そろそろここいらで終わりにしやしょう





side……side慈雨 









つぐみから聞かされた言葉を上手く咀嚼できないまま俺の脳みそは固まる。茫然とする俺の前でつぐみは衣服を脱ぎだし、肌をあらわにした。俺だけの皮膚に鬱血痕がついている。俺は先ほどつぐみが吐き出したこの世のものとは思えない言葉が正気の沙汰なのだと悟る。何も言わずにいるとつぐみはそのまま静かに全裸になった。幼いつぐみの肌は誰かに蹂躙された後を色濃く残していたが、強引に奪われたなら起こり得る、縛った後などがなく合意の上での行為だったことが一目でわかった。
数秒それを眺めたあと、ようやく俺は現実であると理解でき、つぐみが吐き出した言葉を否定するかのように斜め下へと視線を落とす。


「本当なんだね」
「うん、本当だよ。僕は他の人と寝たんだ」


なぜこのようなことになったのか。上手な説明方法を探しながら、自身の脳裏に浮かんだ光景はつぐみの身体が見ず知らずの男の手により、汚れ真っ黒な墨汁をぶちまけたように萎んでいく姿だった。つぐみは穢された。幻滅していく様子を表すような。俺だけの君が他の下等な同じ雄というだけの獣に死を与えられたのだ。


「そっかぁ」
「そうだよ。ねぇ、慈雨くん、ショック?」
「ショックだよ、当たり前じゃない。うん、そうだね、別れようか。そんなことする子とは付き合えないな」


言葉は驚くほどすらすら出てきた。つぐみは受け止めたようで、泣きそうな顔をしながら下を向いた。俺が把握できない理由で泣くくらいだったら初めからこんなことしなければ良かったじゃないか。君にとって今の行為は余計なこと意外、何物でもなかった筈なのに。つぐみはひたすら、静かに泣いた。あんなに欲しかった、つぐみの泣き顔に苛立ちを感じる。同じ空気を吸っていたくなかった。自分と同じ空間にいて欲しくなかった。ああ、穢されてしまった。


「とりあえず、お風呂入ろう」


つぐみの腕を強引に引っ張り、穢れが溜まった女のような身体を最高級の石鹸で洗っていく。つぐみはその間も泣いていた。シャンプーで洗って、俺の匂いをいっぱいつけてあげたけど、つぐみの中に雄の肉棒が挿入されたのかと想像するだけで、目の前のタイルを殴りつけて手を骨折させてしまいたかった。
洋服を着こんだつぐみを見て、本当にもうどうしようもないことなのだと思った。ああ、恋人なんかになるんじゃなかった、告白したのは失敗だったと。以前の自分がとった行動を阿呆だと詰ってやりたい。相変わらず俺はどこまでも賢くなれない。



「恋人同士じゃなくなったけど、これからは家族としてよろしくね、つぐみ」


自分に言い聞かすように、つぐみに言い放った。穢れた君に幻滅はするけど、家族だから傍にいてくれるでしょう、と。俺にとって家族、一つの家で育った絆というのは予想以上に強いものなのだ。幸福な家庭。母さんが働いて家事をして、父さんは母さんと一緒に仕事へ出かけ、みーちゃんは弟妹を見守り、レンが盛り上げ、メルが家族を調和して、つぐみが可愛がられ、俺はそんな家族の形というものを崇拝しているのだろう。誰よりも。
他の無能な連中とつるむ時間よりも楽しい。いや、無能な連中とつるむのも楽しくもある。楽だ。虚勢を張らなくても良い。けれど、それは一時のものだ。気付いたら切れるような簡単な縁。家族は違う。当てはまらない。だから、家族だから大丈夫だという言葉はまるで魔法の言葉にうつった。穢れてしまったけれど、ずっと一緒にいれないか知れないけれど、縁が切れるものではないからだ。


ずっと泣きじゃくるつぐみの姿はしょうしょう、鬱陶しい。俺以外の理由で泣くなんて。もう、良いか、と俺も泣きたい気持ちを抑えながら立ち上がった。頭を一回撫でて、自室へと戻った。
翌日の晩御飯で付き合いだした時と同じようにつぐみと俺が別れたことを家族へ告げた。家族は信じられないといった顔をする人間と、やっぱりな、と納得する人間の二手に別れた。やっぱりな、と納得されるのが俺に苛立ちを引き起こしたが表面に張り付けた笑みでカバーした。俺たちの関係は誰かに理解されるほど脆弱なものだったのだろうか。恋人として。
まぁ、けれど、大丈夫だろう。一晩寝て、俺も随分、冷静になった家族に戻るだけの話だ。恋人という縁より、家族の方が強いに決まっている。



「大丈夫、もう普通の家族に戻るだけだよ。誰にも迷惑かけないから。ね。つぐみもそうだよね」



つぐみはぎこちない返事をした。未だに浮かない顔をしている。つぐみから望んできた筈なのに可笑しな話だ。つぐみはいったいなにをしたいのだろう。他の下賤な男に抱かれた身体で俺の横に帰ってきたのに。家族に戻るんだ。普通にしなよ。俺はつぐみのそういう自己中心的な怠惰から生み出される思考もとても好きだけど、今の場面では必要ないことじゃない。


「うん、そう、だよ」


答える。不安になる声色だ。大丈夫、大丈夫だよ。もっと普通に、ね、つぐみ。
夕食はその後も続いた。
久しぶりの冷えた食卓だった。










「つぐみ学校、行くよ」
「う、うん」



ぎこちなくつぐみは答える。俺に対してまるで他人になったように、目線を会わせない。君は昔からそうだね。慣れない人を見ると直ぐに目線を逸らし、蹲る。けど、家族なのにどうして俺と目線を逸らすの。もう別れて三日も経っているのに。



「つぐみもしかして体調悪い?」
「わ、悪くない、よ、大丈夫。けど、あとで行く、から、僕、今日、三時間目からだから」



今までは一緒に行っていたのに可笑しな子だ。俺はつぐみの言うことを素直に聞き、学校へ向かった。





昼休みになると、時間が重なり合ったりすると、学食で幼馴染組と会うのが日課になっている。弁当の奴もいるし、学食を利用する奴もいる。俺は最近学食。いつもはつぐみの手作りだったんだけど体調が悪いんじゃしょうがないよね。



「おまたせ、慈雨」
「あ、祐樹くん」
「俺もいるぞ」
「透くんも、久しぶりだね」



席について一人で待っていると祐樹くんと透くんが現われた。祐樹くんは幼馴染で透くんは祐樹くんの恋人だ。坂本透はつぐみのお友達でもあるけれど。二人は目の前で手作り弁当を披露するかのように広げだす。今日は祐樹くんが作ったのだろう。不器用な影が形からなに一つ覗いていない。
男らしい飾りつけだが食欲を駆り立て、スポーツ選手特有のバランスも考慮した上で作られていた。
祐樹くんは大学の有名人、いや大学というより、日本中で有名人か。陸上の百メートル走で日本新記録を叩きだしたのだから。オリンピックが期待される選手の一人だ。顔が良いのでメディアなどにも取り上げられている。なんでも出来て本当に凄いよね。同じ学年じゃなくて本当に良かった。一学年違うだけで劣等感は抑えられる。
続いてネルが足を運んだ。これも幼馴染。最近、ネルは一緒に食べたり食べなかったり、だけど、今日は一緒みたいだ。
恋人が出来たらしいけど。恋人が出来たからと言って食べる相手を変える人柄でもないしね。
「なんで恋人が出来たからって今まで食べている相手断らなくちゃいけないの? ネルが向こうに行きたかったら行くよ。そんなの可笑しくない。今まで楽しかった連中のことを放置して恋人の所に行かなきゃ成り立たない関係なんて。そんな依存した関係ならネルはいらないよ」と言い出すだろう。
今日はこれくらいか、と思っているとランが姉である壱夏の手作り弁当と写真を持って現れた。テンションの高さがウザったい。
各々、弁当を食べながら語り合う。数日前までつぐみのこの中にいた。幼馴染まだいるが集まれる時だけ集まるという気楽な形で弁当を平らげる。どうやら今日の学食は俺だけのようだ。ネルは自分で作った弁当を持ってきていた。
気軽な調子の良い会話だが、時には重苦しい雰囲気になるときがある。今日がそうだった。


俺とつぐみのことだ。


浮気したつぐみのことも踏まえて「家族という関係じゃない、恋人だった」と言ってきた。この科白を吐き出したのは坂本透だ。
確かに家族ではない、恋人だった。けれど、家族の縁の方深いということを主張すると祐樹くんが「家族なんて案外、簡単に壊れるものだよ。大切なのはどんな関係であれ、自分だけじゃなく相手のことを思う気持ちだよ」と言ってきた。過信してもいけなければ、信じすぎないのも駄目だと告げている。
俺は二人の話を聞きながら、そりゃぁお二人には判らないだろうと思った。
この二人は家族との縁が酷く薄い。祐樹くんは実の両親に虐待されていた捨て子だし、坂本透も今は親と縁を切っている。そんな二人からしたら家族のことは酷く希薄に映るだろう。俺は告げてやろうかという乱暴的な気持ちに駆り立てられ、口を開こうとした瞬間、ネルから制止の声がかかる。
その日の昼食は微妙な空気が円満する中で終わった。俺が悪いと言う口ぶりだった。少なくとも俺にはそう聞こえた。浮気させた方が。そんな訳、ないよ。俺は俺なりにつぐみを大事にしてきたよ。恋人としても。家族としての比率の方が多かったかもしれないが、仕方ないじゃないか。つぐみもそうじゃないの。
疑問を頭に張り付けて苛立ちが暴発していく。












「慈雨くん、僕、この家をでることにしたから」



帰宅して早々、晴れ晴れとした顔で久しぶりに俺の双眸を眺めて告げたつぐみの言葉が信じられなかった。




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