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 ジルが取りだした鮭を持ち、骨の部分に切り込みを入れる。以前、魚の骨くらい自分で取るだろうと考えて食卓に出すと「充葉ぁん、なにか痛いのが刺さったよぉん」と言ってきたので、それ以降、取るようにしている。
 魚に骨があることを知らないのかと呆れ気味になりながら知識としてジルは共有しているが、実際の体験として骨があることを知らないのだろう。そう考えると妙に悲しい気分になってくる。
 ジル様の鮭だけ骨を切り落とし小骨はピンセットで丁寧に抜いていく。これで完璧だ。鮭を持たされたのが嫌だったのか、ジルは台所から姿を消し、部屋の炬燵に入っている。
 寝ているのか、先ほどから音がなに一つしない。呆然とするのが得意な奴なので対して心配することもなく(心配するだけ損だ。僕の予想の範疇にジルはいつも存在しないのだから)調理を続ける。いらないと言ったのに母が勝手に設置して行ったグリルを利用して鮭を焼く。鮭はすぐに焼けるので暫く待てばこんがり焼き上がった鮭が姿を表してくれるだろう。
 僕は食器を取り出しほうれん草のおひたしを、よそっていく。鰹節を振りかければ完成だ。醤油は日によってジルは自分でかけたがったり、僕にかけろと命令するので、まだかけない。
 鮭の様子を見ながら台所で台拭きを濡らす。雑巾のように絞ると、襖をあけ部屋へとはいる。ジルは案の定、炬燵に入っていた。好い加減、炬燵は撤退させなければいけない時期なのだがコンセントを差し込まず、気分良く寝ている姿を見ているともうちょっと夏になるまでは良いかという気分が浮かび上がってくる。


「ジル、もうすぐご飯だから起きて」


 身体を揺らす。僕より堅が良い、いかにも男の身体だと知れるそれは重く、僕の手には収まらない。ジルはゆっくりと瞼を開ける。マスカラを塗った長い睫毛がぱちぱちと揺れ、薄目で僕を見つめた。


「ジル、ご飯だから」


 そういうと、ジルは僕を覆うように肩を抱き、自分の方へと引き寄せた。寝ぼけているのか、寝ぼけているふりなのか。どちらかは知らないが迷惑な話だ。


「もうちょっと寝るよぉん」
「寝るって……あのさ、ご飯だって」
「ご飯ん? あとで良くない」
「良くないよ。ジルがいらないなら、僕、一人で食べるけど」


 耳元で囁きあいながらの会話を交わす。ジルはしょうがないといった様子で僕を解放して、肩を押しどけた。
 解放された僕は台拭きで机を拭く。ある程度綺麗になったかと確認すると、立ち上がった。ジルも僕の後ろに続く様に立ち上がる。


「ジルは座ってれば」
「えぇん、つまらないよぉん」


 溜息を吐き出す。後ろにいても、手伝う訳でもないくせに。なにがしたいのだと無視する様な形でジルを放置すると、僕はおひたしを装った器を取り運ぶ。ジルもそれに続く。
 生まれたばかりの雛にでもなったつもりなのだろうか。
 味噌汁を温めなおして、器によそう。一人暮らしのくせに僕の部屋には食器がかならず二つあった。友達が来た時の為に、と言い聞かせるが料理を他人に食べさす姿など想像できない。そもそも家に呼ぶほど仲の良い友達を大学で僕が必要とする姿がまったくと言ってよいほど連想できなかった。一人でいても事足りる日常だし、友人と呼べる人間もそれなりにいるが休日集まって遊ぶかと問われれば答えは「NO」である。
 課題の探索とかは一緒に何度か行ったが、遊びではない。ああ、終電に乗り遅れたと言って、一度、友人と呼ぶ人間が駆けこんできたことがあるが、その程度だ。
 だから、この食器はジルのものと認めるしかないのだが、心が否定をしていて微妙な気持ちにさせられる。全部、ジルのせいだ! と僕は押しつけるのだけど。
 
 鮭が焼けたようだ。魚特有の香ばしさが鼻腔を過る。縦長い魚用の食器に盛り付け、机へと運ぶ。僕は鮭に酢をかける派なのだがジルはどちらだろう。


「お酢いる?」
「充葉がかけてくれるなら、いるよぉん」


 自分でそれくらいかければ良いのに、と僕はお酢の小瓶を手に取り、茶碗を持つ。炊飯器は部屋の方に設置されているので屈んで炊きあがったばかりの白米を茶碗によそう。ジルに持つように指示したが、頑として首を縦に振らなかったので、しょうがなく二回にわけて僕が運んだ。


「じゃあ、食べよっか」
「はぁん充葉ぁん。楽しみだよぉん」
「はいはいはい」
「ふふふ、美味しいだろうなぁん」
「いただきます」


 僕がいう。


「いただきまぁすぅ」


 ジルが続く。手のひらを合わせそう述べたあと箸を手にとり、僕は鮭を手に取った。僕の鮭は骨が取られていないので少し面倒だ。小骨くらいなら飲み込むから良いし、生の鮭から小骨をとるより幾分、マシだった。


「充葉ぁんお酢」
「はいはい」


 ジルが皿を差し出したのでお酢をさしてやる。ついでに醤油をどうするか尋ねた。


「醤油は?」
「おひたしにぃ」
「かける? かけない? それとも自分でかける?」
「ふふ、充葉がぁんか、け、てぇん」


 そうジルが強請るのでかけてやった。心臓がどきどきするのを聞きながらジルが、僕がつくった料理を口に入れる瞬間を見つめる。


「美味しいよぉん、充葉ぁん」


 セックスをしているときより、愛の言葉を囁かれているときより、日常のこういった光景が、とても愛されている気分に陥るのはなぜだろうか。















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