そこに意味がなく成り立たない弱さならもういらない





side……つぐみ 







おとーさん、おとーさん、きこえないの、まおうが、すぐそこまでやってくる。





幼い頃、耳にした時両耳を塞ぎこんで耐えた。モーツアルトの魔王。聞いていると頭の中がぐちゃぐちゃにされそうで、怖かった。今ある関係が、壊れる合図みたい。僕しか気付かず。慈雨くんはこの曲を聞きながら「良い曲だね」とさらりと告げた後。僕がどうして、と双眸に涙をためながら答えると、慈雨くんは慌てていた。僕たちが好むものは似ていない。兄弟なのに。血が繋がっていないからかな。人間っていうのは残酷で、環境よりも遺伝によって自己を殆ど決められてしまうらしい。僕、お母さんになに一つとして似ていないけど。慈雨くんとは、正反対だ。一人だけ、怯えている。これは崩壊の音だ。今の僕らみたいだね。
慈雨くんと僕が付き合うようになって、大学生へと進学した。月日はゆっくりだけど、しっかりと足音をたてて、僕らに寄り添ってくる。夜に目を閉じると朝が来ての繰り返し。慈雨くんと僕は恋人同士になってエッチなことをするようになった。眠っていると一週間に一度だけ慈雨くんが僕の部屋にくる。何曜日だとか、何時ごろだ、とかは決まっていない。慈雨くんの気分と義務なんだろう。慈雨くんは僕にキスをしてお姫様抱っこをして、自分の部屋へと連れて行く。
部屋を閉じて、僕は衣服を脱がされる。眠たいときはこの時点では夢現だ。実際に、ずっと夢だと思ってセックスしていた時もあった。慈雨くんはとても優しく僕の口づけをするけど、貪るような貪欲さが垣間見える。慈雨くんが僕という人間が自分にとって特別だと言ってくれるようで好きだ。
頬っぺたを舐められ足を開かれる。慈雨くんは僕の小さなおちんちんを触り舐める。べろりと長い舌が僕の睾丸を舐める。慈雨くんの舌は他の人より少しだけ長い。汚いのに駄目だよって告げると、駄目なことなんか何一つないというような眼光を向けてきて、胸がときめく。
もっと強引に野獣のように襲ってくれれば良いのに。
慈雨くんの抑え込んでいるものを開放して欲しい。僕らはきっと理解しあっているふりをして、お互いに微妙なすれ違いのなかを漂っているんだ。
いや、人間関係なんて勘違いと思い込みが重なって出来ているんだから、しょうがないことなのかも知れない。慈雨くんだけじゃない。きっとみんな、そうなんだ。好きな人には特にそうなんだろう。
夢見たり、勝手に絶望したり、好きだから苦しいっていうのがいっぱいあるんだねって慈雨くんと一緒にいると良く思うよ。
慈雨くんは知らない。
僕が慈雨くんになら何をされても良いと思っていることを。同時に見返りとして慈雨くんからの愛がもっと欲しいってこと。恋人同士になったから良いじゃない! って思ってしまう。慈雨くんは僕にその我が儘をいう権利を与えたんだよ。
けれど、僕は直接、こうしてよ! って言えるくらい気が強くなくて遠回しな対応しかできないの。ごめんね、僕はとっても情けなく、生きている価値は希薄な人間なんだ。







「慈雨くん、僕、調理部に入ることにしたんだ」



慈雨くんと付き合うようになってから変わったこと。その一。一つでも自分に自信が持てるようになりたくて行動を起こすようになったよ。嫌だ、面倒って割り切っているととても楽だけど、つまらない人間をさらにつまらなくさせるっていうことは僕だって諭しているんだ。
僕は慈雨くんが満足できる人間になれるようちょっとだけ頑張るね。慈雨くんと僕は恋人なんだから。それで、慈雨くんは僕が独り立ちしていく姿を手前から眺めながら、少し、恋人らしい嫉妬をしてくれると嬉しい。
変わったこと、その二は友達を増やすよう励んでいることかなぁ。これは、あまり恋人らしい行動を望んでも動いてくれない慈雨くんへの意趣返しかも知れない。純粋に友達が欲しいっていうのもあるけれど。
大学生に入って幼馴染の恋人、という近いポディションの人なんだけど、お友達になることが出来たよ。その人は坂本透って言ってとても綺麗な顔をしている。造形が綺麗という訳ではない。
雰囲気がとっても好きだという話。最近、気付いたのだけど僕が人間を美しいと感じるポイントは少しズレているみたい。
透くんは不思議な人で読書が好き。僕の本を読むけど透くんが読むジャンルは読まなかったから新鮮だ。数人の女の子に一人の男の子が好かれる話が多い。好きなのかなぁ、透くん。あ、そうだ。透くんも調理部なんだ。
意外だった。
恋人に美味しいご飯を食べさせてあげたいんだって。優しいよね。こんな風に僕はお友達も作った。慈雨くんがいない、世界へ飛び出していきたかったんだ。
僕はちょっと嫉妬して欲しいだけだった。汚いよね。権利があるって恐ろしい。嘘だよ。僕が悪い。
恋人同士になったのに。僕に慈雨くんをどうこうすることは出来ない。違うな。慈雨くんの中にある愛の比率が家族愛の方が強いんだ。そんなんだったら告白してこなければよかったのに。慈雨くんは僕のことを兄弟としてしか見ていないんじゃないかと錯覚する。錯覚じゃなくて残酷な真実なんだろう。慈雨くんは僕のことを所有物としてしか見ていないのかもね。だから、ちょっとだけ、困らせたかった。慈雨くんに僕たちは恋人なんだよっていうことを知って欲しかった。慈雨くんは慈雨くんがしたいときに、キスもする、セックスもする。
僕がしたいときはさりげなく、さらりとかわしていく。
慈雨くんは僕がその度に、知らなかった胸の辛さを味わうことを知ろうとすらしない。やっぱり、だね。恋人同士になることで余計な欲が出てきた。嫌な予感は当たるんだ。こんなものは一ミリも的中して欲しくなかったのに。湧き出した欲望は慈雨くん僕を見て! 僕に一番だってわかる愛を注いで! って叫んでいる。



「俺も調理部入ったから」
「え、どうして? バスケ愛好会のサークル入るって?」
「ん? あっちは続けるよ。けど、俺も料理したいなぁ。それにつぐみが一人なんて心配だよ」
「だ、大丈夫だよ。僕、一人でも。それに、最近は透くんも喋ってくれるようになったんだ」
「あ、つぐみは俺がいるともしかして迷惑?」
「そんなことないよ! 慈雨くんがいてくれると嬉しいよ」
「そっかぁ。なら良いんだけど」



反応が実は嬉しい。幼馴染、あ、透君の彼氏じゃない方の僕が苦手な幼馴染が見ると「信じられない、お互いに自己の確立が出来てない関係なんて」と叱咤するだろうけど、僕はこれで満足だった。慈雨くんに申し訳ない気持ちでいっぱいになるけど、僕はこういう時に愛を感じることが出来るんだ。
僕の我が儘のせいで誰にでも良い子になろうとして、自分を覆い隠していた慈雨くんが自分の立場を顧みらず、駆け寄ってきてくれる。慈雨くんは僕が助けて! って無意識に送る信号に気付いてくれる人だから。







「慈雨くん、僕、今度のクリスマスにケーキ作ろうと思うんだ。食べてくれる?」
「もちろんだよ。あ、けど、その日はバスケ部の連中と飲み会が入っていて。最近、調理部優先していたからちょっと断れそうにないんだけど」
「そっかぁ。じゃあ、家で待っているね」
「ごめんね、つぐみ。あ、けどさ、十一時までやってるイルミネーションがあるから、それ一緒に見にいこうか」
「わかった! 楽しみだなぁ」



約束したんだけど。
慈雨くんはその日、終電が過ぎ去るまで帰ってきませんでした。やっぱり恋人同士のイベントに疎いのも変わらずで、慈雨くんは僕に必死に謝ってくれたけど、忘れられたのが傷ついたんだよってことを僕は慈雨くんに判って欲しかった。
家族のままだった、こんなに傷つくことなかったのにね。慈雨くん。僕はもっと慈雨くんに想われていた。だから、普段やらないことも頑張ってみようと思う。外の世界へ視線を向けることが僕自身にとって悪いことにはならない。慈雨くんを独り占めしたくて堪らなくなってくる。僕ごときの人間がね。
二人きりでいると駄目になるんだ。
二人っていうのはその人相手しか傷つかないけど、その人につけられた傷は普段より倍になるんだから。依存もしかり。
慈雨くんとの関係に罅を走らす弱さはいらないよ。




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