲りずに自分の隣にいて、離れていくことを知らない。そのくせ、付き合うか、という空気になると、一歩逃げるように距離を置いた。結局、晃は今の関係が好きで甘えているのだという結論を周子は導き出し、吸った煙草を地面に擦り付ける。

「周子、休憩交代だって」
「あっそ」

顔を出した晃の頭を叩く。地面に蹲り周子の双眸をちらりと見つめた。周子はそんな仕草が嫌で、背中を泥水がついた足で蹴飛ばしてやると、転げて、き、着替えないのに! と、涙目で晃は訴えてきた。

「間抜け野郎」


舌を見せて、鎖を揺らしながら周子は店内へと入っていく。
曖昧で、ぼけた、周子にとって、一番嫌いな関係だ。
だが、晃が地面に這い蹲り、影ばかり探すのをやめれば、この関係を断ち切り、新たに、築き上げていっても良いと感じていた。
愛だの恋だのいう年齢でもなくなり、今さらをそれを語るには互いに遅すぎるが、甘えた関係に留まるのは吐き気がする。
バレてしまった片思いほど楽なものはなかった。





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