白熱灯が夜の知らせを運ぶように点灯する。俺は十字路の隅っこで白煙を吐き出しながら、行き交う人を眺めた。携帯を弄る手はひんやりと冷たい。末端冷え症なので神経が腐っている。古臭い銅像が俺の横には立っていて、目立ち、いかにも滑稽だという建築は待ち合わせる場所として丁度良かった。学生服がお好みだというので学ランに袖を通している。指定の白が目立つ学生服ではなく一般的な黒に身を包む。以前、父方の親戚の葬式があるというので買い宛がわれたものだ。当時はこんな事に利用するとは思ってもみなかっただろう。雪が降る光景に黒の学生服は馴染む。モノクロの色合いは好きだ。


「爽くん?」


三十代前半の男が傘をさしながら俺の名前を呼んだ。隠す必要もそれほど感じないが本名は避けた方が良いと俺の初めてを奪った男に忠告された。刃向うのも馬鹿らしくなり従い本名は伏せる。爽太、の太の部分だけを切り抜き爽という名で相手と接触することにした。


「うん、そうだよ」


笑みを作りながら出来るだけ媚びを売るように答える。けれど、どことなく初々しい雰囲気を保持しながら。顔は飛び抜けて整った顔立ちをしている訳ではない。だが、細々しい骨格にすっと伸びた鼻。破棄のない眼差しが特別だと語りかけるように笑うとある程度の男は支配欲を満たしてくれる。


「村田だよ。よろしくね今日は」
「こちらこそ、よろしく。あの、村田、さん?」
「そうだね、芳樹でいいよ」
「芳樹さん。あの初めてなんだ、俺」


村田という男は俺がそう言うと嬉しそうな顔をして、厭らしい穢れた顔で笑った。粘着質な唇から見える歯茎の痛さに嫌悪感が募る。ネットでの書き込みでも記載されていたが、初物を食べるのが好きな愚図野郎らしい。勿論、初めてではない。こんな男に捧げるくらいなら、あの男に捧げておいて成功だったかも知れないという錯覚さえ沸く。村田は俺の肩を抱きしめる。金、まだ払ってねぇだろう。てめぇ。


「お金はホテルについてからで良いよね」
「うん、もちろんです」


自分が向けられたら腹を立てて殴ってしまう表情を男へ向け、引かれるがままに歩いていく。雑踏を掻き分けて羞恥心が足りない下品なネオンの光が身を包む世界へ引き摺り込まれる寸前、遠くにネルの姿が見えた。
友人と映画館へ行ってきた帰りなのか、友人の片手にはパンフレットが握られている。話題のアクション映画だ。ネルは真っ白のコートに身を包みながら熟れた唇で弧を描き無邪気に笑っていた。友人との会話が楽しいのか、大きく口を開きながら声変わりする最中の掠れた肉声が鼓膜に届く。不思議だ。大勢の人間が会話を交わす街中でネルの声色だけが澄んでいる。
今は女子に見間違うような顔立ちだが、これから成長期に入り男らしくなるんだろうということが声色から察することが出来た。いや、それだけじゃない。入学当初からネルを見ていると判る。小学校時代から積み重ねてきた空手により鍛え抜かれた骨格と筋肉が中学へ進学すると共に徐々にだが、形成されてきた。
骨ばっているくせに陶器のように滑らかで美しい手のひらを無造作に掲げながら友人と肩を組む。
俺とも小学校の時は良くああやって歩いてくれた。こちらから声をかけなければネルは最低限の接触しかしてくれない。
彼が友達ならばこの程度の会話はするよね、と考える程度だ。得に俺は一時期ネルとの間にある自分と彼との認識の差が辛くて会話しても浮いているような返事しか出来ない時期があったから、今、交流は少ない。俺が通うオフィーリアは唯でさえ幼稚園から大学まであるマンモス校だ。進学校として名を馳せていて生徒の数は多い。俺の学年だけで生徒は千を軽く超える。友達百人を地で行く男であるネルは、瞬く間に友達を増やしていった。ネルの自然体だが正義感溢れ、女らしい顔で男気溢れる行動を取る魅力に誰だって惹かれるのだ。
ネルに周囲にはいつも誰かが居る。
俺じゃなくても良いという現実が辛い。ネルにその気持ちを告げたら「なに言っているの。爽ちゃんの変わりなんているわけないじゃない」と言われてしまうのが結論として待っているだろうけど。
俺の好きな男は平等主義者だ。
誰かと誰かを秤にかけること自体を根幹から疑う人間なのだ。個人には個人の良さが存在するから、何故、比べなければいけない。人間関係構築していく中で比べなければいけない関係ってなに、と尋ねるだろう。それはネルがとても強い人間だから言える科白だ。
少しでも自己の存在意義に悩みコンプレックスを抱える人間なら言えない。人間は自分より下がいると知って初めて安心できる生き物なのだ。強い人間だ。その強さが好きだ。ネルの理想が。信念が。
けど、もし強さ以外でネルの理想を掲げる人間が居れば、それはよっぽど甘やかされた現実知らずの阿呆なのだろう。支えられて生きてきた人間ほど勘違いしている人間はいない。俺はどっちでもない。自分を正当化するようだが、天秤にかけないと生きていけない。




「爽くん?」


「あ、ごめん。緊張して、ぼーーっとしていた」
「そうなんだ。ふふ、可愛いね」
「馬鹿、そんなこと、ない、です」


マフラーに照れた顔を隠すようにして埋もれる。泣きそうな顔はこうして誤魔化すことが出来ると知った。










「あっ……」


村田に連れて行かれたのは簡素な安いホテルだった。当然のようにホテル代も村田持ちなので、この男の給料がどれほどのものなのか垣間見ることが出来る。業と安いホテルを使う人間もいると思うが先ほどからの身の振り方といい、身に着けているスーツや装飾品を見ても金は対して持っていないらしい。


「ここが良いの? 爽くんは」
「そこが良いです」


羞恥に塗れた顔を作り出し村田に後孔を晒す。太腿の下に手を回し、収縮する窄まりが良く見えるように腰を上げる。村田は股の間に入ってきて人差し指で俺の後孔を突く。むず痒い焦らしが熱を微妙にあげていく。フェラを要求されるかと待ち構えていたがホテルに着くなりシャワーも浴びず、村田は俺に衣服を脱ぐよう要求した。自分の命じる通りに動いてくれるのが快楽な人間らしい。実社会では肩身が狭い思いをしているのだろうか。鞄の隙間から見えたスケジュール帳には几帳面だと表すように付箋が均等に貼ってあり、仕事のマークがついていた。


「ねぇ、舐めて」


俺の後孔を弄っていた手を口元に差し出される。大人しく舌を突出し、村田の指を舐める。肥沃しているという程ではないが、中年に差し掛かった男の不器用な指だった。爪と皮膚の間を剥がすように丹念に舐めていく。


「涎をもっとつけるんだ」
「んっ……わかり、ました」


熱を溶かしていくように唾液を付着させる。村田の手のひらいっぱいに唾液が絡みつく。中学生の俺の小さな咥内から唾液が溢れて、厳しい眼差しを向けられた。


「駄目だよ」
「すみません」
「命令はきかなきゃ」


柔和な優しい笑みのまま村田は俺の頬っぺたを叩いた。愚図野郎と双眸を輝かせているのが見えたのか村田は態度を豹変して俺の頭を抑えつける。衝撃で頭蓋骨がいたい。抑えつけられた手が脳へ食い込む。反抗的な態度が気に食わないのか耳の横で鼓膜が破れそうな音で注意点を述べられる。異なる人間になってしまったようで、柄にもなく恐怖という感情が湧きだし、そんな自分を阿呆かと詰る。


「わかった? 爽くん」
「すみません。わかったよ」
「なら良いんだけどね。ほら、お金払うんだからもっと俺を喜ばせてよ」


確かに正論だと思い、首を真っすぐ下げた。村田はにやにや悪態をつきながら笑う。俺は太股を持ち上げ、赤ん坊がおしめを変える様な体勢を再び取る。唾液で濡れた村田の指先が俺の後孔へと侵入する。収縮する襞を丁寧に伸ばす。皺を失くす様に空いている指先を使い孔の中を覗きこむ。


「爽くんの孔はまだ綺麗だね」
「ひっぁ、そこ、変な感じ」
「初めてって言ってたもんね。ほら、俺が今から爽くんの感じる所をちゃぁんと教えてあげるから」


お前なんかに教えて貰わなくても承知している。ネルがどうしたら気持ち良くなれるかを散々研究したのだから。ネルは主導権を基本的に握っていないと俺との会話にやり抜くさを感じていただろうから、セックスだって同じことだ。ネルが主導権を握ってさえくれれば彼自身にも快楽を与えることが出来るだろう。最も、ネルが俺のことを好んで襲ってくれる日が来るというのは夢想でしかないが。だから快楽を得る方法を自分で学び、ネルが主導権を握らなくても強引に快楽を引き出せるようにしなければ俺はならないのだ。


「ぁ、っ三本も、無理、です」
「無理じゃない、無理じゃないよ。ほら、ちょっと痛いくらいが良いんだから」
「んぁ! ひっぁ、きもちぃ、よ!」
「だろう。だから俺が言った通りじゃないか」


痛いに決まっていると心の中で唾を吐きつけながら偽物の嬌声を上げる。頭を抑えつけられた時から思っていたが、どうやら特殊性癖らしい。金を払わないと相手が見つからない訳だ。このまま行くと犯し潰されるのでホテルへ入る前に金を先に受け取っておいて良かったと再確認する。まぁ抜き取られたら意味がないが。大事なのは金ではない。金を貰って売春をするという行為そのものだ。


「ぁああっぁ! いたぁ、いたい、のに、気持ち良いよぉ!」
「お前は変態な豚だったんだなぁ!」


興奮してきたのか村田はズボンのファスナーに手をかける。金属が解きほぐされていく音が聞こえた。寒い部屋に湯気立つように男の肉棒が下着の中から露わになる。ブリーフかよ気持ち悪い。
嗚咽が込み上げるが我慢だ。どうやらその様子も村田にとっては恐怖で脅えているように映ったようだが。太股を大きな手のひらでしっかり抑え込むと、解し足りない後孔に肉棒が突き刺さる。


「ぁあああがぁ、ひゃぁあぁ!」
「はぁっぁあ、ふあぁ、良いよぉ、爽くんよく締まって気持ちが良い!」


そりゃテメェは気持ち良いだろう塵野郎。生憎、俺の後孔は切れて明日には痔になってるだろう。血液で滑りが良くなった後孔を思う存分弄る音が聞こえる。俺はひたすら、喘ぎ声を叫び続けた。男にとって性行為の相手は人形と同じなのだろう。だったら、ダッチワイフにでも突っ込んでおけば良いのにと、下半身から感じる痛みを受けながらの感想だ。けれど、この痛みもネルに繋がっているのだと思うだけで、陰茎が熱を持って勃起する。頭の中はネルしかいない。自己の世界に陶酔する。俺を犯している相手はネルなのだと思い込む。いや、ネルはこんな粗相はしないだろうが。


ゆっくりと視界が閉じられた。









目を覚めると村田の姿はなかった。財布を覗きこむ。金は取っていかなかったらしい。ホテル代まで律義に残してあり、メモ帳にはまた今度とふざけた言葉が書かれてあったが、俺にこの事実をくれるなら誰であろうと大差ないさ。足元をふらつかせながら、シャワーを浴び、衣服を身に纏う。
制服を着込み、荷物を持つと部屋の扉を閉めた。長居する必要はないし早くしないとチェックアウトの時間に間に合わない。
廊下を歩く脚は生まれたての羊のように震えていた。脳内が残像を叫ぶ。後孔が予想以上に勢いよく裂けたせいか、身体が熱を帯びているようだ。
ホテル代を払い、外へ出る。冷たい風が頬に当たり少しだけすっきりするが、気を抜いた反動で倒れ込んでしまった。いや、倒れ込んだ筈なのに誰かに支えられる。



「大丈夫、爽太」
「ゆうき、てめぇ」



俺の初めてを奪った男、裕樹が立っていた。有名人がこんな所に来ているんじゃねぇぞと言ってやりたいが口許が上手に動かない。抱き締められた裕樹の身体は冷たくて明け方から待っていただろうということを察することが出来た。律義で優しい男なのだ。認めたくないが。情報網の塊のような男だ。俺の心配をして、情報を手に入れ、わざわざ足を運んだのだろう。余計なお世話だ。


「はなせ、帰れる」
「無理しないで。ほら、おぶって帰るから。まぁ、爽太が恥かしいなら良いけど。ここで野たれ死んで君の目標は達成するの」


相変わらず人の心髄を付いてくる言葉を上手に操る。俺は大人しく裕樹の背中に圧し掛かった。休日の繁華街は人で溢れ返っている。俺たちは病人と見做されたのか腫れもののように大衆から扱われた。裕樹はタクシーを拾い、俺を家まで送り届ける。



「爽太を見てると可哀相になってくるね」



裕樹はくすりと笑っていった。脚を蹴って返事をする。可哀相なものか。憐れむなという意味合いを込めて。察したのか裕樹は違うよ、という。


「だって爽太のは自業自得だから」


判っていて言ってきたのか。嫌味な奴だ。普段の俺ならばもうすこし饒舌に言い返してやるのに今では言い返せない。確かに俺はまるで可哀相ではないさ。自業自得だ。こうやって今、熱を出していることを含めて。片想いする人間、全員を可哀相だというのなら、この世の中はなんて可哀相な人で溢れているのだろう。だから、自業自得なのだ。愚かだと言いたいのだろう。
正面から向かってネルが良いと言ってくれるわけがないじゃないか。潔く、男らしいネルは俺を真っ二つに切り裂いて次の恋へ行けるようにしてくれるだろう。だけどそんなこと望まない。俺はネルを手に入れたい。




「けど、その恋の辛さは俺にも分かるよ。方法が、馬鹿だなぁって思うだけでね」




もう黙っていろ。同調など望んでなんかいないのだから。







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