その優しい嘘に肉がついたそのときから愛は腐り始める





side……つぐみ








「慈雨くん助けて」


僕の口癖かも知れない。気付いたら慈雨くん、慈雨くんって双子の兄の名前を呼んでいた。双子と言っても血は繋がっていない。僕の家庭は少々複雑で両親は男同士だ。僕らはその両親の連れ子と説明するのが残酷だけど正しい説明なんだろう。血は繋がっていないけど生まれた時からずっと一緒にいて、半身と表記しても遜色なかった。僕なんかの半身と慈雨くんに説明すると迷惑かも知れないけどさ。
慈雨くんはなんでもできた。
化粧したお父さんそっくりの顔は堀が深く、鼻の筋がきれいにとおっていた。双眸は他の男の人よりぱっちりしていて、伸びた睫毛が人工物のよう。自然についているのに。女の子でも相当、可愛かっただろうな。
髪の毛は少し癖毛だけど中学生の時からオールバックにしていて、つるつるのオデコがとってもカッコイイ。お父さんともう一つ年下のレンくん(僕の家は両方の子どもを合わせて五人兄弟だ。多い)との違いをつけたかったんだと思う。慈雨くんの個性を目立たす方法をずっと模索していたから。なんでも出来て優しいというのは個性が欠落している証でもあるんだ。誰かの特別になりにくい。僕の一番は慈雨くんだけど。


社交的でコミュニケーションに障害を持つ僕とは正反対だ。
慈雨くんには友達がいっぱいいる。幼稚園の時から幼くしてその社交性を発揮していた。慈雨くんは泣いている子がいれば手を差し伸べるし、先生が困っていると場を調整した。美化委員とかみんなが面倒だと思う仕事を率先して引き受け、その傍らで部活も頑張っている。
慈雨くんはなんでも卒なくこなす天才だ。彼が努力してきた成果なんだけど、意外とそれに気づいている人は少ない。なんでもできる慈雨くん。すごく優しい慈雨くん。僕の大好きな慈雨くん。けれど、それは努力の上に成り立っている。白鳥が水中で必死にバタ足をしている光景と似ているけど、僕はバタ足する光景の方が表面上の美しさなんかより素晴らしいものだと思っている。生まれ持った才能なんて所詮は運でしかない。
魅力としては換算されないよ。


僕は良く扱ける、運動音痴で、人間と関わるのが苦手だ。誰かと関わることほど恐ろしいものはない。僕という人間は底辺に位置する存在で、僕という人間が誰かに声をかけて貰えることさえ、烏滸がましいことなのだ。
ついでに言えば努力するのが一番嫌いだ。めんどくさがり屋だといわれる。当たっている。お姉ちゃんの美代ちゃんには良く叱咤される。みーちゃんは小さいけど迫力満点で怖いから大好きだけど、嫌だ。
煩い、煩いって泣きながら両耳を塞いでしまいたい。まぁ僕らのお母さん(男だけど)は僕たち子どもを怒っているようで甘いからみーちゃんが起こってくれて丁度、バランスが取れているのかもね。
だから余計に常日頃から努力する慈雨くんはとても凄いと思う。敬愛しているという表現が正しいのかな。みーちゃんに怒られているときに慰めてくれるのも慈雨くんの役目だったな。
慈雨くんは囁きかける。大丈夫、大丈夫だよ。つぐみには俺がいるでしょうって。僕はその度に「その通りだね」って納得してきた。
幼い頃からの僕の仕事といえば、慈雨くんの後をついて回る簡単な仕事ばかり。慈雨くんと名前を呼んでは扱ける。しょうがないなぁと笑いながら慈雨くんは僕を仲間の輪に入れてくれる。
その仲間というのは幼馴染のことだけど、慈雨くんがいなかったらこの幼馴染の輪からも僕は外れていただろう。
性格が不一致な人間も幼馴染の中にはいるし。好きだけど、会うたびにうじうじする僕にイラついているから申し訳なくなってくる。傷つくのも嫌だし。幼馴染の言葉は凶器のように鋭利なものだ。真実を言われれば言われる程、自分の心は傷ついていく。幼馴染は真実を言われても良いタイプなのだ。寧ろそういう人間を好きなのだろう。僕の事も彼は苦手意識している筈だ。
相反するようだから当然性格が合うわけもない。
申し訳ない。


僕は甘やかしてくれる人間が好きなんだ。
だから、慈雨くんは大好き。
僕をべたべたに甘やかしてくれる。慈雨くんは僕が扱けても「痛いの痛いの飛んで行け」と笑顔を僕に向けてくれる。不思議だね。普段の笑顔と違い、僕が扱けたときの笑顔の方が慈雨くんはとても自然に笑っている。僕と見られても家族くらいしか拝めない笑顔が好き。笑顔が好きなんて、ありきたりだけど。ずっと一緒に居てくれる。この前、僕がドジを踏んで、書道の時間に墨汁をぶちまけたとき、周囲にいた人間の制服を見事に汚してしまい、クラス全員が僕を非難したけど慈雨くんは笑って許してくれた。


「ごめんなさい、慈雨くん、ゆ、許して、くだ、さい」


たどたどしい、聞いている他人を苛立たせる喋り方で慈雨くんに許しを乞うと慈雨くんはまた笑顔で許してくれた。恍惚の笑みが零れていると僕は慈雨くんを見ながら思った。慈雨くんは僕の頭を優しく撫で「あとでみんなに謝ろう」と言ってくれた。僕は首肯する。慈雨くんは僕の手を引っ張って、教壇の前でみんなに頭を下げてくれた。続けて僕も頭をさげる。人気者がとる大胆な行動がクラス中に与える影響は凄い。瞬く間に僕は許された。ああ、良かった。契機を構築してくれたのはやっぱり慈雨くんで、僕は慈雨くんを改めて尊敬した。努力して気配りが出来る慈雨くんは凄い。どこまでも優しい慈雨くんは凄い。慈雨くん、僕はずっと慈雨くんの傍にいたいな。めんどうくさがり屋だけどそのことだけは頑張ろうと思うんだ。ねぇ、だから、お願いだから、僕を一番に愛して欲しいな。その愛はどれでも良いよ。
血は繋がってないけど、兄弟愛はもちろん、恋愛だって良いよ。慈雨くんが望む形がどれかわからないけど、僕は頑張ってそれに合わせようと思う。慈雨くんにずっと好かれていたいんだ。
だから、慈雨くんを傷つけるつもりなんて僕には一ミリもなかったんだ。それだけは知っておいて欲しいな。僕は矮躯で随分と愚者であるから、慈雨くんが僕を傍に置くことに苛立つのも判らなくもないけど、慈雨くんは多分、一生、僕に優しくしてくれるよね。だって、今まで慈雨くんだけが、そうだったもの。他の人間も優しいけど、僕を助けてくれるのは慈雨くんだけだ。今回も許してくれるよね。







「つぐみ期末テスト一位だったね」


全校生徒に公表される形式は勘弁してほしいな。
個人情報保護法っていったいどうなっているんだろうね。僕はなにも出来ないけど、勉強はたまに出来た。たま、というか、正直な話、勉強はまったくしないから運なんだけど。だから、満点の時もあるし極端な話だけど三十点くらいしかない時もある。テストの直前に見た教科書の範囲がそのまま出たら百点なんだ。その程度。あと慈雨くんと見直した範囲とか。もとから何故か知っているのとか。それだけで、一位になるときがある。凄いことがある。それに同率一位の僕の従姉である壱夏ちゃんがいるし、黒沼つぐみと壱夏・トゥ・オーデルシュヴァングだから壱夏ちゃんの方が上に記載されてあるんだけど。慈雨くんには対して変わらないらしい。たいてい、慈雨くんがその後の続く感じで三位なんだけど。
一位になった時の慈雨くんは傷ついた顔をする。僕を責める顔じゃない。自分が情けなくて縮こまってしまいたくなると言ってるみたい。もっとしっかりしなくちゃ! と背後で僕の知らない慈雨くんが囁くのを僕は知っている。これ以上努力したら慈雨くんがおかしくなっちゃうよ、と僕は思う。慈雨くん僕の運だから気にしないでと今告げても意味がないことくらい僕も知っていた。



「慈雨くんと事前にみたところがたまたま、出たんだ」



だからこういうようにしている。
効果はあまり得られないけど。
慈雨くん。許してよ。ごめんなさい。僕はこういうとき、慈雨くんの服をきゅっと握る。まるで一人では生きていけないと主張するように。嫌な人間だな、僕って。慈雨くんは切り替えて、僕の手を引っ張る。ああ、良かったと、安堵する。慈雨くん、僕は、慈雨くんとずっと変わらない、普遍的に愛される関係である今がとても気に入っている。慈雨くんが望むなら、どんな愛情だってかまわない。割り切れる愛情なんて広大で優しいもので僕は慈雨くんを愛していないからだ。けれど、慈雨くん、出来るなら、この関係に甘えていたいと思うのも僕の素直な気持ちなのです。







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