慈雨くんは墓穴を掘るのが上手い。
たとえば、今日みたいに僕の隣の部屋で愚痴を言っちゃう所とか。そのくせ、良い顔したがり屋さんだから慌てる。もう、理解しているけど、慈雨くんにとって大切なものが体裁なんだって、ちょっぴり思い出す。良いんだけどね。そんな所も好きだけど。まぁ、だったら、趣味の悪い服止めなよって言いたい。似合ってるけど、怖いよ。僕が怖がるのも、慈雨くんは、とても好きなことらしいけどね。





昔のことを思い出す。
今でもショックで覚えている。悲しい記憶というのはなかなか消えてくれなくて、困ったものだね。
あれは小学三年生くらいの出来事で、真夏だった。僕と慈雨くんは夏休みの自由研究で蝉の観察をしていた。僕は新しい数式の定義をお菓子で作ってそれで終わりにしようとかサボることだけを考えていたんだけど、お母さんに怒られて、慈雨くんと一緒に蝉の観察をすることになったのだ。じぃっと神社にいって、蝉を眺める。おしっこをかけられて、慈雨くんが急いで拭いてくれる。優しいな、慈雨くん。帰りに蝉の抜け殻を見つけた。落日に照らされ透けてみて、綺麗だねっていうと、慈雨くんは僕しか見れないとびっきりの笑顔で笑う。それの繰り返しを七日間。
僕は慈雨くんと二人っきりの観察がとっても幸せになって毎日の楽しみになった。
じゃなければ、僕が炎天下の中、慈雨くんに引き摺られてといえ、行くわけないじゃない。僕が何かするときは、慈雨くん関連と楽しいことだけなんだよ。そんなの、今の慈雨くんならわかってくれるかなぁ。けど、その時はまったくわからなかったみたい。
慈雨くんは翌日あろうことか、友達を連れてきたのだ! 僕はびっくりしたまま口が開いたまま、閉じられなかった。慈雨くんが神社の下まで水を汲みに行ったときに出会ったみたいだ。
神社の近くは確か公園で、クラスメイトが来ていてもおかしくない場所だった。学校のグランドに行けばよいのに、と僕は良い恰好するのが大好きな慈雨くんが連れてきた友達をじぃっと眺めた。僕は慈雨くんしか友達じゃないから、さっと後ろに隠れる。
慈雨くんはきっとこれも嬉しかったんだろうな。それは、今の僕なら判るよ。
つぐみには俺がいるから大丈夫だよと丁寧に頭を撫でてくれたんだ。案の定、慈雨くんはご満悦。僕は気分が悪くなるばかりで、来たく早々、嘔吐してしまった。
僕はしょっくだったのだ。
二人だけの遊びに誰かが入ってきたような気がした。どうしてそんな無神経なことするの! って怒鳴りつけてたりたかった。僕は慈雨くんと二人だから楽しかったのに。二人で遊んでたんじゃないの! あの神社は僕たちだけの遊び場だったんじゃないのって。
なんて、醜い感情なんだろうね。憐れ。
勿論、慈雨くんは良い恰好をしたいだけ、僕を頼らせたいだけ、そうやって、無意識なんだ。それに、慈雨くんが連れてきたクラスメイトと純粋に楽しみたかったのも知ってる。クラスメイトも同じくね。
僕を放っておいて、慈雨くんは遠くで笑い合っていたもん。君が楽しんでいる時間に僕はとっても苦しいんだ。けどこの苦しみとか誰もせいでもない、僕のせいだっていうことくらい、当時の僕でも知っていた。知っていたし、僕が悪いだけなんだけど、「慈雨くん」って誰かのせいにする得意分野。
だって、僕がそれで傷ついたのは本当だもんて。
愚かだね。嘔吐までしちゃって。これって、結局、嫉妬なんだろうか。
うんうん、嫉妬とはまた別の感情だったと思う。きっと、あの時の僕は慈雨くんと僕の中にある、蝉を対象として楽しさが違ったのが寂しかったんだ。しょせん誰かと共有できる、楽しさだったんだね。僕が誰かと共有すると怒るくせに。僕は蝉を嫌いになっちゃいそうだよ。自分と同じ感情で物事を見ている人が真横にいないことは、とて悲しい。価値観の差異が大きければ、大きいほど、僕たちの間を遮るものは、広がっていくんだ。それをあの頃の僕はきちんと伝えることが出来なかった。喉元まで出てきた言葉を無理矢理咀嚼して、トイレに向かって吐き出すだけしかしなかったんだ。

これをネルとかみーちゃんに言ったら「嫌なことがあったんだったら口に出して言えばいいでしょう」っていう言葉が返ってくるんだろうな。口に出せたら良いよね。そんな簡単に口になんか出せないよ。そういうセリフが言える人はきっと強い人なんだろう。芯がしっかりしていて、誰かの心を受け取る自信も、自分を誰かと全力でぶつかる自信もあるのだ。
そんな人と僕を一緒にしないで欲しい。僕はそんなに強くない。勇気もない。弱い、薄っぺらい人間だよ。寂しいくらいに。いっそうのこと。だから、こうやって、うじうじうじうじうじうじ。体調の悪さをアピールしてみたりすることしかできない。最低。
今は慈雨くんだから、っていう理由で頑張れることが出来る。不機嫌を顔に出して、素直に気持ちをぶつけてみたり。慈雨くんは僕がどんな我儘を言ってもある程度なら受け止めてくれるんだ。昔から、慈雨くんはそうだったのに、僕はどうして出来なかったんだろう。それは、上で述べたみたいに僕の性格が関係しているんだけど。ああ、やっぱり碌でもない人間だね。


慈雨くんに対してこういうことは良くある。
一緒にいると、色んな感情が湧き出してくる。それでも、一緒にいるんだろうから、よっぽど、好きなんだろうけど。今は、抑え込むことも、慈雨くんに当たって泣くっていう卑怯な手段も覚えたけどさ。僕は慈雨くんと一緒にいて、自分がダメになっていく感覚を良く味わうんだ。卑屈が増すの。けど、同じくらい自分が満たされて、幸福に浸かっていることも実感する。誰かと一緒にいて自分が卑屈になっていくのは結局自分が悪いのに。他人のせいにして。それが、楽だからだよ。知ってるよ。僕はいつだって、楽な方向にしか歩いていくことを知らないんだ。僕って最低ってこうして、良く思うけど、慈雨くんは最低でも良いと歓迎してくるから、涙で手のひらがいっぱいになってしまう。

だから、ちょっとは平気。慈雨くんがこうして墓穴を掘っても。この墓穴って結局は僕の心の狭さを表しているんだよ。すべてを受けいれられる寛容さがあればよかったのに。けど、慈雨くんはこんな汚らしい僕が好きらしい。おかしな話。僕ってとっても面倒じゃない。そうで、しょう。おかしいね、大好きだよ。僕は慈雨くんなしでは生きられないんだろう。



「慈雨くんの馬鹿」







いいわけはききあきたわ




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