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 ハッピーエンドにはまだ遠い。


 誰だって、告白されれば自惚れるもので、自分はとても幸せだと感嘆の笑みを浮かべるものだ。僕も例外でもなく、ジルに告白されたとき、僕の身がようやく報われたような感覚に陥った。けれど現実は少女小説のように甘ったるい世界を満喫出来る筈もなく、本当に大変なのは、告白された後だと僕は強く実感した。


「ジル、もう止めて。今日は」
「駄目だよぉん。だってオレはしたいんだもん」
「ジルっ……ぁ」


 ジルが僕の身体に触れる。電流が走り頭の信号が麻痺されたみたいに僕の身体はいうことを効かなくなってしまい動けない。ジルは僕の制止など聞く耳をもたず、愛しているという麻薬を注入するように僕を犯した。馬鹿じゃないのか。愛しているなんて、と思いながらじゃれ合う。合えば殆ど、セックスする関係は本当に恋人なんだろうか? と脳裏で思いながらジルに抱かれた。
 大学に入り、下宿をした僕の家にジルは頻繁に出入りするようになった。はじめの内はそれで嬉しかった。ジルが僕のことを優先してくれたみたいで。恋人である実感の様な気がした。勝手に僕の部屋の隣を契約し鍵を手に入れていたジルだけど、恋人同士になったので合鍵を作り僕の方から手渡してもみた。
 「隣の部屋は勿体ないから契約を解消しなよ」というとジルは「はぁん充葉ぁん」といつもの訳が分からない幼稚な言葉で僕の名前が呼ばれるだけだった。隣室は結局、解約されたのかどうか知らないけど、ジルは僕の部屋の鍵を大人しく受け取った。受け取るときに、なにか慈しむような笑みを見せたのはきっと僕の目に映った嘘ではないと思う。
 信じていたい。
 ジルを。
 けれど、蓋をあければセックスだらけだ。
 大学へ入学する四月までの間なら、付き合いだしたばかりの盛り上がりとして処理することが出来るがこの時期に差し掛かるとさすがに無理だった。馬鹿みたいに期待をしていた。
 外に二人で買い物へ出かけたり、部屋でゆっくりと過ごせる日が来るなんて。
 そういえば、以前、末子である帝が随分と乙女チックな思考をしていると竜と話していたときに「充葉兄さんも負けてないけどね」と言われたことを思い出した。僕の頭は、自分で想像している以上に貧弱で夢見がちな脳味噌をしているらしい。


「限界、だから」
「じゃあ、充葉はぁん、寝ているだけで良いからねぇ」


 普段から、僕が積極的に動くことなんてないよ。ジルのセックスは続く。彼はまるで、生きることに必要な儀式みたいにセックスを求めた。求められている感は悪い気がしない。ジルのセックスは強引で食事をするように、体中の様々な所に吸いついてくる。
 キスマークで自己主張をしているわけでなく、単純に吸いつくのが好きなようだ。赤子が乳を生命維持の為に飲むように、ジルも僕の乳首を吸った。痛い。


「いたい、よ。ジル」
「充葉が美味しいからいけないんだよぉん」


 美味しくなんてあるもんか。僕は文句を並べながらジルを見つめた。美味しかったら笑い物だ。甘い汁が乳首から湧き出ているわけでもないし。否定も込めて緩く押し返すが、簡単に胸板の力で抑えられる。子どもをあやす様にジルは僕に口づけをする。脳味噌がずるずると溶けていき、思考回路が低下する。ジルの狙いはそれだって判りきっているのに、僕は受け止めてしまう。
 流される僕にも問題があるのだろうと、言い聞かせた。
恋人というのはセックスをして、簡単な愛を語り合うだけの存在を指すのだろうか。だとしたら、僕はこの関係を望んでいなかったといえるだろう。
 僕が愛していたのは、ジルに愛される関係だ。自分が与えたぶんだけの愛が返される。夢みたいな関係。垂れ流すだけ。自己満足で終わる片想いとは違う。双方が求めるものだ。
 沈んでいくと、飯沼くんが卒業式にたてた仮設が脳裏を掠る。ああ、嫌だ。最後になんて爆弾を君は置いていったんだい。僕はまんまと君の作戦に嵌ってしまったよと茶化すように心髄で嗤う。


「充葉ぁん、気持ちよい」
「ふぁあ、ひゃぁ」


 愛しているよ、とジルが囁く。誤魔化す為の言葉にしか、受け止められなくなっていく切なさが胸の中で、まわった。
 僕たちはいつまで同じ所をぐるぐる回れば気が済むんだい。教えて欲しいよ。出来るだけ簡単な回答で。







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