暗澹の中、透は唇を噛み締めた。目隠しされ、腕をゆるく縛られた状態で放置されたのは今からおおよそ一時間くらい前の出来事だ。


透の友人である(元を正せば祐樹の幼なじみであるが、現在の親交具合を考えると自分の友人として紹介しても遜色なかった。)通称、キヨが「放置プレイされている銀様の薄い本を読んで凄くたぎった」と興奮した口調で語る友人の顔が面白くて、祐樹に面白可笑しく伝えたのが現状の原因だった。話が一通りおわると、祐樹はなにを勘違いしたのか「じゃあ実際にやってみようか」と言い出したのだ。
ふざけているのか冗談じゃない、と内心、鼻で笑っていたが、祐樹がみせる、眸の奥に隠された色は嘘など一つもなかった。生唾を咀嚼する。慌てる透の腕を強引に一まとめにしてゆるく布で縛った。
簡単に解ける縛り方であるが、透には解こうという意志はなく祐樹に従った。祐樹がその気なら仕方ない。楽しそうに笑って自分を何の対象といえ必要としてくれるのなら、それで良かった。捜し当てたネクタイで眸も目隠しされる。広がる暗澹に不安を抱えながらも、透の滑らかな白磁のような手のひらを掴みあげた。大丈夫、ここにいるよ、と自分を安心させるように祐樹は触れてくれた。両肩に溜まった力が抜ける。それを確認したかのように、祐樹は透を軽がる抱え上げ、寝室へと運んだ。
ベッドの上に寝転ばされた透は下腹部に冷たさを感じる。下着が脱がされたのだ。臀部に祐樹の骨張った無骨だが、男らしい手のひらが触れる。ぬるっとした粘着力でローションだと透は悟ると、後孔に侵入した祐樹の指先に熱を貰う。自分より自分をよく知っている指が的確に攻めていく。感じる所を弄ばれて嬌声が漏れると、可愛いよ、と頬にキスを落とす。お前でなければ、誰がこんな女のように扱われることを良いというか、と快楽によって濡れた双眸の熱に溺れた。お前でなければ許さないのだ。そこを理解しろと稀に思うが、ゆっくりとすべてを溶かされていく。
ひっ、と祐樹の指が抜けて機械的な卵形の物体が入ってくる。透が祐樹に話した友人の妄想の具現化ともいえる内容を実現するつもりなのだ。ゆっくりと、だが確実に透の肉壁はローターを飲み込んでいく。息を整える暇もなく、電源を入れられ暴れる。馬のように下品な声色が落とされ、羞恥心で心が狭まる。話をしたのは自分だが友人に内心で妙な趣味しやがってよぉと悪態をつく。いつまで我慢していれば良いのだ。二次創作には興味ないと虚勢を張らずに見せてもらうべきだった。



「透、ちょっと出かけてくるから我慢ね」


残酷な言葉だ。透は唖然と喘ぎ声を上げながら、祐樹の言葉に頷くしか方法を知らず、結局、放置され一時間近く経過したと思われる。体感時間なので実際の時間は知らないが。祐樹がいない時間はあまりにも長い。ずっと一人でいた頃は知らなかった。誰かが横にいることなど、鬱陶しいとも思わない無関心ぶりを貫いてきた。生まれた時から両親は自分の存在は不在なものとして扱っていたし、それが普通であった。個人の普通である価値観など、生まれた環境や行動により決まるものだ。透の普通の広さはあまりにも狭く、受けとめるべき事柄だった。
寂しくもなく、放置され泣き叫んでも無駄だと知った。結果、表情は表に浮かび上がらなくなった。辛いとか痛いとか、きちんと感じるが滅多に表には出てこないけど、祐樹と出会ってからは一人で待たされる時間はあまりにも長い。辛い。心髄をずどんと重たい槍で刺さるるような感覚だ。同時に誰かに出会い、待つ時間が怖いというのは、それだけ、対象のことを愛しているということなのだろう。会えないから、安堵したり、突然のことが愛しく思えないのは、自己愛でしかないのかも知れない。透は早く祐樹に帰ってきて欲しかった。縛られている間でなくても、彼が外へと出かけている時間はいつも同じことを思う。
辛い。
ずっと一緒に居て欲しい。最大の我が儘。縋りついて頭を下げてもよい。祐樹が傍にいてくれるなら、プライドなど何処かへ行けば良い。透にとって祐樹は唯一と呼べる存在だ。例え祐樹から吹けば飛ぶように思われていても。透が気付いていない自信の浮くような軽さが存在しているとしても。



「ゆ、う、き……」
「透」



鈍い音を鼓膜が捉える。
祐樹は悶え苦しむ透の姿を見つめた。外に出かけるなど告げていたが実際は息を潜めて扉の前で立っていた。拘束し玩具を潜ませた状態で外出できるほど頑丈な神経をしていない。透の件に関しては。万が一、があれば自分で自分を一生許せないだろう。
冗談で述べられた台詞に嫉妬したわけではない。透も猥談くらいするだろうし、自分が紹介した友人なら間違いないだろう。そもそも学生結婚をした人間で新婚生活を満喫している最中だ。疑いなどかけるわけがない。その点に関しては安心していた。ではなぜ、冗談を飛ばせず実行してしまったのか。悪乗りの延長戦で愚行に走るほど、飯沼祐樹という人間は滑稽ではなかった。
否定して欲しかったのだ。透はある程度のことは流すように受け入れてしまう。祐樹に執着しているということもあるが、彼の性格も関与しているだろう。祐樹は透の流されない態度を声をかけたときに、冗談だろう、と終わらせて欲しかった。謝れば良い、従えば良い。
自分たちは、そんなに軽い関係なのだろうかと実感する。
いや、けれど、困難に立ち向かってまで関係を築き上げようとするのはしょせんは理想論なのかも知れない。けれど困難を共に乗り越え対話を計りたい相手が透なのだ。できれば、自分も透にとって、そのような存在でありたいと枯渇してしまう。我が儘だろうか。おそらく、そうなのだろう、と祐樹は納得している。だが、嫌だとあからさまに声色で判ってしまうのに、従うのはまるで今の関係が服従の上で成り立っているような現状を見せられる。
通常ならば曖昧に笑って誤魔化してしまう。自分に嘘をつくように。曖昧に笑って解決することなど、なにひとつないと、随分、過去から理解しているのに。醜いくらい、強引に、まさしく滑稽に、透との間にある不透明な境界線を少しでも壊してしまいたくて祐樹は必死だった。付き合いだした当初「三ヶ月限定の恋人」だと強制的に囲ってしまったのは他でもない自分自身だ。完成した箱庭は完璧だった。完璧、だから、こそ、苦痛が伴うなど、今までなく、祐樹は生唾を飲み込む。


透に巻き付けられた目隠しをとり、露になった眸を見つめる。泣きじゃくった眸にごめんね、と舐める。透はそれだけで、祐樹にしか判らない笑顔をほっこり溢した。
胸が熱くなる。
透の愛は確かに祐樹が求める普遍的なものではない。吹けば飛ぶようなものである。だが、今、現在、どのような形であれ、透が自分のことを愛してくれているのだと知っていた。満足出来ないのは祐樹自身の貪欲さからだと。



「透。大丈夫?」
「大丈夫、じゃ、な、い」


泣きながら嗚咽を挟ませて透は告げる。腫れた陰茎を柔らかく握りこむ。射精を促すためだ。



「や、良い」
「なんで?」
「いっしょ、が、いい」



ほら、否定がこんなに心地よいなんて。けれど、否定ばかりされても苛立つのだろう。器の小ささを良く理解している祐樹は自身に失笑する。ネルやその他の、ある種、上辺だけしか知らない人間は祐樹に拍手喝采を送るが、それほど出来た人間ではない。
出来た人間に見せる努力もしている。暴かれてしまえば名を与える価値もない、矮小な存在なのだ。



「じゃあ、一緒にいこうか」


落ち着かせるよう頭を撫でる。ベタついた髪が柔らかだ。透の髪はとても細く祐樹からみれば綺麗であった。
後孔を支配していた玩具を取り除き、肉棒をあてがう。心臓が波打つみたいに、締め付けられて、透という人間とずっとずっと一緒にいたいという気持ちが膨らんで破裂する。



「透、透、透…ーー」
「ゆう、きぃ。い、く」


合図と共に射精した。直後の脱力感と愛しさ、紛れ込む淋しさだけが残り、融和する。



「大好きだよ。透」







ずっと、ずっと、一緒にいて下さい。





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