祐樹くんと一緒にいると幸せ過ぎて可笑しくなるから別れよう


そう言われたのは中学三年生の時だった。祐樹は幸せになってくれたのなら良かった、と思ったが彼女にとって一体なにが幸せに当たっていたのだろう、と謎が浮かんだ。自分にとって幸せとは日常のなかにある、必然的なものだ。お茶を沸かして一緒に飲んだり、掃除をし洗濯物を干したり、登下校を共にしたり。そんな些細なものだった。彼が最も愛しいと感じる塊の形はまさに日常で他者が思い描く特別な幸せとは外れているということを知っていた。それは過去に受けた虐待から来るもので仕方ないことだと割り切ることしか出来ない。過去や何を定義にするか人により異なるのは認めるべきことだ。では、彼女はどのような部分に祐樹といて幸せだと感じてくれたのだろう。自分が狂ってしまうと錯覚するほど。ああ、けれど、と祐樹は俺と彼女の関係はどちらか一方を自堕落にする力があるものだったのだ、と納得する。なんと侘しい人間関係だったのだろう。ごめんね、と謝りたい気持ちで精一杯になったが感情を押さえる。謝って楽になるのは自分が背負った消化不良な気持ちだけだからだ。震えながら精一杯の告白をしてくれた彼女がもつ最後の自尊心を汚すことになってしまう。付随する自分への感情も。付き合おうか、となった時に告白してきてくれたさいに吐き出した言葉より、先ほど彼女が吐露した言葉には愛が詰まっているというのに。
祐樹は結局、その彼女に最愛のキスを降らせて終わりにした。名残を立ちきるために彼女が望んだ通りの罵声を浴びせた。人との別れは常に寂しいものだ。
こういう時に3ヶ月限定の恋人も考えものだな、と溜め息を吐き出す。彼女や彼らは祐樹に膨大な愛を注ぎ、祐樹も答えるようにして返す。割りきった関係だと最初から告げての交際であるがゆえに三ヶ月な間は最上級の愛情をその人に注ぎたいと思っているのに中々上手くいかない。大抵は笑っていられる幸福だけが行き交う関係だが。今回のようなことが稀にある。その度に自分はもっと自覚しなければならないと思う。彼女や彼らにとって自分という人間の意味を。想像しているよりも自分は魅力がある人間で、与える影響が大きいのだ。祐樹のなかで自覚しないというだけで、それは罪だった。持っている力以上のことを言うのはただの傲りだが、自覚なしなのは卑屈になる。防げる筈だった事態も防げなくなるのだ。



人間って素晴らしいね


だからこそ、肌を寄せあう。あたたかさを知る。もし、この素晴らしいあたたかさを彼と共有できる日がくればどうなるのだろう、と思いながら。辛いだろうが、幸せなのだろう。恐ろしさを感じるほど。






祐樹は呟く。愛しい人間の名前を。どうして透でないといけないのだろう。きっと過去に負ったことが関係していて、自分はあの背中に多大な愛を感じ取ったのだ。異常だと祐樹は思う。何年も誰か一人を思い続ける、ということが。一度、手に触れればもう離せないかも知れない。それがなにより恐ろしい。幸せだが痛いのだろう。自覚がなかった、飯沼祐樹という人間のなかに海のように広い執着が残っていたとは。引き際は幼いころ、あんなに実の両親から教わったはずなのに。






20120208


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