日傘をさしたらきみの愛が見えなくなった 





side……つぐみ 








唾を飛ばし激怒を投げかけて欲しかったのに、慈雨くんの表情から飛び出したのは笑顔だった。そのあとは家族という単語に呪縛をかけるかのように絡ませてくる。
僕はその表情と言葉を聞きながら、やっぱり慈雨くんは僕のことを所有物に似た愛情を注いでくれていただけであり、自分の自尊心を崩壊させ、羞恥をなげうってまで、僕のことを愛してはくれていなかったのだと気付いた。
後悔はすると初めから知っていたけれど、これほどまで辛いものなんて想像していなくて、馬鹿な自分を呪い殺してやりたくなった。手首を握りながら血液の音を聞く。今、ナイフで切り裂いてしまえば大事な血管が傷つけられ、十分くらいで死ぬことが出来るだろう。けれど、死ぬのも面倒だし、僕は本当にどうしようもない人間だと思いながら虚空を眺めた。





日に日に腐り行く僕だったけど、見兼ねた両親が一人暮らししてみないかと提案を投げかけてきたので「良いよ」と飛びついた。
だって、このままじゃいけないのは明白な事実として僕の真横に鎮座していたからだ。僕はゆっくり慈雨くんの手を離した。
慈雨くんは汚いから触りたくなかったかも知れないけど。良いんだ。この人は自分の事しか愛していなかったんだから。違うかな。違わないよね。僕が、僕に与えた最後にチャンスでそう結果が導かれたんだから。
リトマス紙より判りやすいね、慈雨くんったら。逆に僕がとる行動は慈雨くんにとって不透明だったものかも知れない。
そう考えると、未来のない関係に終止符を打って良かったのだと思うことが出来る。浮気した僕を慈雨くんは一生、許さないだろう。
けれど、家族という単語を異常に呟いていたから、僕に幻滅しながらも、僕を傍に置いておきたいみたい。都合が良い話なんて転がっているわけないから無理だけど。
離れるべき、なんだよね。慈雨くんのことは一生、忘れないけど自立できる人間に慣れるよう少しは努力してみる。
将来の夢とか。働きたくないし、働かなくて引き籠っていても、お母さんとお父さんが食べさせてくれるけど、それじゃあ駄目だよね。僕って、なにがしたいんだろう。いったい。ああ、そうか、それを考えるために、お父さんとお母さんは環境を変えて一人暮らししなさいって言ってきたのもあるんだね。
何もない自分をさらに自覚すると、慈雨くんに甘えていたんだなぁってわかる。浮気したのは僕だけが悪いことだけど、慈雨くんが僕をああいう風にしか愛してくれなかったようにしたのは、僕の今までの態度もあるかも知れない。まだ、断定できるほど、僕は自分を理解していないけれど。互いに構築してきた関係にどっちかだけが悪いなんて断定できるわけがないのだ。比率は悪いけど、どちらかに押し付ける事のなんて醜いことなんだろう。ごめんなさい、慈雨くん。けど、だからこそ、僕たちはもう一緒にはいられないんだ。



「慈雨くん、僕、この家をでることにしたから」


奮えずに言えていた自信はまるでなかった。
それからっていうもの、僕は一人暮らしを初めてついでに大学も休学した。身内が運営している学校っていうのは色々楽だ。課題を熟すだけである程度の単位はくれるっていうから。課題も簡単なものだったしネー爺は血の繋がっていない僕にも優しい。
一人暮らしは大変だった。料理は好きだから張り切って作ったけど、食べてくれる人がいない食卓って寂しい。思えば僕は完璧に一人きりになるのなんて初めてだった。いつも家に誰かいたから。留守番する時はあったけど兄弟がいた。
一人って気楽だけど寂しいんだね。あと、掃除って大変だ、と思った。お父さんとお母さんが用意してくれた部屋は無駄に広い気がする。一週間掃除しないだけでぐちゃぐちゃになっちゃった。元に合った場所に返すって難しいんだなぁと思った。けど面倒だから放置したらとても人が住むような部屋じゃなくなって掃除した。一日中かかって大変だった。暇潰しに新しい数式に取り組んでみたり、絵を書いて暗号を作り出したりしてみたけど、僕の日々を自堕落になっていくばかりだ。
外に出てみよう!
と思い立ったので、外に出てみた。公園で読書しながら一日過ごした。読書は好き。お母さんが好きでなんでも勧めてくれた。最近は透くんのお蔭で何も思考しなくても読める本があると知ってそれも良く読んでいる。「カバー着けないと変な目でみられる」と忠告されたので、この前作ったカバーを装着して本を読んでいる。公園は静かで好きだ。だけど、これだと家の中でしていることと変わらないなぁと気付いたのは一週間くらいしてからのことだった。
砂場で遊ぶ子ども達の姿を懐古的な気持ちで見つめていた時だ、老人から声をかけられた。暇そうにしているから一緒にゲートボールでもやらないか? という誘いだった。運動は驚くくらい出来ないけど、お爺さんたちから声をかけられ断れなかったけど、面白かった。汗を流すって良いことなんだね。胸の中に溜まっていた石が排出されていくみたいだ。思えば慈雨くんに護られないでスポーツをするなんて初めてだったかも知れない。僕の定位置は慈雨くんの斜め後ろ。サッカーをしている時でもドッヂボールをしているときでも、二人三脚でも慈雨くんは僕に変わってなんでもやってくれた。僕はずっとそれに甘えてたんだ。
その日からお爺さんたちとゲートボールをしたり、公園の塵を拾ったり、ラジオ体操するのが日課となった。気付いたけど僕は老人と言われる人たちと流れる時間がとても似ているらしい。
ゆっくりだけど、身体の中では急速に。
自分に与えられたものを着実に熟していく。
思考するスピードもそうだけど、何より一緒だと思うのは会話する速さだった。
老人の喋り方はいっぱいあるけど、他の人と喋っているより、滑らかだった。誰かを待つことを知っている喋り方だ。
一緒に居て楽だった。僕は自分自身でとことん楽な方向へ流れるという自覚を再三味わったのだけど、止まらなかった。言い訳として、慈雨くんから離別できている感覚がしていて、僕はそれをずっと言い訳にしていた。
お爺さん繋がりで同じ年代の友達も出来た。
お孫さんらしい。
だからお爺さんたちは僕にも優しかったそうだ。
僕より身長の高い友達の名前は雄飛くんと言った。雄飛くんは天体観測が好きだというので、僕も一緒して、星座を二人で見た。幼馴染以外の友達は透くんしかいなくて、透くんもお友達って胸を張って言えるほど二人でいた時間が少ないから、僕は雄飛くんと一緒にいる時間がとても楽しくて仕方なかった。
雄飛くんに流れる雰囲気もお爺さんたちと一緒だった。お爺さんとお父さんと雄飛くんの三人で暮らしていてお爺さんと一緒にいる時間が多かったせいかなぁと夕日くんははにかんでいた。
気をつけなきゃいけないことは、僕が慈雨くんの身代わりとして雄飛くんを利用しないことだ。拠り所があるというのはとても心地よいけど、駄目なことなんだ。僕みたいな人間は。
けれど、慈雨くんは特別だったから。慈雨くん以上の人がまったく現れないんだろうということも予想はついていたけど。おそろしかった。友達に寄り掛かってしまっては家をでた意味がなくなってしまう。僕は、今度こそ、ゆっくりだけど自立したい。







そうこうしている間に三月になった。今年は三月だと言うのに未だに冷たい。二月下旬では僕の住んでいる所でも雪が降った。
一人でいるのも少し慣れた。
慈雨くん、慈雨くんは今、なにしているんだろう、と穏やかな気持ちで彼を思い返せるくらいになった時だった。公園でお爺さんたちと喋っている最中に慈雨くんから声をかけられたのは。
僕がもっとも愛している人は、とってもおそろしい顔で僕を見つめた。隣に女の子を引き攣れて。




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