いつだって生ぬるい許しがほしいくせに 





side……つぐみ 






慈雨くんに閉じ込められて、慈雨くんに強姦された。あれは確かに強姦だったんだろう。僕はとても嫌だったもの。けど、久しぶりに見る慈雨くんは溌剌とした表情をのぞかせて僕を見ていたんだ。
世界中の誰よりも僕だけを求めているという眼差しで、あの眼差しは口付けを返してあげたくなるほど愛しいものだった。慈雨くんは僕を求めた。僕も慈雨くんを求めた。いつも擦れ違いの中で、僕らはこれでもかという程、求めあっている。
嫌だったけど、それで慈雨くんを嫌うなんて不可能だった。だって、あの行為には確かに愛が詰まっていたんだもの。閉じ込められている間「許して」と叫んでいるときに思ったんだ。僕はとっても自分勝手で、慈雨くんが発言する権利を知らない間に奪っていたんだねってことが。
自己主張する権利を与えられないってどれだけ寂しいものなんだろう。それに、慈雨くんはとっても不器用だね。切羽詰まってしか行動出来ないし、僕のこと結局何も分かろうとしなかった。お互い様だからなにも言えなくなっちゃったけど。切羽詰まってとる行動が愛しい人を埋めるなんて中々出来ない行為だよ。僕は計画を頭に抱くことは出来るけど実際にそこまで持っていくのは無理かな。だって、面倒だし。妄想するだけで満足だよ。慈雨くんは違うみたいでそんなに僕の「許して」が欲しかったんだ。実はね、嬉しかったよ。こわくて、こわくて、僕の心が死んでしまいそうだったけど。慈雨くんはいつだって僕が放つ生ぬるい「許して」って言葉が欲しかったんだね。そして僕は言うことで満足していたんだ。
やっぱり僕らは恋人になる前、とってもバランスが均一にとれた状態にいて、それが僕の「努力」によって崩壊してしまったんだ。慈雨くんが求めない僕になっていって、僕はずっとそれが良いことだと思っていたけど、違ったんだ。慈雨くんはそんな僕、いらなくて。慈雨くんが欲しいのは、僕だけど、自分に縋りつく姿を見せる僕だったんだ。そう考えると、今までのことが酷く馬鹿みたいで、やっぱりどれだけ頭が良いと褒められてもそれは運でしかないんだって再認識した。だって、僕も努力する自分は大変だった。慈雨くんのためっていう結局は自分の為にしかならない言葉だけど。僕はどうしようもなく駄目な人間で出来る事ならずっと楽していたい。怠惰でいたい。
言い換えれば、慈雨くんが望む姿は僕がとっても自然体な形にいられることだったんだね。なんだか、僕は感動して泣いちゃいそうだよ。
だから、自分の駄目な姿を受け入れさえすれば、慈雨くんと今後も一緒にいることは酷く簡単なんだと思った。
あとね、お人形さんでいるのが嫌なら慈雨くんに我が儘をいえばいいんだ。慈雨くんは僕が我が儘いう姿も大好きみたいって慈雨くんの本音に触れて初めてわかったから。それに、僕が我が儘を言っていると、慈雨くんが今みたいに本音を言いやすくなるんじゃないかなぁって思う。慈雨くんはなんでも一人で背負い込むのが癖になっていて、発散する方法を今回見たいに不器用なやり方でしか、知らなかったんだ。だから、僕は、普段、我が儘を言って、慈雨くんに楽させてもらっているけど、慈雨くんが我慢できなくなったらその捌け口になれるような相手になれれば良いなぁって思う。
けれど、身体はあのとき味わった恐怖をしっかり脅えているみたいで、家に帰ってから、僕の身体はちゃんと動かなかった。強姦されたことも、閉じ込められたことも、本当は僕の中でもうきちんと解決していたのに。手のひらを握られたとき、びりびりと心臓に電撃のようなものが走った。僕の身体の爪は扉を引っ掻きすぎたせいで、ぼろぼろにとれていて生肉が丸出しの状態だった。
なまなましい、薄いピンクの先から血がぽたぽた落ちてきていて、暫くお箸が握れなかった。
あの状態の僕を見たら、なにか大変なことが起こったってお母さんとお父さんはすぐに察しがつく。
僕はお父さんに呼びだされてすべてを白状した。慈雨くんにされたこと。それを受けて僕がどう思ったのかを奮える唇で出来るだけ丁寧に発言した。お父さんはただ聞いているだけだった。頷いているだけだった。僕には酷くそれが嬉しかった。否定も肯定もしない。お父さんにはこうやって物事を受け止めることが出来るんだと思った。暫くするとお母さんが入ってきて僕を抱きしめてくれて、人間の体温はすばらしいと実感する。お母さんは何か言いたそうに口が空を切っていたけど、お父さんに止められて結局、なにも言わなかった。



慈雨くんが僕の部屋を訪ねてきたのはその直後だ。
僕の身体は慈雨くんに奮えた。視界が暗くなっていく。あの時の恐怖が身を襲うのだ。僕はまっくらな中に閉じ込められて、息をするのが苦しくなってくる。こんな、自分が嫌で仕方なかった。僕は、どんなことも面倒だし、馬鹿だけど、本当に、心の底から、慈雨くんに関することだけは、頑張りたいって思っているんだ。
僕は呼吸を整わせようと、自分の手で息を覆った。過呼吸になっている可能性が高いからだ。慈雨くんが触ろうとしたけど、怯えた僕の身体は慈雨くんを受け入れない。やめて、と叫んでいる。身体がこんな風に動くってことは、本当は慈雨くんのこと受け入れられないのかなぁと思ったけど、僕が珍しくあんなに考え抜いた末に見出した答えに、怠惰だとか自分への甘えはないと信じてあげたい。僕自身を。
一歩下がり、学習机にぶつかる。購入して放置してあったマスキングテープを入れた紙袋を逆様にして、袋を口に被った。二酸化炭素が逆流してくる。額からは雫が大量に発汗して、垂れてくる。僕は眼鏡の曇った隙間から慈雨くんを見つめる。慈雨、くん。僕は、大丈夫だよ。慈雨くんのせいだけど、慈雨くんのせいじゃないんだよ。慈雨くんが嫌とか、もちろん、そんなんじゃなくて、今はただ、言えないだけなんだ。だから、泣かないで。泣きそうな顔しないで。辛いっていう顔で僕を見ないで。ごめんね、ごめんね、慈雨くん。こんな、僕で。


「慈雨、くん」
「つぐみ!」



息を徐々に整える。おさまってくれたみたいだ。震える身体はまだ止まらないけど。止まって欲しくて、僕は身体を抑えつけた。慈雨くんをじぃっと見つめる。身体は怖いって叫んでいて、帰るべき、その手をとっちゃいけないよ! って警告をびゅんびゅん鳴らしていたけれど、僕は慈雨くんの手を握った。
僕の手は汗で濡れていて、慈雨くんは汚いって思うかなぁってちょっとだけ疑ったけど、僕の体液を美味しそうに舐めていた慈雨くんが僕にそんなこと思う訳がないってわかった。慈雨くんは箱の中に僕を閉じ込めて、無理矢理身体を引き裂いてしまうほど、僕のことが好きなんだ。
言っておくけど、ストックホルム症候群なんかじゃないよ。洗脳されている訳じゃない。そう勘違いされるのが一番、僕は嫌なんだろう。そこに落ちいてしまえば、僕と慈雨くんの関係は全部おしまいっていう話しになってしまうからだ。




「慈雨くん、僕は、慈雨くん、になら、なにをされても良い、んだ、よ」




ゆっくりと顔をあげると慈雨くんは随分驚いた顔をしていた。だって謝る気で僕の部屋に来たんだよね。突然、こんなこと言われたら困っちゃうよね。けど、駄目。僕に伝えさせて。これから始まる僕たちの関係の、初めの我が儘だよ。




「だから、慈雨くんはなにも悪くないんだ」





慈雨くんは悪くないよ。客観的に見れば慈雨くんは悪いけど。初めに浮気した僕も十分悪い。慈雨くんの中で僕が浮気したことを許そうっていう気持ちになってくれたのと同じように、僕は慈雨くんのことを受け入れたいと願っているんだ。




「僕は、慈雨くんのことが、大好きだよ。ずっと、ずっと、家族としても恋人としても友達としても、全部の関係で慈雨くんを愛してるんだよ」
「つぐみ」
「ねぇ、だから、これからも一緒にいよう、よ。今は、僕が情けないから身体が脅えてるけど。もうちょっと、慈雨くんが抱きしめて愛してくれさえすれば、大丈夫だから」



僕が放った言葉に慈雨くんは納得が出来ないみたいで、叫びだした。つぐみが情けないわけじゃない! 俺が悪いんだって! そう言って叫んでいる。僕がなにを言っても慈雨くんはきっと聞く耳をもたないだろう。そんな、態度。



「慈雨くん」


震える身体を無理矢理動かす。
今、彼を抱きしめられない腕なら朽ち果ててしまえば良いと思った。抱きしめると鼓動が聞こえてきて、背中を撫でると慈雨くんは少しだけおちついてくれた。慈雨くんは今まで僕がみたことのない涙を流していて、あのプライドが高い慈雨くんがこんなに素直に泣き出す所なんて今までみたことがなくて、僕は生唾を飲み込んだ。やっぱりこの人はこんなに僕の愛おしい人なんだ。慈雨くんには口が裂けてもいえないけど、とても可愛い人なんだと。
身体に鼓動と体温を感じさせて、ほら、怖くない、怖くないよって自分に言い聞かせる。いつだってこの身体は僕を護ってくれていたじゃない。いつだって僕に生ぬるい許しをくれていたじゃない。大丈夫。大丈夫だよ、僕。



「慈雨くん。大好き。良いんだ。本当に。僕は慈雨くんの素顔がみれて、とっても嬉しいんだから」


奮えがぴたりと止まる。慈雨くんの鼓動が今まで以上に大きくなってくる。僕の身体はもう大丈夫みたい。ほら、やっぱりこの気持ちは恐怖に勝てるものだったんだ。


「つぐみ、本当に」
「本当だよ。慈雨くん。僕は慈雨くんにだったらなにをされても良いんだ。慈雨くんはそうじゃない。僕にされて嫌なことはある?」
「俺の傍から離れること。俺以外を見つめる事」
「それは僕が慈雨くん意外とすることじゃない。そんなの僕も嫌だよ」



胸を張って答えると慈雨くんは溜飲を下したみたいだ。ぎこちないけど笑ってみせた。ああ、良かったってなって僕は慈雨くんをさらに強く抱きしめる。慈雨くんもそれに応えるように僕を抱いた。
慈雨くんはそれから、どうしてこの部屋にくることになったのか、お母さんに言われた言葉を僕に語ってくれた。それも一理あるけど、僕はやっぱり自己愛の上に成り立つのが愛じゃないかと思う。だって、自分を愛せない人間に他人を愛することは不可能だと思うから。
自分を愛していない人間が奏でる他者への無償の愛は神様以外では与えられないんじゃないかな。つまり、現実ではいないんだと思う。あくまで、僕が思う、場合だし、その言葉は僕たちの間からには当て嵌まらないと思うだけだよ。
身を引くことで生まれる愛は素晴らしいけど、その後に残るには身を引いた人間の寂しさだよね。その寂しさを埋めるためにはやっぱり愛が必要で、その愛は身を引いた愛とはまた別物だ。だから、愛っていうのは色んな形があるものだと僕は今回のことで思ったんだ。
僕たちの間にある愛っていうのは、きっと受け入れる愛なんだと思う。それはすぐ傍にいつもあるけど、とっても大事なものなんだ。僕は慈雨くんに我が儘をいうのが楽しいよ。慈雨くんもきっと楽しいよね。それと、僕たちの間に必要だったのは自然体な愛なんだ。無理をして背伸びをし過ぎても壊れていくことしかないと今回で学んだ。慈雨くんは無理をするのが好きだけど、僕の前では楽しくない無理を剥がしてくれても良いんだって慈雨くんが今回の事で知ってくれると嬉しいな。







それから僕たちは一緒に眠った。疲れていたからすぐに寝れた。幼い頃みたいにベッドで身を寄せ合って眠ると安心する。夢の世界へと旅立つ。
翌日になってたっぷり眠った僕らはセックスをした。僕がして欲しいと強請ったからだ。慈雨くんは困惑した表情をしたけど、してくれなきゃ嫌だって駄々を捏ねると慈雨くんは苦笑いしながら抱いてくれた。ごめんね、って申し訳ない気持ちになりながらも、慈雨くんに抱かれると酷く興奮した。その日のセックスは嘘みたいに優しかった。僕を腫れ物のように扱っていて気に食わなかったけど、これ以上、この人に無理をさせちゃいけないと思ったので、そこは僕が我慢した。
穴に棒を入れられ、ぐちゅぐちゅにされると慈雨くんも興奮してきたみたいで手つきがちょっと乱暴になってきて、理性を奪っている感覚が堪らないと疼いた。穴と棒で繋がっている最中、慈雨くんにキスをした。唾液を交配する。慈雨くんは、セックスの最中、安堵の息を吐き出しているように思えた。このセックスはあの森でのセックスがそうであったように、酷く儀式的な意味合いを兼ね備えていた。快楽の波が襲い掛かるけど、それ以上に気持ち良かったのは慈雨くんの肌に直接触れていることだった。
夜になる頃にようやく終わって、僕たちはシャワーを浴びに起きてきた。お風呂の中で綺麗に洗ったあと、家族との対面は緊張した。僕じゃなくて慈雨くんがね。僕はみんなに大丈夫だよって自然な笑顔で笑った。みんなは抱きしめてくれた。抱きしめるってすごい効果があるんだね。愛が直接撃ち込まれてくるみたいだと、僕は慈雨くんに囁くと慈雨くんは僕をぎゅうってしてくれた。













その後、僕は学校に再び通い始めた。幼馴染組とは喋っても良いと慈雨くんが言うので今まで見たいに普通に喋った。透くんとは慈雨くんがちょっと嫌がったけど、普通に喋るぶんには良いみたい。休日遊ぶのは駄目らしいけど、慈雨くんがそうしたいなら僕はそれで良いよ。
将来の夢で悩んでいたけど就職はしないことにした。働きたくないので良かったって思いながら僕は自宅警備員の役目につく。良い言い方をすれば慈雨くんと結婚して家事をぜんぶするってことで、悪い言い方をすると無職の引きこもりだ。家事について、慈雨くんは好きな料理と裁縫だけで良いよって言ってくれたけど、そこは僕が慈雨くんのために掃除も洗濯もしたいんだって言ったら慈雨くんは納得してくれた。はた目から見たら、僕の将来の夢はどう考えても駄目な人間のすることで、僕はそれについて同意する。家事するから良いでしょ? というのは僕が好きで行っているだけなので、言い訳にしかならないから。けど、それで、僕ら二人の関係が上手くいくのなら、良いと思った。
僕のなかで大事なことは他の人にどう見られるかじゃなくて、慈雨くんにどう思われるか、なんだ。
正しい生き方なんて誰が決めるんだろう。それは小さな世界の小さな視野の小さな価値観じゃないかな。僕にとってこれは最良の道なんだ。誰がどう文句をつけようと。






「慈雨くん」
「なにつぐみ?」
「なんだか、大好きって伝えたくなったんだ」
「そっか、俺も大好きだよ」
「うん、大好き」





end

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