みずからのなかにあるきみの姿を模した恋心と呼ばれる感情をひとりひとり殺めた





side……つぐみ







慈雨くんにとっての僕という存在は所有欲を高める置物でしかないのだと実感する日々は続く。
お付き合いっていうものほど難しいものはないとひしひしと僕は実感した。大学二年生の冬。とっても冷たい。
去年は放置されたクリスマスは一緒に祝うことになるだろう。誕生日は家族とだった。慈雨くんと二人きりが良いなんて我が儘は通るはずもなく、家族からプレゼントを渡される例年通りの誕生日を送った。
嬉しいんだけど、妙に悲しくて壁に凭れかかる僕にお父さんは「なにぃ浮かない顔ぉん、しているのぉん。今日はつぐみの誕生日だよぉん」と言ってきた。お父さんの手にはワイングラスが光っていた。僕はあたたまるという理由で渡される。体の中にじんわりと液体が落ちていく。
慈雨くんはみーちゃんと騒いで嬉しそうだ。
そういえば、昔、ほんとうに、昔だけど慈雨くんはみーちゃんのことが恋愛感情として好きなんだと思っていた時期があった。
みーちゃんを見る目とか、みーちゃんに嫌われたくないっていう気持ちが前面に押し出されていたし、慈雨くんの好みのタイプを聞くたびに「みーちゃんと一緒だ」って思っていたからかも知れない。
実際、みーちゃんに似ているということは僕のことを指すものだったって今は納得している。当時は絶望で胸の空洞がすーすー息をたてているようで、不思議な感覚がずっと付き纏っていた。だから、慈雨くんとみーちゃんが一緒にいるとちょっとだけ微妙な気分になる。
馬鹿な僕。
お父さんはお見通しなのか僕をそっと抱き寄せた。世間の眼差しからいえば、父親失格のような外見をしているし、実際に一般的なお父さんという象とはかけ離れているけれど、僕にとっては最愛の人だった。お父さんは僕とテレパシーのものがビビビと受信してくれるのか、傍へ寄り添ってくれる。どうして、数年前まで嫌われていると勘違いしていたんだろうか。
多分、僕が誰からも嫌われていると勘違いしていて、慈雨くん以外の人間から興味を避けていたのだろう。慈雨くんの金魚の糞だった。糞の関係が気持ち良くて恍惚だった。家族という縛り、友達という縛りは僕のきたならしい欲望を抑制してくれていた。
今みたいに張り裂けそうなくらい痛くなかった。僕は自分の恋心を一人ずつ殺しているのだ。それは慈雨くんの姿をしていて、慈雨くんの胸にナイフを突き立てる。ねぇ、慈雨くん。
愛しているっていう確証をもっと僕にちょうだいよ。
慈雨くんは僕と一生一緒にいたかったんでしょう。僕もだよ。同じ気持ちだよね。同じなのに、こんなに違うなんてどうしてなんだろうか。慈雨くんの身体の器官の一つであれば良かったね。
心臓とかだったら一緒に入れるのに。今から四十二時間前に慈雨くんがとった行動とか、今から五千八百二十三分前に慈雨くんがとった行動とか、全部を共有できて、心臓に針が刺さる感覚を知らずにすんだのに。
だからと告げると言い訳になる。言い訳は楽だから好きだけど、この場合、言い訳を利用するのは違うような気がする。



「お父さん」
「なぁにぃ、つぐみぃん」
「僕ね、慈雨くんとの関係に最後のチャンスをあげようと思う」
「チャンス?」
「今のままじゃ、僕は置物だから。置物になるために、恋人になったんじゃないんだ」




お父さんは僕が後悔しないなら良いんじゃなぁい、と言ってくれた。後悔はするけど、適当に笑って誤魔化してしまった。僕は後悔するよ。あたりまえじゃない。お父さん。だって、僕は慈雨くんを愛して、愛して、愛されたいんだから。結末がどうであれ、後悔するよ。
僕は自分から行動して後悔しなかったことなんてないから。それだけ僕という人間が出来た人間でないという証拠だし、自分の行動に責任をおえず、後悔をして泣き寝入りする人間だということも表している。厄介だね、後悔っていう代物も。慈雨くんの関係は今のままでは腐ってしまう。
腐った果実ではお腹を壊すよね。
あ、けど、この場合、どうすれば良いんだろう。誰とだったら浮気は出来るんだろうか。僕のような貧相な身体を好んで抱きたいという人間は早々いないだろうし、友人が少ないから誰にも頼めない。
どうすればいいんだろう。
慈雨くんとの行為以外そんなのまったく興味がなかったから正しい行動のとり方が判らない。なんだか間抜けだなぁ。ぎしぎししている。慈雨くんとの関係はこのままじゃだめなのに。僕はね。慈雨くんはもしかしたら良いかも知れないけど。





「つぐみ」
「ランくん?」


ランくんは従弟だ。壱夏ちゃんの弟にあたる。とんでもない美形で慈雨くんとはまたタイプが違う。お父さんに良く似ているのか、外国の血が色濃く出ている。吊り上った目でいつもにやりと笑う。
頭の中はたいてい、お姉ちゃんである壱夏ちゃんのことでいっぱいだから、口を開くと壱夏ちゃんのことしか喋らない。自分から喋りかけてきてくれること自体が珍しくてどうしたんだろうと、顔を見上げる。


「どうしたの」
「別に。そこにいたから喋りかけただけ。壱夏に会うまでもう少し時間あるし」
「なるほど、じゃあ、暇潰しなんだね!」
「良いこと思いついたみたいな顔すんなよ。あ――早くお姉ちゃんに会いたいなぁ」


僕は壱夏ちゃんにかけるラン君の情熱をみて本当に血が半分しか繋がっていなくて良かったねってほっこり思う。あ、そうだ。ついでにラン君に相談してみよう。僕はめんどくさそうに欠伸をするラン君の傍らで自分が考えている計画を話した。するとラン君は壱夏ちゃんに絶対に言わないっていう約束で何処へ行けば浮気できるかという事を教えてくれた。
知っているのがちょっぴり意外だったけど、ランくんだったら何を知っていても寧ろ普通のような堂々とした顔で胸を張るから面白かった。その日は大人しく帰宅して、翌日にこれでもかというほどお洒落をして慈雨くんの前に立つ。夜に出かけると言っておいたので、慈雨くんは「可愛いね」と当たり障りない言葉をくれた。良いの。僕本当に出かけちゃうよ、なんて思いながら慈雨くんに視線を飛ばしたけど、慈雨くんはいつもと変わらない顔を見せたあと、もう興味がないかのように視線を落とした。いかないでって言ったら行かなかったのに、と一人で誰に対しても判らぬいかりを爆発しながら扉を押した。僕は今から自分の恋心を殺しに行くのです。



夜の専門バーに立っていると、体格の良い精悍な青年から声をかけられた。僕でも良いなんて変わり者だと思いながら引っ張られるがままに足を動かす、慈雨くんとはまったく違う手で気持ち悪かった。吐き気がする。
幸いなことにその人はとっても優しかった。
慈雨くんとは手つきが似ていた。いや、僕が、慈雨くん、慈雨くん、慈雨くん、と連呼させたからかもしれない。その人は僕の衣服をまず脱がしてくれた。おちんちんに触れ丁寧に舐めてくれる。
残念なことに勃起しなかったけれど。
なんてことだ!
僕は慈雨くん意外には勃起さえしないんだ! 
衝撃だった。僕の中にある慈雨くんへの愛が、自分が想像していた以上に大きいっていうことも、だけど。生理的な一面を支配されるまで慈雨くんに愛されているのかも知れない! と思った。
場違いだけど、妙にうれしかった。勃起しなくて男の人には申し訳なかったけど、男の人は「大丈夫だよ」と低い声色で告げてきてくれた。学校の先生に言われているみたいな気分になった。男の人とは結局、寝なかった。
浮気ともいえる行為はしたけれど。僕はおかえしにおちんちんを舐めた。僕のフェラチオはへたくそだっただろうに、男の人は丁寧に教えてくれて顔射した。精液をベッドのシーツで拭いてくれて「勃たない子に無理矢理できないな」なんて言ってきたので、この人は神様の化身なんだと馬鹿みたいな脳足らずな妄想をして、一緒のベッドに包まって寝た。
最後までいかなかったけれど、これは立派な浮気だと考えると、悲しくて自殺したくなった。慈雨くんはどんな反応を見せてくれるだろうか。慈雨くん、今日、僕は慈雨くんとの恋心を何匹か犠牲にして、違う男の人と交わったんだよ。










「慈雨くん、僕、浮気したんだ」

強烈なくらい、怒って欲しい。
僕を必要だって言ってよ。




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