「おはよう透」

肩を揺すられ目を開ける。久しぶりに祐樹より後になってしまったと、思いながら透はむくりと身体を起こした。窓からは燦々と朝の光が降り注いでいて、眩しい。長い睫毛で遮られる光を少しばかり拒絶しながら、なぜ自分の方が遅く起きてしまったのだろう? ということをゆっくり考えながら時計を見ると、時刻が朝の六時であることを知る。自分が遅いのではなく、祐樹が早いのだ。

「ごめん、朝、ご飯」
「大丈夫だよ、俺が作ったから」
「今日はそんなに急ぎの用があるのか?」
「うん、ある意味ね」

な、なんだって! だったら先に言っておけよ。と透は頬っぺたを膨らませながら、拗ねてみる。祐樹はその様子を悟ったのか、くすりと嗜むように笑い、透の頭を撫でる。

「けど、透がいなきゃ成り立たない用事なんだ」
「そうなのか」
「うん」
「ならいい」

祐樹はそのまま透のことを抱きしめて脇の下に腕を回す。擽り顔を顰める透の頬に柔らかいキスを落とし、抱きあがる。風船のように透の身体を宙に投げると、御姫様抱っこの体勢で抱きかかえた。透からしてみれば、呼吸が止まるような出来事である。ぎろり、と祐樹のことを睨んだが、お凸にキスをされてしまい、何も言えなくなった。
今日はなんのサービスだ。
お姫様抱っこの体勢のまま扉を開けられ、廊下を歩き台所まで運ばれる。閑静な台所には出来立ての出し巻き卵が用意されていた。出し巻き卵は卵料理の中でも好物な方だが、面倒なので滅多に作られることはない。謎に思いながら祐樹をじぃっと見つめる透に「朝からは嫌だった?」とか検討違いのことを聞いてくる祐樹に「違う」とだけ返した。嫌なわけがない。嫌なのが、あるとすれば、嫌なわけがないと知っていならが、訊いてきた祐樹の科白だったが、口に出すことなく、祐樹に席へ降ろされる。

「手伝う」
「良いよ。透は座ってて」

お前が座っていろと言うのなら。
透は大人しく腰かけながら、忙しなく動く祐樹の姿を見る。忙しなく動いているが無駄一つない動きで、いつみても完璧を絵に描いたような男だと唾を溜飲する。けど、今日の祐樹はどこか、浮かれていて、そんな祐樹の姿を見るのは、とても好きだった。
祐樹は味噌汁をよそい、カウンターに並べる。二つ、よそうと、透の方まで持ってきた。ことんと、木の机に味噌汁の茶碗が置かれる。ご飯をよそいに急ぎ、炊飯器から白米をもりつける。ほっこりと、もられた白米は湯気がたっていて、とてもおいしそうだ。米粒が透けて見える。いつの自分が溶いた米とは別物だ。祐樹はそれを運び、硝子と木がかたんと、柔らかい音を立てて、くっつく。終わりかなぁ、と眺める透にもう少しね、と合図する隙のなさを見せつけると、和人から拝借した漬物と海苔を並べた小鉢を持ってきて、机に並べた。お茶が足りないね、なんて独り言を囁きながら、やかんを持ってくる。それで、ちょうど終わりなのか、祐樹は席につき、当然のように透へのお茶をコップいっぱいに注ぎ、渡す。

「お待たせ、透」
「待ってない」

祐樹以外だったら待っていたが、祐樹なので待っていないと、透は素直に返事をする。安心したように祐樹はにっこりと笑った。太陽が差し掛かったみたいだった。

「いただきます」
「いただきます」

ぱちんと両手を合わせて食べものに対する感謝を述べると、箸を動かす。黄金に輝くような美しい黄色の出し巻き卵を割る。中から湯気が出てきて、口に入れると、幾重にも重なった出汁の味がした。美味しいということを祐樹は透の顔から察すると「落ち着いて食べてね」と言ってきた。美味しいから仕方ないと、透は思いながら口をもぐもぐと動かす。
そんな調子で、ご飯を食べていった。祐樹が用意してくれたものは、出し巻き卵も味噌汁も、とっても美味しかった。ご飯も丁度良いバランスで炊きあげられており、透はめったに感じない食に対する幸せを噛み締めながら、祐樹はどうにかしたのだろうか? と思いながら見つめた。
早く食べなくて大丈夫なのか? と眺めていると「大丈夫だよ」と帰ってくる。やっぱり祐樹はエスパーなのかもしれない。
結局、食べ終わったのは一時間後で、透は満腹感に浸りながら皿洗いをした。祐樹はしなくて良いと言ってくれたが「俺がしたいんだ」というと「じゃあ一緒にしよう」と言ってきたので、仕方ないので二人でした。祐樹は家事まで完璧だったけど、二人で台所に立つってことが、こんなに幸せに満たされることだと知らなかった透はこの幸せをどう表せばよいのか判らなくて、ちょっとだけ困った。まるで、幼い頃に戻ったみたいだ。幼い頃、母親と一緒に台所に立ったことなど、一度足りともないのに。可笑しな話だ。二人して、くっついて、これが日常なんだと、言われている。だとしたら、日常はとても幸せで、今にも消えてしまいそうなものだ。

「どこかに行くのか?」

洗い終わり、尋ねると、祐樹は水気をエプロンで拭き、透の濡れた手も一緒にエプロンに包みながら、拭いてくれた。

「午前中は家にいようって思ってるよ」
「そうか」
「午後から。夕方くらいからで良いから、付き合ってくれると嬉しいな」

だとしたら、こんなに早く起きる必要はまったくなかったのでは?
不思議なことが増えたが、透はさほど気にする必要もなく、祐樹の後をついて、洗面台までいくと、顔を洗った。身なりを整えると、また後をついてリビングに戻る。
祐樹はすんとソファーに腰かけた。いつもだったら、おのおの、たわいない会話を交わしながら、本を読んだり映画を見たりするのだが、得になにも、することなく、祐樹は自分の膝をぽんぽんと叩いた。

「乗る?」
「え」
「膝の上、乗る?」

祐樹からそんなこと言ってくるのは珍しい。祐樹は誰に対しても少し距離を持っていて、その距離はとても心地よいものだけど、近づきすぎると少しだけ侘しいものでもあるのだ。スキンシップしている間は落ち着くので、透の方からすり寄ることは良くあるが、祐樹から声をかけるのは、時期を見計らったときしかない。今はそうじゃなくて、まるで祐樹から甘えるみたいに声をかけてきた。透はそれがとっても嬉しくて、心臓の上の方がきゅうっと握られているみたいだった。心臓はハートの形をしており、透は、ゆっくりと祐樹の方へと向かった。
ぺたんと、腰をおろし、祐樹の足の間に三角座りをする。祐樹は透を抱きしめるように、覆いかぶさり、耳朶を甘噛みされる。悪戯小僧みたいに白い歯を見せられて、透は顔を真っ赤にした。
そのままセックスでもするのかとも、脳裏をよぎったが、そんなことなく、恋人同士のじゃれ合いと表現するのが正しい触れ合うだけの口づけを頬とかお凸とか、唇とかに降らされた。最終的に祐樹は自分の唇に透の白磁の陶器のように壊れそうな指をあて、夢のように軽やかな口づけをした。透は真っ赤になりながら、この野郎好き勝手しやがって、たまらない、なんて、微妙に眉をあげ、祐樹の指をつかんだ。アスリートの成人男性の逞しい指が透の眼前にあり、甘噛みする。祐樹は嬉しそうに「はは」と声をあげて笑った。仕返しが楽しかった。その後も、甘噛みを繰り返して、ちゅうっと舐める。
舐めていると祐樹の男の部分が反応してきたので、透は位置をくるりと回転され、祐樹と見つめ合いながら、唇にキスを落とす。

「ダメ、だよ。まだ」
「けど反応してる」
「透と触れ合っているからね」
「お前も男なんだな」
「当たり前じゃない。好きな人に指舐められたら我慢できなくなっちゃうよ」
「じゃあ」
「けど、セックスはもう少し、後回し。ね。今は透と触れ合いながら喋っていたいんだ」

透はもともと、触れ合って話しているだけの方が好きなので、こくりと首肯する。祐樹はちょっと、俺はこれを収めるよう頑張るよ、とか珍しい下ネタをいって笑いをとった。子どもみたいにはしゃいでいる祐樹を見ると、自分が満たされていった。
それから、夕方まで二人でじゃれ合いながら、いろんな話をした。
二人が出会ったときのこととか。小学生時代の卒業アルバムを祐樹がもってきて、変わらず今と同一人物かと疑ってしまいたくなる、泣き虫な祐樹をみて、指をさした。対して、今と変わらず、薄暗い自分を見て納得する。これでは、祐樹がすぐに自分に気づいて自分が祐樹にまったく気づかなかったのも仕方ない、なんて祐樹にいうと「けど、透は俺を好きになってくれた」とか、強気な言葉を聞いたので、少しばかり驚いてしまった。今だったらこの神様みたいな人をけして、見間違わないのに、と思い、きゅうっと祐樹の腕に抱きつく。祐樹が自分を好きになってくれるなら、自分はこの大きな両腕に抱かれる幸せから逃げ出すことはけしてないのだ。
次のページを捲られ、理科実験室で前髪を焦がし大慌てした自分の無表情な顔が撮られていて、苦笑い。誰がシャッターを下ろしたんだ。横には自分より大慌てする小学四年生の祐樹がいた。相変わらず昔から整った顔をしている。
五年生になると、自分は転校した後でもすでにいない。変わりに活発になり、今と変わらない祐樹がそこにはいた。黒髪もとても似合う。金髪に染色していても変わらない艶がある髪質は、とても美しい。人間は性格で左右されるのかも知れないと思わされるほど、今までの写真からは見れなかった魅力が溢れだしていた。自分とセットになってしか、映っていなかった四年生までの写真と違い、五年生はクラスの中心人物なので、自然と枚数も増えてくる。

「昔から、かっこいい。四年生のころは可愛い」
「透も昔から変わらず可愛いよ。それに、男前だ」
「そんなこと、言われるのは初めてだ」
「今度、実家のアルバムを見においでよ。透が写ってるのも実はわりとあるんだよ」


実家という言葉がひっかかったが、首をさげておく。見たくない訳じゃないし、行きたく無いわけじゃない。彼の両親には尊敬も感謝もしている。少し、苦手で、緊張してしまうだけだ。嫉妬もあるかもしれないが、今の状態で嫉妬といったら罰当たりな気がするので、透は意見をひっこめる。
アルバムを一通り見終わると、お昼になったので一緒に昼ごはんをつくった。昼ごはんは洋風でパスタを祐樹は作った。二種類のパスタが用意され、豪華だと、生唾を飲み込みながら透は思い、ずずっと、パスタを食べた。
お昼をだらだら食べるとまたじゃれ合いながら会話をしたり、本をくっついた体勢で読んだりしていると、いつの間にか夕方になり、祐樹がゆっくり立ち上がった。

「はい、透。良かったら着てくれる?」
「服」
「夕方から出かけるって言ってたでしょう。駄目かな?」
「きる」

そういえばまだパジャマだったと祐樹に渡された服を眺めながら思った。服を広げると新品の上等なスーツだった。値段が張るものだということは見るだけで判る。祐樹、これ、と言おうと振り返るが祐樹の姿は見えない。きょろきょろあたりを見渡すと、ああ、祐樹も着替えにいったのだろうと、納得した。
袖を通すと猫背気味な自分のバランスの悪い身体が覆い隠されるようで、凛と立つ姿が鏡越しに見えた。サイズもピッタリで丈など心配する必要もなかった。試しに鏡の前で回ってみる。

「気に入った?」
「祐樹」

なぜ見ているんだ! と憤慨しながら振り向くと扉の前に祐樹が立っていた。スーツに着替えており、長い手足が良く栄える。スタイルが良い人間だということが一目でわかる。均等がとれた無駄のない筋肉を黒に近い紺のスーツが覆っていた。ネクタイは幾何学的な紺色の模様が描かれてあり、ネクタイピンの金色がバランスを保っている。この世の誰よりも美しい祐樹が近づき、緩んでいる透のネクタイを締める。

「かっこいい、透」
「お、お前がいうな」
「どう、変かな?」

変じゃないと、口籠っているとキスをされ、真っ赤になる。
身体に見とれていて気づかなかったが良く見れば、いつも垂れ流している髪の毛がオールバックにあげられていた。後ろはゴムでまとめていて、清潔感がある。どんな格好でもこの男は似合うのだ。

「透、髪の毛いじっても良い?」

ワックスをつけた、祐樹の顔が迫り、透の髪に触れる。くしゃっと前髪を片方に寄せられウェーブをかけられる。耳に髪をかける形で固定され、ご満悦な祐樹に「うん、こういう透もいいね」と言われた。鏡を見直すと、先ほどよりスーツにあっていた。同じ男としての悔しさより、祐樹にセッティングされた嬉しさが増す。

「透、手とってくれる?」
「うん」

王子様みたいに跪かれ手を差し出される。ひんやり冷たい手で触れると、エスコートされるように、家を出た。マンションの透は滅多に使用しない駐車場まで案内され、祐樹の車に乗る。祐樹はバイクも車も保有している。普段、祐樹が出かけるとき、バイクか徒歩(祐樹は走るのがとても好きなのでたいてい走っていく)なのだが、車も一応、持っている。高校生の時は金持ちめ、と貶したが、今はどうして彼が車を持っているか理解でいる。祐樹は車を使う時、自分の為じゃなくて、誰かの為に利用するのだ。たとえば和人さんがどこかへ連れていって欲しいと頼んだときや、こうやって自分とどこかへ行くときだ。車の中は外と遮断された世界で、とても落ち着くことが出来る。
身体が吸引されるシートに座りながらアクセルを踏む祐樹を眺めた。どこまでも真直ぐな眸に魅入られる。車はぐんぐん進む。スピードを上げ。祐樹のハンドル捌きはとても丁寧で、振動がほとんど伝わってこない。神経を尖らせながら走る。ぐんぐん、ぐんぐん。透はずっとそれを声を出さずに見つめていた。どこに連れて行かれるのか、予想は少しばかりついている。こういう格好をしなければ入れない店だ。





「着いたよ」


一時間ほど祐樹が奏でる呼吸の音に耳を傾けていたら、目的地には到着した。駐車場に綺麗に停めてある。一センチのずれもない。扉を開けられ、外に出ると、磯の香がした。振り向くと、自分が住んでいる場所から本当に一時間でこれる場所なのかと疑いたくなるほど、美しい海が広がっていた。透明に光った水色が斜陽する日の光により、照らされ、オレンジのグラデーションを演出している。物事に対する感動が表情に出にくいタイプであるが、感銘を受けて口が自然と開いてしまう。


「綺麗」
「でしょう。透だったらそう言ってくれるって思った」
「だから、夕方なんだ」
「うん。それに、ここは夜になると対岸にある市内の夜景が伸びてきて、海の上にイルミネーションみたいな光が見れるんだよ」
「すごい」
「それも一緒にみたいなぁって」



見たいに決まっている。
それにしても、本当になぜ、こんな風に特別な催し事ばかり続いているのだろうか。ふと、嫌な予感が脳裏をよぎる。これを最後に別れようと言われるんじゃないだろうか。絶対に別れてなどやれないが、最後の夢を見させようと?

「透、なにかおかしなこと考えてるでしょ」
「え、違う」
「嘘つき。嫌なこと考えないで。あと、もしかして、まだ今日がなんの日なのか判ってない?」
「うん」


祐樹はまぁ仕方ないかと、だけ言い、手を引っ張って、駐車場を停めたレストランへ透を連れていった。
階段を上がると、壁は白のペンキで斑なく綺麗に塗られており、大理石が引きつめられた床が姿を現す。真ん中には豪華だと判る細かい刺繍が施されたカーペットが引きつめられてあり、ホテルのロビーのようだった。
祐樹は携帯電話の番号と自分の名前を黒いスーツに身を包んだ人間に言うと、案内され、ついていく。歩いている最中、祐樹の手は透の腰を掴んだままだった。普段、勇気が有名人ということもあり、外での恋人らしい行為は控えるようになっているので、珍しい所の話ではない。自分が駄々を捏ねていないのに。

歩いていく途中で、壁から水がさらっと流れていて、丸いテーブルには上品な蝋燭が飾られている。
こんな大勢にみられる場所は嫌だと内心、透は思っていたが、案内された部屋は完璧な個室で、こういう類いのお店には珍しいことだ。

「こっちの方が落ち着けるでしょう」
「まぁ、な」

見透かされていた悔しさに口を篭らせながら、用意された席に座る。そこからは先ほどの海が見え、夕日が下がっていく様子が目に撮れた。もう少し闇を深くすれば祐樹が言っていた光景を見ることが出来るだろう。
海を眺めているとワインが運ばれてきた。空気を含まされワイン独特の甘酸っぱい鼻につく香りが鼻腔をかすめる。ワイングラスを祐樹は揺らしながら透のワイングラスとくっつける。硝子と硝子が触れ合う音がからんと流れた。


「おたんじょうび、おめでとう透」



さらりと満面の笑みで言われ、今日が自分の四年に一度しかない正しい誕生日だったということを思い出す。だとすれば、今日の祐樹の行動もすべて納得がいった。全部、自分が普段からして欲しいと馬鹿みたいに夢を見ていたことだったからだ。
付き合うようになってからもう既に四年の歳月が経過したが、そのたびに、祐樹は今年の誕生日が一番幸せだったというものを確実に透へ与えてくれる。まるで、今まで祝われなかった分を埋めていくみたいに。小学生の頃、それこそ、祐樹と初めて出会った時など、家に帰宅しても両親は不在で、からんとした誰もいない孤独な箱がそこには転がっていた。特別悲しいとも感じていなかったが、祐樹にこんなふうに祝われてしまうと、実は感覚が麻痺していただけで、寂しかったのかもしれないと思ってしまう。


「生まれてきてくれてありがとう」

祐樹がそんなことをさらりと言ってしまうので、初めて飲むワインの苦さに頷くようにして、顔を下げてしまう。それは、こちらの科白だと、告げてやりたいのに、他の人間に対してすらすら言える自分の口が嘘のように固まってしまう。透が生まれて初めて出来た嫌われたくないくらい愛しい人なのだ。
どうして自分と一緒にいてくれるのか、どうして自分を好きになってくれたのか、この神様のような人を前にして、いつもさっぱり判らなかったが、透が何を告げても永遠に祐樹は一緒にいてくれるということが今ならば判る。
ぽろぽろ感動で泣きだした、透の涙を祐樹は親指で拭い、席を立ち、傍に来てくれた。抱きしめられると、鼓動が伝わった。

「今年の誕生日は透が喜ぶことっていうのもあるけど、俺が喜ぶことをしてみたんだ。いつもより、俺、我儘だったでしょう」


我儘になってくれる相手が自分ならばこれほど、幸福なことはない。祐樹が我儘だと俺が喜ぶということを知らないのか。
透は祐樹の腕に触れた。

「嬉しい」
「うん」
「嬉しい、祐樹」

本当に嬉しいから、ずっと、こうやっていたかった。ここが外でなければ、もっと泣いていただろう。
昔、誰だったか透はすでに忘れてしまったが「テメェはなに考えてるかわかんねぇな」と言われたことがあった。水色の艶やかな髪をしていたということだけ覚えている。中学時代の同級生だが、何故か行動を共にすることが多かった。そいつは、そういう所も良いとか述べていたが、今の透を見ればその人物はきっと口を大きく開けてしまうだろう。透はとても感情表現豊かに、祐樹の前ではなれるのだ。

「さ、もうすぐ前菜が運んでくるから。俺は席に戻るね」
「そうしろ」
「うん」

祐樹は透から離れ席へと戻った。席に腰かけると、数分後食事が運ばれていた。フルコースとなっているのか、普段、家庭料理に親しむ身としては、食べられないものばかりだった。だが、透の中で重大なのは味ではなく、誰と一緒に食べるか、である。
デザートまで運ばれるとバースデーケーキが出てきて、蝋燭をけした。強く吹きすぎて生クリームまで飛んでしまい、祐樹が「ははは」と口を広げて笑う。


「ほら、向こう見てみて」

ケーキを口に頬張りながら祐樹が指さす方向を見ると先ほど言われたように夜が深さを増し、夜景が海辺に映っていた。色とりどりの夜景が水面に浮かぶことにより、きらきらと反射して、イルミネーションのようだ。所々、色が交じり合い、乗算され、混色となっている。夕方見た光景も綺麗であったが、この光景も特別なものになり、網膜に刻まれる。

「家、あっちの方」
「うん、あったの方だと思う」


二人でたっぷりと夜景を堪能したあと、店を出た。代行を頼んであり、近くのホテルまで二人を乗せた車は走る。祐樹の車に見知らぬ人間がいることが酷く可笑しな感じだったが、祐樹が透の肩をしっかり抱きしめてくれたので、途中からそんなことどうでもよくなった。
ホテルにつくと、チェックインした後に、最上階のスイートルームまで連れてこられた。部屋の中は落ち着いたベージュで整えられてあり、大きなソファーが何個か置かれてあった。
英国王室を彷彿させる作りをした鏡が洗面台には取り付けられてあり、手を洗いながらも、今日が特別なんだということを意識させられた。
寝室はとても、広く、普段、家で使用しているベッドよりも大きなサイズのものが置かれてあった。両端には、ランプが設置されてあり、いかにもホテルといった仕様だ。物語の姫様が寝るような白いカーテンで囲まれている。
そこに二人でごろんと寝ころぶと、カーテンの隙間から天井にぶら下がったシャンデリアが見える。


「祐樹」
「透……シャワーはどうする?」
「いらない」

祐樹の汗ならば気にしない。
透は祐樹の上に跨り、唇にキスを落とした。上から見上げる寝ころんだ祐樹の頬を包み込む。角度を変え、啄むようなキスを繰り返す。
キスをしている最中、祐樹は腹の割れ目から手を忍び込ませると、おへそを悪戯に触れ、透を困惑させた。ごめんの意味を込めているのかわからないが、手はゆっくりと下腹部に伸びていき、尻たぶを掴む。

「んっ……」
「だんだん、敏感になってきたよね」
「うる、さい」

お前のせいで、お前のためだ。
透は祐樹の手が自分の窄まりに伸びていくのを感じ、腰をびくんと、揺らす。衣服の上から刺激され、もどかしい。

「脱がして」
「良いよ」

お凸にキスを落とされ、ズボンを手際よく外していかれる。下着もおろされ、性器があらわになる。すでに半分勃起しており、祐樹の眼差しが恥ずかしかったが、むしろ快感でもあった。ベッドに腰掛ける祐樹の前でワイシャツだけ羽織った状態で立つ。
祐樹はローションを十円玉くらいの大きさで手のひらに落とし、温度を調節したあと、透の窄まりに人差し指を突っ込む。
収縮する窄まりの皮膚の動きを感じ取るように、くるっと円をかき、タイミングを見計らって指を肉壁の中に埋もれさせていく。

「んっぁ」
「可愛い、透」

お前が可愛いと思うなら良いんだ。
透は祐樹の囁きに頷くように喘ぐ。手を祐樹の肩に押し付ける。以前、セックスしたときに、こういう跡は残さない方が良いのかと尋ねたことがあったが、祐樹はそんなことないよ。良いに決まっているじゃない、と答えてくれた。容赦なく爪をたてて、祐樹の攻めを感じる。

「はぁ、そこ、祐樹」
「ここ?」
「うん、ひゃぁ、っぁ、奥、もっと、奥」
「奥だね」

二本に増やされた状態で祐樹は肉壁の中で円を描き、指の付け根ぎりぎりまで侵入させる。前立腺を挟むように震わすと、透は簡単に達してしまった。

「前、触らなくてももう透はイけるね」
「おまえ、が」
「俺のせいだよ。可愛い」


こうやって、透の身体を密やかに作り替えたことに喜びを祐樹が抱いているというのは透の知る所ではない。
じっくりとお姫様のように丁寧にならされる。融けてしまいそうだ。達したばかりの身体は敏感で、祐樹は透の後孔からいったん指を抜き、脇の下に手を入れ持ち上げる。ベッドの上に優しく透を下ろすと、部屋についたころと逆転したかのような体制で、透に深いキスを落とす、

「祐樹、今度は、俺が舐めたい」


口付けが離れると透はぽろりと告げる。祐樹は承諾したようで、透の身体をお越し、自分の陰茎をズボンの中から取り出す。
透はいつみても形がとれていて、巨大だが下品ではない祐樹の陰茎に口をあてる。小さな透の口いっぱいに苦みが広がる。尿道口に舌を侵入させ、じゅるりと吸い取り、祐樹が顔をしかめたのを確認すると、舌を下ろしていく。睾丸を優しく揉むようにちょっとだけ触れ、亀頭を丹念に舐める。祐樹の陰茎が次第に固さを増していく。


「んっ、透」
「祐樹、イって」
「っぁ、透の口の中でイくのも良いけど、透の中で出したいな」


そんなこと感じている祐樹の口で言われれば従ってしまう。透は口を外し、ベッドに寝転ぶ。普段は、後ろを向くが、今日は誕生日なので、我儘でいても良い日だ。太腿を持ち上げるように、後孔を突きだすと、祐樹は透の唇に舌を絡ませながら、そっと、自身の陰茎を後孔に突き刺した。

「ひゃぁぁっぁぁっぁん、祐樹」
「透っ――気持ち良いよ。透っ」
「はぁっぁ、祐樹が、俺のなか、いっぱい、いっぱいになってる」



セックスはあまり好きではないが祐樹とするセックスは特別のようだ。それをかみしめながら透は喘ぐ。神様が、汗を流す。ここはグランドでもなんでもない。自分だけがこの眸を独り占めして、この快楽を分け与えることが出来る。生まれてて良かったなど、思ったことはないが祐樹と一緒にいると悪くない。祐樹。


「はぁあ、いく、いくよ、ゆうき」
「っぁ――俺も」

達するのは早かった。
二人とも肩で息をしながら抱き合った形で、透が自分の横にくるような形に体位を回転させる。繋がったままでの行為だ。達したばかりで敏感なのだから、待って欲しかったが、今日はもうずっとこのままで寝てしまいたかった。祐樹はどうだろうか? と思い、眺めると透の意図を察したかのように「寝ようか」と言ってくれたので、抱き合いながら、眠りについた。祐樹の腕の中には幸福が眠っている。







朝起きると、透は祐樹に恥ずかしそうな顔をして「ありがとう」と消えそうな声で告げると、祐樹が「お礼をいわなきゃならないのは俺だよ」とかいうから胸の中はもうお腹いっぱいで、壊れてしまいそうだった。
だいすき
おはよう
おやすみ
ありがとう







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