額に落ちた汗を見ていると神様みたいな祐樹も人間なんだと小さく実感する。祐樹はいつだって透の中で絶対的に特別な人で、人間とは違い地位に存在する素晴らしい人間だ。養父の前に立つとき以外は。いつだって美しく、いっぱいの力で透を引っ張っていってくれる。けれど、たまにこういう時がある。寝起きはのぞくけど。
祐樹の額には汗がひばりついていて、全力で走ってきたことがわかる。抱きしめると心臓の音が自分より遥かに多く聞こえて胸の中にある蟲が食い殺されていくのがわかる。祐樹と囁く暇もなく、かぶりつくようなキスをされる。舌をからめられて、熱をそのまま飲み込むようだ。唾液を混じり合わせ、二人の唾液がどちらのものか判別できなくなると、剥がされる。祐樹は酷く後悔した顔をしており、この人はこういうとき、とても弱いと思ってしまう。透はその弱さこそ、祐樹が自分という人間をひっそりとだが強大な愛で包み込んでいる証拠の様なものだと思った。美しい神様みたいな人間は、しょせん、皮膚に覆われた上辺を取り除いてしまえば、人間の男なのだということがわかる。他の奴がそれをあらわにすると幻滅するが、祐樹に限った話でいれば、寧ろ嬉しかった。そうして、自分の中でも祐樹という人間が特別だということを悟るのだ。
髪の毛から汗がたらりと落ちる。養父の趣味に合わせて染色した髪の毛はきらきら光る。瞼に取り付けられた趣味の良い銀のピアスが汗に反射して、祐樹の瞳孔の色を更に深くしているように思えた。
結局、祐樹はその後、抱いて良いよ、という透の誘いを断り、自制心の強い神様へと戻ってしまった。どちらも祐樹も好きだ、いや、わけることさえ可笑しいのだ。どちらも、祐樹の一部なのだから。祐樹にならなにをされても良い。自分がこんなことを思う相手など初めてだというのに、本当にまったくこの男には伝わっていない。少しイラついて横腹をつつく。祐樹は曖昧な笑みで誤魔化してきた。笑顔で誤魔化すすべを知っている人間は卑怯だと透は思いながら祐樹を見つめた。笑顔を作った所で何も解決するわけではない。寧ろ、心髄に跋扈する感情を隠すという手段でしかない。けれど、この世に棲む、多くの人々は笑顔を利用する術を熟知している。自分はそうではない。笑って置けと思うのに、おかしなことに口角はぴくりとも上がらないのだ。


「透、今日は俺が夕飯を作るね」


自分勝手に言い放つ。強引さは男の魅力だがこれも武器だ。
今日の夕飯は自分の筈だと、透は祐樹を押しのけようとしたが、加減を知った腕はびくとも動くことなく、無言で透に知らせてくる。
透は諦めて、台所から脱出してリビングへとやってきた。先ほどまで読んでいた本が散らばっていて、どこまで読んだのだろうと思いながら頁をめくる。物語の世界に逃避のようにのめり込んでいく。
台所で祐樹がとんとんとん、と包丁を叩く音がなぜか今日は酷く煩わしく思えた。寂しい。

結局その日は、祐樹が作ったご飯を食べて、一緒の布団にくるまって寝た。
セックスはないだろうと覚悟していたので、穏やかな夜だった。
祐樹はとても寝付きが良いので、透は眠る祐樹のおでこを、さらさら撫でた。髪の毛が額をなぞる。起きないだろうか? と確認して、ゆっくりとキスを落とした。自分から上手にキスを強請ることも上手に出来ないし、さりげなさを装って祐樹にキスすることも出来ない。そういえば、祐樹はさりげなくキスをするのがとても上手である。日常の一環のように。外国人が親しみをこめてキスするみたいに。透はその度にこ、こいつ嬉しいじゃねぇか、と思いながらも慣れているなぁとひっそりと思うのだ。自分もそのように滑らかに出来れば良いのだが、これがなかなか上手くいかない。上手に物事を運ぶ練習がしたいものだ。だからこうやって、先に眠ってしまった祐樹にキスをする。心臓に直接キスするようで、とても緊張する。触れた所から森林が芽生えるようだった。自分の体に祐樹という細胞が侵入してくるのだ。独り善がりな行為であるが、セックスしているときと同じくらい祐樹に対する愛が満たされていく。こうやって、伝えられなかった感情を消化する行為を繰り返すのだ。
今日は酷く気分が乗っているのか、夕方の行為を未だに上手に消化できないのか、身体に熱を持っている。キスされたときに戦闘態勢を取ったからだ。我慢強い目の前で眠る恋人は結局、手をあげなかったが。透は祐樹が起き上がらないのを確認して布団からするりと抜け出す。ベッドから降りると床が冷たかった。
トイレまで歩くと電気をぱちんとつけて、座席に腰掛ける。祐樹がいるのに自慰をするのは久しぶりだ。細やかに気をつかえる男であるので、物欲しそうな表情が少しでも出ていれば、その日の晩は疲れていようと、手を出してきてくれる。それはとても気持ちが良いことだ。祐樹だから、こうして、あげたくなるし、欲しくなる。
透は下着を下ろし、自分の陰茎を取り出す。キスのせいか軽く反応している陰茎に手を這わす。裏筋をなぞるように触ってやると簡単に反応してきた。何回か、ゆっくりと自分のペースでそれを繰り返す。

「んっぁ」

小さな声が漏れる。
頭の中で自分がいじるこの手のひらは祐樹の大きな男の手のひらへと変わっていく。自分のとまったく違うが身体が覚えた手つきで祐樹が触るようになぞる。

「はぁ、んぁ、祐樹ぃ」


祐樹は少しだけ焦らすのが好きで、良いと思ったら止めてくる。ちょうど、こんな感じで。
透は陰茎から手を離す。限界まで怒張した陰茎の姿に涎を垂らす。普通ならこのまま、亀頭に手をやり、尿道口を爪先でひっかくことで達することができるのだけれど、そうはしない。
便器から立ち上がり、トイレの隅っこにおいてある軟膏を手にとる。第一関節くらいまで押し出すと、指先に絡めて後孔に手をやる。少しもいじられていないというのに、期待に胸を膨らませていた後孔は閉まりを緩くしていた。一本目を簡単に受け取る。祐樹と付き合うまでこんなところが気持ち良いなんて知らなかった。祐樹のセックスはとても丁寧だけと、少し意地悪だ。快楽と限界の瀬戸際を上手く運んでいく。傷つけはしないけれど、とても甘美な味をくれるのだ。
肉壁に沿うように手をぐるっと回す。中腰の体勢は体力がない透にとってなかなかきついものであるが、耐える。続いて二本目をゆっくりと侵入させた。自分の手で届く範囲にある前立腺のしこりに、指を伸ばし、爪を引っ掛ける。

「ぁっひっつぁ」

祐樹はこうして自分の前立腺を弄っていると、とても良い顔をするのだ。にっこりと笑って。そんなに楽しいか、それは良かったと思う。この快楽を祐樹に与えられるのが、他の誰でもない自分ということがとてもうれしい。
くるりと、指先を回転させ、陰茎から精液を発射させる。


「はぁはぁはぁ、ぁ」

吐きだしたあと、どうして便器にむかって自慰をしなかったのかという後悔が湧き出してきた。掃除しなくてはならない。めんどくさいと思いながら透は熱におぼれた身体を座りこませる。明日はできることなら、祐樹とセックスしたい。快楽だけではないのだ。彼との行為は。大切なものを身体に打ち込むみたいに。証明みたいに。神様が一瞬だけ人間に戻る。とっても愛しい自分だけの人になるのだ。




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