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 食事の準備をする。
 幼い頃から母の手伝いを強制的に決められていたので、一人暮らしでも困らない程度に料理はできる。一人だから杜撰になるかもね、と母に心配されていたが、入学してから二ヵ月。
 梅雨に差し掛かったこの時期で、杜撰になることはなかった。一人でも美味しいものを食べたいし、料理というのは、準備から仕上がりまで一定の達成感を持てるので、行っていて、気持ちが良い。
 難読なパズルを解いたときと同じ解放感と充実感を生活の中で得られるなら、好んで料理をするようになったと言っても不思議はない。
 簡単なものだけど。今日は焼き鮭とほうれん草のおひたし、味噌汁、出汁巻き卵と、和食できめる。シンプルだけど、嫌いじゃない。
 和食の方がもともと好きだし。
 出汁巻き卵はあつあつの上に大根の擦りおろしを乗っけて食べよう。出汁巻き卵の出しと大根が絡まってなんともいえない味が口の中で飛び出すから。味噌汁は油揚げは太く切る方が好きだ。出汁巻き卵に大根のすりおろしを乗せるから、ちょうど大根もあるし。色合いに人参を入れると良いだろう。乾燥わかめの戸棚の下に購入しておいたのがあるはずだ。
 出汁だけは拘りで即席出汁からとらない。やっぱり、同じ味になるし深みにもかける。多少、時間はかかるけど、昆布や鰹節からちゃんと出汁をとった方が美味しい。焼き鮭はすぐに焼けるので、味噌汁の味噌を入れる段階と同じで焼き始めれば良いだろう。
 しかし、ここで悩みが出てくる。
 何人前作るか、だ。
 僕の分だけでも別に良い。一人暮らしだから。けれど、一応、恋人であるジルは予期せぬタイミングで突然現れ、ご飯が欲しいという。
 食事をまともにとれないジルだけど、僕が作るご飯だと美味しいといって食べてくれるので、ついつい、二人前用意してしまう。恋人らしい営みがかけているので余計。自分が縋れる部分があるとアピールしてしまう傾向にあるのだ。
 食事なんて、ますます「親」が「子ども」へ与えるものだと自重気味に笑う。
 来るだろうか。
 こなければ、この料理は無駄になってしまう。とりあえず鮭はジルが訪れてから焼けば良い。こなかったら冷蔵庫に入れて保管しよう。






「充葉ぁん」


 そうこう悩んでいる間にジルが訪れた。玄関の呼び鈴を押すようにというアドバイスはまるで役に立たず、肉声が直接、僕の鼓膜へと届く。ジルは指をくねらせながら、僕の方へ近づくと、鍋で沸騰している、ほうれん草をみた。

 
「今日は和食ぅ?」
「そうだよ」


 出汁をとっている最中でもあったので、ジルは迷いなく断言した。二人分の食事を無理矢理胃袋へ掻きこむ心配はなさそうだ。一人暮らしを始めてから、確実に胃袋は大きくなっているけどな。もともと、痩せの大食いだったので今更な気がするが。


「オレねぇ、充葉のぉん、味噌汁大好きぃ」


 ジルが手で僕の腹を撫でる。食事の準備をしている最中だから止めなさいと薙ぎ払う。止めてくれ。セックスと繋げる行動をするのは。


「僕の以外、食べたことあるのかよ」
「ふふ、あるよぉん。ノルのをちょこっとだけだけどぉん。けど、ぜぇんぶ食べられるのは、充葉が作ってくれたお味噌汁だけぇん」


 ノルというのはジルの妹だ。父親は忙しく、母親は料理など出来ないので、必然的に長女である彼女が料理を作っていることになる。僕は与えられた答えに満足し、沸騰した、ほうれん草の鍋を持ち上げ流し台へ持っていく。笊の中にほうれん草を出し、冷水を浴びせる。熱さが逃げたのを確認して両手を使い水気を切った。まな板の上へ運び、庖丁を手に取り、根元を切断すると、食べやすい大きさに切っていく。


「おひたしは鰹節多めにしてぇん、充葉ぁん」
「わかっているよ。僕もゴマより鰹節派だから」
「ふふ、楽しみだねぇん。充葉ぁん。お腹減ってきたよぉん。あ、お味噌汁ねぇん、どうせだったら充葉の唾液を味噌汁のなかに出汁としていれておいてくれて良いんだよぉん」
「気持ち悪いこというなよ」


 纏わりつくジルを引き離すのが無理だと判明したので、背後に重さを感じながらも調理を続ける。首に手を回されているので視界が悪い。庖丁で指を切ったらお前が責任もって消毒しろよ、と思う。
 味噌汁の出汁が取れてきたことを確認すると菜箸で出汁袋を取り、切っておいた野菜を投入する。ジルがきたことだし、明日の朝食にしようと思っていた、豆腐も後でいれよう。
 ぐつぐつ煮たって人参が柔らかくなったことを確認すると、僕は油揚げと豆腐を投入した。良い感じだと香りを味わいながら、味噌をいれる。合わせ味噌を利用することに決め、お玉の上にのせた味噌をゆっくりと溶かして行く。
 味噌汁を作る中で、この作業が一番好きかも知れない。味噌が溶けて行く様子はなかなか面白い。


「まだぁん、充葉ぁん」
「もうちょっとだから。あ、ジル冷蔵庫から鮭とって」
「えぇん! 臭いよぉん」
「はやく」


命令するとジルは渋々、特別なんだからぁんとボヤキながら冷蔵庫まで歩き、鮭を汚いものを持つように親指と人差し指で挟みながら取りだした。






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