いつまでもきみはそのままでいて、そういったあなたは止まりました





side……慈雨 






大学に入りつぐみが余計なことをやり始めた。
ずっと俺の後ろをついて回るのが仕事だったくせに、自主的に動き始めたのだ。みーちゃんや母さんからしてみれば喜ばしいことで、二人はもっと頑張りなさい! と言うように背中を強く圧した。母さんは特に嬉しかったのだろう。つぐみが社交的になっていく姿に慣用的だった。
俺に不満は漂うばかりだ。幼馴染内ならともかく、調理部なんていう下等な人間と共に居ることを選択した。空気が汚染される。つぐみという才能の塊が段々小さくなっていく。許されないことだよね。
つぐみはそこらへんにいる人間と一緒にしてはならない。つぐみに限らず俺の身内は皆そうだが。つぐみは特に。今まで俺の後ろに隠れて世間と接触してこなかった純粋に培養してきた愛しい存在なのに。
下等で馬鹿な人間と接触しているとつぐみ自身も大変だ。まず初めに会話内容を変えなければならない。語彙能力がないんだよ。そいつらは。止めた方が良い。言ってしまった、口に出してしまったと唖然とした顔する顔を見られるのが結果だ。つぐみがそんな愚者と語り合う必要は、まったくもって皆無だった。
もうひとり、坂本透という名の青年だ。邪魔だなぁ。俺とつぐみの間には。幼馴染の恋人でなければ、俺は押し込めてしまっていた。つぐみが仲良くなる必要のない人間じゃないかな。
それとも、クリスマスを忘れていたことを未だに覚えているんだろうか。交際を始めて二回目のクリスマスだけど。家族としてこれまで十七回分クリスマスを過ごしてきたから正直な話つぐみ本人にそれほど拘りが無いと軽くみていた。悪いことをしたなぁっていうのは思う。
翌日のつぐみは泣いていたのか、瞼を真っ赤に腫らしていた。素直に「ばかぁ」と述べるつぐみは今まで見たことがないくらい可愛かった。どうせだったら、俺の前で泣いてくれれば良かったのに。ごめんね、ごめんね、と謝る俺を優しいつぐみは簡単に許してくれた。
我が儘をいうつぐみが見られるようになったのは恋人になって良かったと思う利点の一つだ。けれど、つぐみ、その世界を変える行為には俺は同意できないな。俺はさ、つぐみは俺の傍にいて笑い合っていれば良いと考えているんだけど、つぐみは違うんだろうか。






「慈雨くんってこの本好きだよね」



今は二人で部屋の中にいる。雨の日だ。落ち着いていられる。どこにも行かない。今日はお互いに用事がないのだ。寄り添うように過ごすのは当たり前の事。当然のように俺たちに与えられた時間の筈だ。
つぐみが手に取っているのは乙一の『GOTH』だ。俺の愛読書。崇拝しているといっても良い。この作品集の中に含まれる一つの短編が気に入っている。


「つぐみはあまり好きじゃないと思うよ」
「だ、だって、人が死ぬんでしょう。怖いよ」
「だよね。つぐみ、前読み聞かせたとき、怖くて一人でトイレに行けなかったもんね」
「うう、だ、だってぇ。突然、後ろからがばって襲われて、棺桶に入れられてさ、溺死しちゃったらどうしよう。僕、死ぬ中で一番溺死が嫌だよ」
「苦しいから?」
「うん、死ぬなら一層のこと、ひと思いに一撃で仕留めて欲しい」


そんな会話を交わしながら、つぐみは判ってないなぁと思った。
あの話は、じわじわ殺していくから良いのだ。
俺が気に入っているのは隣人が気に入っていた少年を眠らせ、棺桶を用意して庭へ埋めてしまう話だ。
空気を通す穴が一つだけ開けられ、燦々と輝く光に希望を見出し「助けて、許して」と縋る少年の棺桶に水を入れて埋めてしまう所が良いんじゃないか。その少年の怯える、表情が。
助けて、許して、帰してともがく所が、俺が大好きな理由だよ。ママの所へ帰れない少年はずっと隣人のものになるんだから。
こういう話をしていると、つぐみと俺の間にある差異に妙な憐みを抱く。
つぐみは俺の横にいてくれて、俺だけを見ていてくれれば良い。つぐみは俺のことを一番理解してくれるよう努めてくれるけど、天才の頭脳を持ってしても他人の心髄は図れないのだ。つぐみに本性を暴かれたくない理由だろう。
俺は指を差し出しつぐみに舐めてくれるよう頼んだ。突然の事だったがつぐみは喜んだみたいで、笑みをふわりと浮かべて俺の中へと入ってきた。
指先を丹念に舐める。笹剥けが痛いけれど、つぐみの唾液が染み込んでいくという感覚は非常に良いものだ。つぐみは口角から涎を垂らして紅潮した眼差しで俺を見つめる。期待に鍛えるように先ほどまで俺の指を舐めていた小さな口に口付けを落とす。とても嬉しそうだ。頭を抱きかかえ自分の性欲と勝負しながら柔らかいベッドまでつぐみを運ぶ。今日はこのまま貪ってしまおう。最近、つぐみが俺の中で足りないらしい。舌を挿入して今からという時に限り邪魔者は訪問する。


ぷるぷるぷるぷるぷる


つぐみの携帯だ。無視すれば良いのだが滅多に鳴らない彼の携帯を取り上げるなど俺に出来る筈もなく、しょうがなくつぐみの携帯電話を手に取り、渡した。良いの? と確認するようにつぐみは視線を向けてきたので、合図代わりに頷く。なぜかつぐみは悲しそうに皺を寄せ携帯電話へ出る。



「あ、透くん、あ、うん、ご、ごめんね。今から、返しにいくか、ら!」



つぐみは嫌わないで! と電話越しの人物、坂本透へ話しかけながら、ベッドから起き上がった。つぐみの要件は簡単に纏めると、坂本透から借りていた本を急遽返却しなければならなくなったから行ってきても良いか、というものだった。俺はもちろんだよ、あ、俺も一緒に行こうか? と告げたけど、やんわり断られてしまった。なんていうことなんだろうね。
つぐみが許して! 嫌わないで! と縋りつく人間は俺だけで良かったのに。むしろ、俺への特権であった筈なのに。下賤な人間の邪魔が入って、つぐみを穢していくね。俺の態度を疑いながらも相手へ駆けだしたつぐみのことが俄かに信じられなかった。
先ほどまで当たり前にあった日常が今はない。変わらないで欲しかったわけではないけれど、つぐみとずっと一緒にいることを選択したはずなのに、成長するにつれ俺たちはどこか歯車が抜けてしまった時計のように、違う時間を生きている。
外になんか出て行かなくて良い。
言ってたじゃないか、つぐみ。外の世界は怖いものしかないんだよ。
めんどくさがり屋のつぐみに合う世界はどこにもないんだから。





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