夜中にキッチンへ水を飲みに起きてくるとゲームの音が僅かに聞こえたので、やっぱり、と渇いた喉に水を溜飲し思う。水の入ったコップを両手に持ち、居間へと向かう。寝れなかったの? と顔を傾けながら障子をあけると、前髪で隠れた顔を揺らしながらキヨは答えた。横に座って良いか尋ねて座布団の上へと腰かける。水を差しだすと、ごくごくと喉仏を鳴らしながらキヨは「寝れない」と言った。
ゲームはいつでも辞められる音楽ゲームだった。
今日、子どもはいない。お母さんが預かりたいと言ってきてくれたので、預けることにした。私はそろそろ、キヨの頭が整理を求めていると察したから。
RPGが好きなキヨが無機質な音楽ゲームをしている時は脳内を整理している合図だった。

私の好きな人は思慮深く物事を見つめる能力に長けているのに、臆病な人だった。人との関係を基本的に遮断しているのもそのせい。
物事を客観的に俯瞰するように見つめているの? と思って尋ねたことがあるけれど、どうやら違うらしい。
知りたいと思ったから、知れるのだけれども、対象人物の辛い所だけを拭い取ってしまうようだ。
正確に言い換えればキヨは人の弱さにとても敏感な人だった。臆病な壁を作ってしまうほど。だから、キヨがこうして音楽ゲームをしている間は脳内を整理して心を落ち着かせているのだ。
私はそっと寄り添い何があったのか尋ねようとするけど、唇に長い陶器のように冷たくて白い手を当てられ「内緒だよ、まだ人に話せるくらいキヨだって理解したないんだもん」と言われてしまう。
ふいに、どきんと心臓がなる。キヨは臆病だけど、どこまでも透明で美しい人だと私は身体から湧き出る女の部分が告げるセリフに納得するしかなかった。小学校高学年くらいの時にキヨに言われた言葉が胸の中で児玉する。
友人関係に悩んでいた私への些細な一言だった。「本音が言えない人とお友達なのも、その友達のことを疑うのもとっても寂しいことだよ、りっちゃん。その寂しさはりっちゃんの自信のなさから。逆に本音がいえないのはりっちゃんのプライドの高さからきているんだよ。それは、とっても悲しいことだとキヨは思う。りっちゃんにも、りっちゃんの友達にもね。仲間外れは怖いけど、誰にでも空気を読んでばかりじゃなにも始まらないんだから」放課後の教室で、息が詰まるように美しい言葉だった。
私は、納得してしまって、けれど自分の汚さを認めたくないから、癇癪を起す子どものように「うる、さい。キヨにはわからないよ!」と叫んだ。
キヨはそっと抱きしめて「キヨには判らないかもしれないけど。りっちゃんが悲しんでいることは事実だよ」と言って、胸板を何回か殴らせてくれた。りっちゃんの手は綺麗なのにそんなに叩いたら傷ついちゃうよと赤くなった手を握りしめてくれた時に、私はこの人のことが真剣に好きだったんだと気づいたのだ。
それまでは数合わせのような感覚だった。高学年にあげると誰か好きな人がいなきゃおかしい! みたいな空気になって私は幼馴染の中で当たり障りない無難な相手を選んだんだわ。キヨに対しての恋愛なんてはじめはそうで、誰もライバルといえる人がいなかったから皆応援してくれたの。それだけの恋とも呼べない嘘だったのに。
泣き叫んだあとにはキヨのことがとても好きで仕方なくなっていたの。自分を見つめ直す機会をキヨは私にくれた。私はとても馬鹿だったの。言われなきゃ気づかなかった。うっかり本当に大事なものを失くすところだった。この時から私は始めにキヨが操る言葉が好きになった。
他にも、ほら、さっきみたいな指使い。この人のこういう動作がとても好き。寂しくなるけど、愛しくなる本音だった。
すべて、本音で話せば良いというわけではないけれど、この人が本音を語るのは相手に心を許している証拠のようなものだった。それ以外の人に、キヨは心に鍵をつけるみたいに口を閉ざしてしまうの。
だから私はこういう時に「そっか。整理出来たらまた話してね」と言っている。キヨはそうすると「うん」と優しく答えて、後日、必ず私が訊きたかったことを鮮明に答えてくれた。

「あとどれくらいで寝れそう?」
「もうちょっとかな。りっちゃんは先に寝ててよ。美容に悪いよぉ」
「そうね。けど、もうちょっと私はキヨの傍に居たいからここに居ることにする」
「そっかぁ。じゃあ、一緒に寝よう。お布団で」
「うん、一緒に寝ましょう」

キヨは子供みたいに声色を弾ませて、ゲームに取り掛かった。早く終わらせてくれなくて良いんだよ、と思ったけどキヨは聞く耳をもたないだろう。
一緒に寝るのは付き合っていた時から好きだ。キヨと一緒の布団で寝るとセックスしている時より激しい愛情の巣に閉じこもっているような気分になれる。それは一人では構築できないものだ。二人、一緒にして育むことが出来るあたたかさだった。
ゲームを終えたキヨは出しっぱなしのコントローラーを放置したまま立ち上がり居間を出る。いつもだったら注意するけど今日はいいや、私も引っ張られるがままに布団が引かれた寝室へと歩いた。ベッドではなく布団なのは一つのこだわりで、この方がなんだか愛が拡大されていくような感覚がするからだった。私がそれを望んだ。キヨは勿論だよ、と異論せず、二人で新しい布団を買いに行き、夫婦になったのはもう今から二年も前の話だ。
布団に寝転ぶ。羽毛をかぶり、枕に頭をやる。キヨは私の身体を包み込んで、顎を頭に乗せるよう抱いて寝た。私も彼のパジャマをゆるくつかむ。朝起きたら蹴飛ばされていたり、逆に蹴飛ばしたりしている時も稀にあるけど、もう気にならない。二人してこうやって愛情の巣の中で眠るのだ。
朝起きたら目ざまし時計が鳴る時間が妙に早く感じる時間帯で、きっと二人してキッチンへ向かうのだろう。キヨは布団を引き摺ってくるから、怒るの。ちゃんちゃんこを出してくれとキヨは強請るだろうから、私はしょうがなくため息を吐き出して、押し入れへ向かい、ちゃんちゃんこをだしてくる。裾を通したキヨが腰に抱きつきながら朝ごはんを作る食卓の邪魔をして、卵焼きはちょっと焦げる。味噌汁に味噌を入れるようお願いすると絶妙の塩加減で味噌汁を作ってくれる。休日だから、それくらいになったら健太さんと紀一さんを起こしに行って朝ごはんを一緒に食べる。
こうやって、明日のことが簡単に想像できて私はとても充実を得るのだ。日々とは素晴らしいもので、私たちはこうやって普通の生活を送っている。
夜ご飯の時間になると私は愚痴をキヨに吐き出して、キヨはそれをそっと宥めてくれるだろう。明日はあまり馬が合わない人と喋らなきゃいけないから、少し滅入っているとキヨは優しい言葉で存分に甘やかしてくれる。そして、たぶん、明日には今日、音楽ゲームをしながら考えていたことを私に語ってくれるだろう。生きていると、私はよくキヨに支えられていると思う、それにキヨの支えにも私はなっているだろうという実感もある。おそらく、キヨもそのような実感があるはずだ。確認したことはないけれど。
そうやって日々を送れることがとても幸せだわ。きっと私達はこれからも、泣いて、笑って、怒って、悲しんで、喜んで、歌って、寄り添って、暮らしていくのね。縁側でお茶をしながら「おい爺さんや」と言っている日がいつかきて、そんなふうな日常が当たり前になるようこれからも歩んでいく努力と健やかなる時間を二人で過ごしましょう。


おやすみ
また明日
おはよう







(20120212)

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