愛していたよ、おいおい泣くんじゃあないああそうかきみは高性能だからきっとこの先がわかるんだろうね、けれど泣いてはいけないぼくがきみを愛していたのは事実なのだから





side……慈雨 







つぐみは逃げ出した。
家を出ると告げたつぐみの口からは紛れもない自己愛で満たされていて、つぐみの首を一捻りしてやりたくなった。だって、ほら、そうすればずっと一緒にいれるでしょう。
けれど俺は優しくありたいから、つぐみの旅立ちを寛大な心で見送った。大丈夫。俺たちは家族なのだから、切れない絆で繋がっているのだ。つぐみは最悪な行為をして俺を裏切ったけれど、家族だから。ふと、祐樹くんの言葉が脳裏を過るけど気にしてはいけない。




「好きです、付き合って下さい」




つぐみが離れたのが契機となったのか。俺を取り巻く環境は変わった。以前ならば何をするにしてもつぐみを優先的に考えてきた。他の下等な連中と種類が違うからだ。晩餐に群がる蠅のように下等な連中はつぐみが消えたことから、自身の場所を俺の横に構えることが出来ると判断したのか、告白してきた。
俺は許可した。つぐみと恋人同士ではなくなったのだから、誰かと付き合っても平気だ。大丈夫だよ、つぐみ、俺とは家族なんだ。気に病む必要はない。俺は他に恋人を作って君の位置を家族と固定して、盤石を築き上げ待っているんだから。
そんなことをしている間に一か月が経過した。つぐみは帰宅しない。一週間目くらいから、俺はいろんな相手と付き合うようになった。ああ、けど、どっかの誰かさんみたいにいろんな人と付き合っているわけじゃないよ。
ちゃんと、付き合って下さいって告白された相手、一人と付き合っている。その時はちゃぁんと、その人が好きなんだ。けど、可笑しなことに、俺は次に「好きです」と言われた相手がもっと好きになってしまう節があるらしい。
だから、それより前に付き合っていた子とは「ごめんね」と優しく俺から言葉をかけてやって、お断りしてから付き合うようになっている。それが一時間だったり、場合によっては二週間持つ場合もあるけど、とにかく、恋人というポディションを作ることに余念はなかった。


楽だったよ。
つぐみが傍に居ればもっと楽で幸福だったと思うんだけど、君は未だに帰宅しない。つぐみの家に様子を見に行った父さんの話によると最近、元気になってきて、随分と好き勝手やっているみたいだ。許されないことだよね。
ああ、けど好き勝手ということで、気付いたんだ。俺がさ、今、好き勝手やって生きているのは一目見ればわかる。付き合う相手も日によって変わる日もあるし、以前のように下賤な豚と交わす会話回数も格段に減った。
毎日欠かさなかった、予習と復習も近頃はサボり気味。人生で、初めて授業に出るっていう行為を止めてみた。以前の俺ならば信じられない行為だ。学校は勉強する場所なのにね。けれど俺が好き勝手行動してもさ、そんなに人間は離れていかなかった。
ああ、人間っていうのは豚共じゃないよ。彼らじゃない。彼らは変わらず俺に群がってくる。
人間は俺の身内。
幼馴染も忠告はまれにあるけど、ずっと優しいままだった。腫れ物のように扱われている空気はあるけど、気にならない。それが平常へと変わると彼らは俺を受け入れるという自信があった。そしてなにより、俺を安堵させたのは家族の存在だ。
俺がこんな好き勝手動いているというのに、彼らは俺を受け入れた。母さんに一度だけ、あれは俺がこんな風に行動するようになって二カ月目を回った頃だったと思う。
部屋の扉をノックして、つぐみに良く似た顔をのぞかせた。似ているというだけで、性格が違うからまったく別人に見える。勝気な母さんは母さんだと判る表情と慈しみを持って俺を包み込んだ。
「僕は君の人生だし、君の恋愛には口出さないよ。けど、行った分は行った分だけ、自分に返ってくるっていうことを忘れないで欲しい。けどね、慈雨。僕は親だから、何があろうと、君のことを愛しているよ」と言った。
俺は、ああなんだ、と母さんの愛に感謝をしつつ、自分が背負い込んでいた枷が取れていく音を聞いた。好き勝手に生きても、家族は俺を嫌わない! こんなに我慢していた俺は報われるのだ! ということが判った。



そこからは、更に好き勝手、生きた。
吸わなかった煙草も口に含むようになった。肺に籠ったただの毒素が俺を犯していく。つぐみが嫌いだった香水もつけた。俺は大好きな香りだけど、つぐみは人工的な匂いで僕の鼻が死んでしまうと、吐瀉物を漏らしながら述べたので止め、机の中に封印していたものだった。
季節は巡り、三月の冷たい風が皮膚に纏わりつく季節になった。当時の彼女と腕を組んで、水族館へ行った帰りだった。
少し遠出をしたのが吉と出たのかもしれない。普段の俺だったら興味がない子ども臭い建物が陳列する場所で、逆につぐみはとても好きそうな土地柄だった。だから、勘っていうのかな。ほら、俺とつぐみって一応、双子っていう設定になっているから、表向きは。俺はつぐみを見つけた。
久方ぶりに会うつぐみは俺じゃない、下賤な連中とつるんでいた。皺くちゃの皮膚をした老人だった。老い先短い、つまらない人生を謳歌するだけの連中とつぐみは笑いながら語らっていた。ゲートボールをしているらしい。
馬鹿だなぁ。つぐみは運動できないんだから、そんなことしていると、扱けちゃうよ。いつも俺の後を着いて回るしか運動面では脳がないくせにさぁ。
俺の腕を引っ張る彼女を放置して、つぐみの様子を見ていた。以前のつぐみなら扱けて擦り傷を作り泣いていた所をつぎみは扱けず、スポーツと呼ぶには陳腐なものだが、スポーツをこなし、点を取り、傍に居た老人と語らい合っていた。
一時間ほど眺めているとつぐみの近くに若い男が近づいた。親しそうに以前だったら俺に向けられた報告を受ける男の姿を見て握っていた彼女の腕に爪を食い込ませる。
いけないなぁ。
放置しすぎたかも知れない。いた、かも知れないなんて曖昧な表現じゃ生ぬるい。放置しすぎたと断言すべきだ。つぐみが自己を見つけ、自立への道を歩み始めている非常に許し難い状態になっているということが発覚した。


「つぐみ」


つぐみが作ってきたのであろうおにぎりを咥内へ押し込む姿を見ながら俺はつぐみの名前を呼ぶ。彼女は公園の前で待っていれば良いのについてきて、鬱陶しいなぁ。本当に。
ゆっくりと、つぐみの名前を呼ぶ。俺が見えたでしょう。ほら、鬱陶しい雌豚だけど、真横に立っているのが誰だか判る? 彼女だよ。恋人のポディションは違う子がいるから、安心して家族として俺の傍に立っていても良いんだよ。


「じ、じうくん」


脅えた声が俺の鼓膜へ届く。どうして脅えるのつぐみ? 俺は首を傾げながらおにぎりを放り投げて逃げるつぐみを追った。先ほどの男が立ちはだかるけど「兄弟なんです。邪魔するなよ」と言ってやり骨を食い込ませるくらい、押し込めてやった。痛さに膝をついたのを見計らうと、俺は走りだしつぐみを追った。足の長さから違うんだよ? つぐみがどれだけ必死に逃げても俺に敵う訳ないじゃない。



「つぐみ」


茂みの中でつぐみを捕まえる。押し倒してやる。森とつぐみってとっても合うね。良い具合に交錯して浸透している。つぐみは未だに脅えている。震えた手が俺に伝わり、顔の真横に拳を打ちこむ。


「慈雨、くん」
「どうして逃げるの? あ、鬼ごっこがしたかったとか? だったら言ってくれなきゃわからないよ」
「ちがっ!」
「違う? なら、どうして逃げたの」
「やだ、帰って。どうしてここにいるの!」
「え――酷いなぁ。帰ってって。あ、つぐみも帰ってきなよ。ほら、さっき俺の横にいた女、見た? 彼女だよ。だから前のことはもう気にしなくて良いんだよ。ね、つぐみ。帰っておいでよ。つぐみ、ねぇ、つぐみ、聞いてる?」
「聞いてる、聞いてる、よ。もう、やだ、なに話してるの、慈雨くん」
「なに話してるのって? つぐみに帰ってこないか提案しているだけでしょう?」



爽やかな笑みで提案してあげているのに、つぐみはその後も帰ってとしか言わなかった。無理矢理引き攣れて帰ってやろうかと思ったけど、彼女と、先ほど膝をつかせた男のお蔭で俺とつぐみは引き剥がされた。彼女? もちろん、その後、別れたけど。邪魔する豚なんていらないよね。





つぐみ、本当に君を自由にし過ぎたようだ。
君は自分では何もできない。頭が俺より優れていて、素晴らしい能力を持っているけど。
いつだって、俺に許してっていっていたでしょう。救いを求めていたのは、俺だけだったでしょう。それなのに、自分に都合が悪くなったからって俺に脅えて、俺以外に助けを求めるなんて許されないことだよね。
しょうがない。


帰ってきてもらう為の準備でもしようか。




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