9





 僕の袖を握ったままのジルを引っ張り銭湯までの道を歩く。暖簾をくぐると昭和らしい雰囲気を残す番台が顔を出す。大人一人分の金額が書いてあり、僕はジルの分も含めてお金を払うと、店主からロッカーの鍵を受け取った。ジルは脅えながら僕に着いてくる。いつもふてぶてしい態度のくせして。ジルはその他大勢の群集で体験する出来事が嫌いなのだ。だから、運動会も僕の為だと印象着ける為、とても有効な手段だったのだろう。


「はい、ジルの鍵」
「はぁん充葉ぁん、一緒にいれようよぉん」
「はぁ? まぁ、別に良いけどさ」
「充葉ぁん」


 ジルは僕と一緒の空気を吸っていないと駄目だと主張するように纏わりついてきた。いつもだったら優越感でいっぱいになるけど、今日はそんな気分じゃない。ジルを薙ぎ払うと、泣きそうな顔をした。ごめんの意味を込めて頭を撫でるとジルの気分は回復したらしい。今日の彼はいつもと比べると比較的単純に出来ているらしい。はぁ、と溜息を吐き出しながら、僕は衣服を脱ぎ始めた。


「ジルも早く脱げよ。置いていくよ」
「だめだよぉん。置いていかないでぇん」
「じゃあ、早く、服脱ぎなよ」
「脱がしてぇん」
「えぇ!」


 番台から覗く主人の顔は怪訝そうな眼差しに変わっているし、僕は非常に微妙な気分に陥りながらも、半裸のままジルの衣服を脱がし始めた。皮製品を好んで着るジルの服は皮膚にみっちゃくしていて、いつも僕が強引に脱がされるので、イラついてきて、母親が子どもの服を無理矢理引っ張るように、強引に捲ってやった。すると、なんと頭のところで止まっちゃって、ぶっと笑い声をあげてしまった。


「ジル、はは、なんだそれ」
「はやくぅ。真っ暗だよぉ、充葉ぁん」
「ごめん、ごめん。脱がしてやるから」


 一頻り笑ったあと、僕は頭で止まる服のボタンを指先で離しジルの頭から服を取り除いてやる。ワックスで固めていた髪型が乱れているものだから、少し幼い頃に戻ったようだ。いや、それより、セックス起きたての時に見る光景の顔とよく似ている。今は、セックスのことはあまり思い出したくない。ジルと一緒にいる存在意義とか、僕らの間にある物が一体何なのか判らなくなるからだ。


「充葉、どうしたのぉん?」
「あ、いや。なんでもないんだ。ジル、下はさすがに自分で脱ぎなよ」
「えぇん。もぉん。充葉はぁん、我が儘なんだからぁ」
「なんで、僕が我が儘になるんだよ。ほら、早く脱げ!」



 指さしで命令式で伝える。僕はズボンを下ろしパンツを脱ぎ、タオルを陰茎に見えないように当てる。
 さすがにジルも脱いだだろうと思って振り返ると、僕の陰茎をじぃっと見てきたので頬っぺたを叩いてやった。


「なに見てるんだ」
「はぁん、充葉のはぁん、昔と変わらず小さいなぁんって」
「煩い! 平均だよ、平均。僕のは。それより、お前、脱がないなら僕もう先に入ってるけど?」
「ひどぉい! 充葉なしでぇ、オレが風呂場までいけると思ってるのぉん」


 お前なぁと溜息をつきながらジルが服を脱ぐ光景を眺める。服を脱ぐ動作一つでさえ耽美的で、どこか違う世界の人間を想わせる。衣服をまとわぬ裸体は男の僕からして見てみれば羨ましいを通り越して殴ってやりたくなる完璧な身体だ。腰をくねらせているせいなのか、括れがある身体の構造が理解出来なくて、あそこは要らないな、と思い、勝手に納得した。身体を一つとっても僕とジルの間には飛び越えられない陥穽があって、奥歯を噛み締める。


「行くぞ、ジル」
「はぁい」


 腰にタオルを巻き、さらにもう一枚のタオルで女子のように身体を隠す。気持ち悪いと投げ捨てながらも、ジルの身体を見つめる。
 風呂場へと繋がる扉を開けると湯気が立ちこもり、もわんと僕の顔に当たる。眼鏡をしていたら曇っている所だ。壁一面に描かれた赤富士に感銘を受けながら、ジルに扱けないよう注意を促す。


「滑るなよ」
「そう思うなら充葉がぁん支えてよ」
「風呂場まできて支える人間がいるか。僕ら裸なんだぞ」
「そんなのいつもは「黙れ、煩い、殴るぞ」
「はぁん、オコリンボさん」



 なんのギャグだ。陳腐すぎる。僕はジルの歩幅に合わせて歩きシャワーがついた洗い場まで行く。シャワーで椅子をジルの場所と僕の場所、同時に綺麗にしてやり、持ってきたシャンプーと石鹸をジルに渡す。


「こんな安物だとぉ、お肌が荒れちゃうよぉん」
「我慢しろよ。と、いうか安物とかいうな。僕はこれをいつも使ってるんだから」
「充葉の匂いになれるのぉん」
「そりゃ、風呂上りの匂いはこれだろうけど」
「だったら妥協してあげるぅん」
「洗顔用のはお前が僕の部屋に置いておいたの持って来ておいたから」
「はぁん充葉ぁん」



 抱きつこうとしてきたので、醜聞を考えろ! という意味を込めて洗顔用石鹸をジルの顔に押し付けてやる。ジルは昔の漫画みたいに顔を紅くしながら、洗顔用石鹸で顔を泡立てはじめた。
 昔から、風呂はあまり一緒に入ったことがなかったな、と思い返しながら僕は身体を洗う。
 銭湯みたいな大きなお風呂に一緒に入ったことがあるのは、もちろん、あの事件が起こってから一度もない。修学旅行だって、こいつは部屋で風呂に浸かるだけだったから。夜に誰もいなくなった時にもしかして入りに行ったかも知れないけどさ。


 ジルはシャワーを顔に当て、石鹸を落としていく。現れたのは素顔だった。
 素顔のまま、僕を見つめ、いつもみたいに間抜けな声を出す。




 やめろ、僕はその顔に弱いんだ。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -