008



好奇心旺盛なネネが人の家に上がり込んでくると大変だ。勝手に押入れからアルバムを引っ張りだしてきて、俺に捲っても良いかと尋ねこんできた。つーか。その前に押入れを開けて良いか聞けよ、と思いながら多少乱雑に受け取る。アルバムなんて実家から持ってきた覚えはねぇからお袋の野郎が勝手に放り込んでおいた産物だろう。襤褸臭い小さなアパートだが襤褸臭いお陰で普通の一人暮らしより部屋が少しだけ大きい。今思えばこんなに部屋数いらなかったけどな。台所用にしている部屋へネネを案内し、椅子に腰掛ける。
ネネに引きずられるように来た帝は、台所で簡単なお菓子を焼いていてくれるのか、香ばしい匂いが鼻腔を過った。


「アルバム! 健太、アルバムだぞ」
「あ――はいはいはい。わかりました」
「判りましたって健太、よし、見よう!」
「見ようって、んなの、見て楽しくもねぇだろうが」
「ネネは楽しいよ」


偉いだろうというように胸を張り、ネネは威風堂々とした態度で俺と向き合った。馬鹿だ。こいつ。胸ねぇって。俺でも興奮しねぇは。んなこと思ってネネの胸を凝視していると頭を叩かれた。わりぃ、わりぃ、と謝りながらも、ネネに頼まれるがままにアルバムも開く。


「健太全裸だ!」
「赤ん坊の頃のだから仕方ねぇだろうが!」
「えぇ! ネネ、全裸の写真なんて一つもないもん」
「あっそう……」
「なにその態度! 酷いぞ!」
「はいはい、すみませんでした」


耳に小指を突っ込みながら謝ると、ネネは甲高い声で怒鳴ってきた。今の、俺、悪くねぇけど。謝っておいた方が良い。女に謝らせるのも格好悪いし。しかし、こいつアルバム見る気、満々だな。喰いつき方が、普通じゃねぇよ。


「あ、二人とも。ガトーショコラが焼けたけど食べる?」
「食べる、食べる!」


ネネは飛びあがり、帝へと抱きつく。ガトーショコラとか簡単なお菓子じゃなかったですね。すみません、帝さん。家にある材料で良いからお菓子作ってくれと懇願して、ケーキ屋さんに並んでいるようなお菓子が出てくるとは想像していませんでした。


「さんきゅ、帝」
「うんうん良いよ。お口に合うといいんだけど」
「帝が作ったのはなんでも美味しいよ!」
「だな」


間違いねぇだろう。俺は食卓に配膳された焼き立てのケーキを見つめながらいう。チョコレートの濃厚な茶色のスポンジは見る者の食欲を掻きたてた。シュガーパウダーなんて家に無かった筈なのに、掛けられてあり、不思議で堪らなかったが帝を見ると普段と変わらない柔和な笑みを浮かべたので聞かずにおいた。午後の一杯にと帝が淹れてくれた紅茶も格別のものだ。
以前、紀一からパックじゃない、紅茶を押しつけられた時、自分で淹れて飲むと舌触りが良くないざらつき渋い味になってしまったが、この紅茶は別物だ。格式高いホテルで飲んでいるような風味とまろやかな味が味覚を包みこむ。優雅なひと時だな、なんて柄にもねぇこと思いながら紅茶とケーキを貪っていると、ネネが忘れていた筈のアルバムを片手に持ち、机の上に広げた。


「帝、アルバムだ、健太の!」
「わ、健太くんの? けど、いったいどこから持ってきたのネネちゃん」
「押入れ」
「ネネちゃん……」
「それより、見て、帝。面白いもの発見した!」


意気揚々とネネが手に取ったのは中学時代の卒業式が切りぬかれた写真だった。げ、と心臓が飛び出るくらい気まずい感覚を味わいながら、ネネの手からアルバムを奪い取る。


「おしまい!」
「ええ! 健太、どうして! ねぇ、どうして!」
「あ――だって、この顔、不細工だし」
「健太はカッコいいよ! ネネの中ではそのゴマ粒みたいな眸も、落書きでかいた鼻も全部かっこいいよ!」
「お前、それ本気で言っているのかよ」
「当たり前じゃん」


疑いようのない眼差しで告げるので、絆される。ちょっとだけ、と思って、アルバムを返した。美人に不細工じゃねぇって言われて喜ばねぇ男はいない。いたとしたら、そいつの価値観が稀有な場合のみだ。つ――か、俺は不細工な女子に言われても嬉しいからな。かっこいとか。
ネネは気分よくアルバムを捲る。その横で帝も申し訳なさそうな態度でだが、ほっこりと笑いながらアルバムを眺めた。


「あ!」
「どうしたネネ?」


宝箱の中身を見つめたみたいにネネは一つの写真を指差す。なんだよ、また間抜けな写真かと不用意な考えで覗きこむと心臓がばくんと波打った。
中学の卒業式が切りぬかれた写真だった。うぜぇ。なにがって、自分がだよ。写真見つけたくらいで暗くなるんじゃねぇよって俺は思いながら事情を聞きたそうにうずうずしているネネに向かい喋る。


「卒業式の写真だよ」
「そっか」


踏み込んで聞いてくるかと思ったが、ネネは俺の双眸を見つめるなり、目線を逸らし言わなくても良いよ、と小さくアピールした。普段、無遠慮に慌ただしく人の領域に入り込んでくるネネだが、本当に入ってきて欲しくない境界には強引に割り込まない。馬鹿だから無意識にやっているんだろうけど、尊敬しちまう部分の一つだ。俺が無意識に他人を傷つけることが良くあるから。
けど


「別に話してもいいんだけど」


ぶっきら棒に告げるとネネは再び眸を輝かせる。水晶が詰っているみたいな双眸がこちらへ近づくと机を乗り越えて抱きつかれた。当然、後頭部を強打する。凶暴娘が。やっぱりこいつと付き合っているという帝の兄である竜さんとやらに尊敬を表す。こんな奴が彼女だったら心中穏やかにいられねぇだろうが。


「重いから、どけ」
「ネネ、嬉しい!」
「あ――そうかよ。良かったな。どけ」
「ネネちゃん、どこう。せっかく健太くんが話してくれる気になったのに。話して貰えなくなっちゃうよ」


帝の助けもあり俺にしがみ付いていたネネは渋々俺から離れた。ようやく落ち着いて話が出来る体勢に戻る。
アルバムを捲りながら写真を指差す。卒業式のものだ。確かに。
昇降口で俺の母親が意気揚々と空気を読めない言葉を吐きながらシャッターを降ろした。苦笑いが伝わるような代物でハハと空虚な声を飛ばす。紀一はもう何日も寝ていないといった表情をしており、苦笑いの中にも、隈が酷いことがわかる。口にはいつものようにペロペロキャンディーを舐めていた。俺はというと、今より少しだけ小さい身長で胸を張りながら卑屈という文字が似合う表情で紀一と距離を保っていた。
まず、何から話そうか。
俺と紀一の出会いから説明すれば良いか。
出来るだけ簡潔に纏めてやろう。
買い物(俺がパシらせたんだけど)に走らせた紀一が帰ってくる前に。













人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -