side……慈雨 つぐみは良く泣く子だ。俺が言うのだから間違いないだろう。 長男として生まれた俺に課せられた人生初めの母さんからのお願いは弟の面倒を見ることだった。母さんと俺は血が繋がっていない。両親はバイセクシャルで男同士だ。連れ子と表現するのが正しいが、真実は違う。正しさと真実は紙一重で違う関係性にある。 父さんの家庭は金持ちで大袈裟な話に膨らますと跡継ぎの為に人工的に創られた子どもだった。母さんの方にも体外受精を進めたのは祖父が互いの関係に不利が招じないよう講じた作戦の一環なのではないかと俺は踏んでいる。跡取りの為に作られた子。祖父の気紛れ一つで家族の輪から連れ去られてしまう可能性がある子。 だから俺はずっと出来る子であり続けなければならなかった。 家族好きだ。愛していると言っても良いだろう。母さんの前では子どもでいられるし、父さんの前では我が儘でいられる。姉であるみーちゃんの前では素直に、弟であるレンの前ではぶっきら棒に、妹であるメルの前では兄貴面できる。そして、俺の片割れであるつぐみの横にいる時は優しくなれる。どれか、なんてものに当て嵌めるのはもしかしたら愚かなことかも知れない。一括りで家族が好き、それで良いことだろう。安堵できる空間なんだよ。 俺はそんな家族の中から誰か引き抜かれるのが一番怖い。今の調和が崩れてしまいそうで。磁石のように依存していたいとまでは言わないが幼心なのだろう。家庭の崩壊は畏怖以外の何物でもない。片鱗はそうやって囁く。恐ろしいだろうと。祖父に誰か引き抜かれるくらいなら、自分自身が一番良かった。そのために必要なことは俺が一番優秀だと祖父に披露することだ。しかし、残念なことに容易なことではなかった。 俺の家族は優秀だ。 人外の力を持つ父親の遺伝子を皆が色濃く受け継いでいた。 レンは誰よりも自由気ままに生き父親の面影を良く覗かせる。化粧を外した父親に類比して酷似しており成績も優秀だった。母さんにも一番気に入られている。メルは女であるが身体能力に長け頭の回転も速い。喋っていると誰でも素直になれる魅力を持っており包容力がある。 俺と血が片方であるが繋がっている二人だけではなく、母さんの遺伝子を色濃く残す長女のみーちゃんも成績が良く責任感があり努力している。みーちゃんの凄い所は努力した分の成果を必ず掴み取る所だ。彼女は無駄を嫌う。そして、つぐみも。父さんの遺伝子を受け継いでいないのに能力的には父さんに一番似ている。外見を取り除けばレンよりも。天才というのはあのような形をしているのだろう。対して俺は不十分だ。秀でた才能はあまり持ち合わせていない。家族の中で俺が一番無能だろう。 だからこそ努力している。一番できる子のふりをするのはいつまでも得意だ。得意でいたい。母さんにまかされたつぐみの世話は今でもしている。嫌々していると勘違いされても困るかな。 他の滑稽で愚直でしかない人間の相手ならともかく、つぐみの相手をするのは嫌いじゃない。寧ろ、好きだと表すのが正しいだろう。つぐみはいつでも俺に安堵をくれる。 「慈雨くん助けて。ねぇ、ごめんなさい、慈雨くん。僕、どうしよう。ぼ、僕、とんでもないこと仕出かしちゃったよぉ」 慌てながら、涙を双眸に水槽のように溜めながら俺を頼るつぐみの姿はとても愛しい。俺にまで許されなくなったらこの子は一体どこへ向かうのだろうかと、稀に想像するが背筋が嫌なことを考えるなと訴えてくる。俺はいつも通りつぐみの肩を撫でながら「大丈夫だよ」と囁く。幼い頃からの言葉を聞いてつぐみは安堵する。「許してくれる」と尋ねる。俺に起こした過ちではないのだから、俺に許されてどうするのだろうという気も起きるが、気にせず「当たり前じゃない」と答えると満面の笑みを零した。 酷く愛しい。 つぐみのことが。 この時は水泳の授業に特別更衣室として図書室を利用しているということを忘れ、いつも通り図書室へ足を運んだつぐみに罵声が飛び交った光景の事を指している。こんなに大きな学校で更衣室が足りなくなる事態になるなんて想像していなかったんだよね。それに、あんな女どもの裸を見たってつぐみは興奮しないからつぐみはなにも悪くないのに。頭脳が足らない連中はこれだから困るなぁ。馬鹿だなぁ。 走ってきたつぐみの髪はいつも以上に乱れていて、肩で息をしていた。大丈夫だよ、つぐみだから。安心させるように背中をさらに撫でる。この時の笑顔は一生、俺のだけのものなのだろう。自然と口角が上がった。 俺はつぐみが欲しかった。ずっと傍に居て欲しかった。この感情はどう表せば良いのか。形など存在しない。 残念なことに。名づけることが出来る関係であれば割り切れたのに。家族愛でもあり、友愛でもあり、性欲を含み愛でもあった。あと所有愛か。ようするに俺はつぐみのことが好きで愛しているのだろう。傍に居ると、安心した。つぐみの表情を自分が構築する瞬間が堪らなく好きだった。醜いが所有欲だと名づけるのが的確だ。つぐみはこんな俺のこと知ったら嫌いになっちゃうかな。 だとしたら嫌だな。 血液が沸騰するくらいには。 所有愛を自覚したのはつぐみが見知らぬ人間の為に流す涙を俺以外に見せている瞬間だった。なんでも俺を頼ってきたのに、一度だけつぐみは俺以外の前で泣いた。その時、俺がいなかっただけの話なんだけど。当時の俺は小学生で小学生が発表する科学実験大会だとかいう実に退屈な競技に参加していた。両親が特に母さんが喜んでくれたから良かったのだけど。 出来た子をするふりとしては優位に働いた。 けれど、俺はそこにいなくて。つぐみは幼馴染の一人といた。俺も大好きで尊敬している一学年上の幼馴染だ。足が速く社交的で俺の目指すような形だといえる。当然、顔も整っている。彼は場の空気を調整するのにとても長けていた。自然に身に着いた振る舞いなのだろう。無理がなく、嘘をつくこともなく、誰かを喜ばせた。相談も親身にのり、出来た人間の基本のような人物だが、苛立ちは増すばかりだ。俺じゃなくて良いの。俺じゃないと駄目でしょう。ねぇ。幸いなことにその幼馴染は線引きもとても上手く人の心を読み取るのも長けていた。曖昧に笑ったあと、片手をあげ音にならない声で「ごめんね」と謝罪した。 沸騰した熱が下がった瞬間。 自覚と言えばあの時だったのだろう。 性欲を含む愛だと自覚した瞬間は自慰をするつぐみの姿を見た瞬間だ。扉を開けると、机に伏せるようにつぐみは自身の陰茎を弄っていた。鈴口に親指をかけ、小さいつぐみの口が嬌声を放つ。入ってきた俺の姿に気づいていないのだろう。つぐみは自慰を続けた。潤んだ眸。紅潮した頬っぺた。涎が垂れ流され、自身で与える快楽のくせしてついていけないのだろう。 過ぎた快楽がつぐみを襲っていた。 見た瞬間、この手で蹂躙してやりたくなった。首を捕まえてあぶくを放つつぐみの咽喉を眺めながら、酸欠になるまでキスを貪りたい。蕩けてしまったつぐみの眸を舐めて、嫌だ、嫌だと叫ぶつぐみに自分だけを頼りになるようにしつけ直して、後孔に無理やり指を突っ込む。 痛がるつぐみを見ながら穴を利用して自慰をするのも一興だし、快楽で蕩けるように溺れさせながら泣きじゃくるつぐみに肉棒を刺してやるのも楽しそうだった。ただ、この妄想はつぐみに暴かれてはいけないので、小さく封印する。自分の性癖は少しばかり歪んでいる。怖がる姿が快楽へと繋がるのだから、多少、歪なのだろう。怖がるというより、それにより、縋る姿というのが真実か。けど、抑えるよ。つぐみに離れていって欲しくない。我慢するのは得意なんだ。 つぐみ、俺はつぐみとずっといれる関係になりたいんだ。 それでは家族では不十分だよね。 家族に許される範囲は決まっている。ねぇ、だから、大丈夫だって信じているよ。この言葉を吐きだしたときに君が首を縦に振ってくれるのを。 俺の後ろをずっとついてまわったのは、つぐみでしょう。 |