*玩具 *said柴田 *三時間目










ポケットの中で安っぽいプラスチック固形物体を握りしめ不敵に頬骨に手のひらを当てながら笑う。学生服の湿った匂いが鼻につき、教壇に立つ、センセイの姿を見つめた。相変わらず、一徹の曇りもないような澄ました顔でチョークを握っている。
ここで、見目が美しい人間であれば、決まっている姿に映り、女生徒から歓声が上がるだろうが残念ながら、そういうことは起こらない。残念、極まりねぇな。こんな状況でセンセイは耐えきっているっていうのにさぁ。

スイッチを押してやると、吐息が多くなる。教壇に置かれた指先が白く染まっていく様子を見ることから察するに、センセイの限界は近いのだろう。


「この問題、し、ばた、くん」
「はぁいよぉ」


残念。俺が勉強できない不良だったらさぞかし、良かっただろうに。俺は立ち上がり先生の近くまでスキップを踏みながら歩いていく。その他の連中は「柴田がんばれよ――」なんて、間抜けな声色が上がってくる。授業中に騒ぐなよ。と、思いながらも、授業中教室が煩いのは教師が舐められている証拠なので、放置しておく。双眸に涙をためながらセンセイは俺にチョークを渡す。白いチョークは、緑の黒板に良く冴える。
誰にも、内緒だけど予習しといた所でマジで良かった、って思いながら楽々、化学式を書き込んでいく。センセイさぞかし、悔しいだろうが、と横目でセンセイを見つめる。だが、センセイは辛い余韻を残しながらの柔和な笑みで俺を見た。調子狂うな。こいつ。


「よく出来たね、正解だよ」
「いやぁチョロイっすよ」


チャラケた雰囲気を醸し出しながら俺は、チョークをセンセイへ返す。震える指先。トン、とチョークが渡った瞬間「約束の時間まで頑張ってくださいよ」と小声で伝えた。誰にも聞こえないように。
何事もなかったかのように俺は、手のひらを振りながら、陽気な足取りで席へ戻る。途中で、帝ちゃんが「すごい柴田くん!」といった眼差しで見つめてくるので、へらりと笑った。学年主席に褒められてもね、と悪態をつきながら、席につく。
シャーペンを弄りながらポケットの中に突っ込んでいた、スイッチをあげる。回転が激しさをまし、ついにセンセイは教団へ座り込んでしまった。あれまぁ、と傍観しつつ、誰にも優しいクラス委員が「大丈夫ですか」と声をかける。触ってやるなよ。可哀想に。センセイは既に限界なんだぜ。
しかし、この調子じゃ約束の時間まで耐えることは出来そうにないっすね。


センセイとの約束。


それは、今朝交わしたばかりのものだ。
朝の澄んだ空気の中、化学室だけが異質な空気を放つ。
科学室に籠もる独自の薫りを嗅ぐ。クロルカルキのような魅惑の罠に舌が麻痺する。ラムネかと期待を沸かせば、毒になる。
俺はセンセイと対面しながら、写真をチラつかせた。ネットなどでバラ撒いても構わないと豪語するセンセイだが、実際に自分の痴態が切り抜かれた写真を見ると、羞恥心を煽られたらしい。顔を真っ赤にして「返してくれ」と言い放った。


「駄目に決まってるじゃん」
「そう。だったらいいけど」
「へぇ、諦めるんだ」
「まぁね、諦めるのは悪いけど得意分野だよ」


なんだよそれ! と鼻で笑う。


「それにしても、よくここに来たよな」
「この場所は僕の部屋だからね。教師である。生徒が勝手に使っても良い部屋じゃないよ」
「はっ! なんだそれ」


大人を主張される文に苛立ちが湧く。沸騰し、煮沸され、写真を引き裂いてやりたいが、これは脅しの材料としてまだ有効活用できる手段が必ずある。


「で、話しの本題は? 柴田くん」
「……ああ、それなんっすけど、センセイ。この部屋出て行ってくれないなら、暫く俺の玩具になってよ」
「なにそれ? 承諾できる筈がないだろう」
「出来るって。可愛い生徒なんだろう。あんたにとって」


眼鏡の先にある眼球が戸惑いを見せる。俺は舌で唇を舐めながら、口角を吊り上げた。なぜだか、判らないが俺には、センセイが俺の話を承諾するという自信があったし、この退屈な日常を緩和できる道具にセンセイは成りえると確信していた。


「玩具っていったい、なにをするの?」


相手の機嫌を疑うような眼差しだ。二の腕に指先を食い込ませ肉を掴むような体勢で俺を見つめる。いや、疑うというよりも、これはセンセイの威嚇なのだろう。


「とりあえず、今日はコレいれてよ」


自分でも、引く道具だと自覚しているが、鞄の中から小さなローターを取り出す。佐治と一緒に今年の元旦に笑いながら専門店へ入店し、購入した福袋の中に入っていたものだ。女子相手には未だに使ったことないし。一応、付き合っている期間はちゃんと大切にするからさ、俺は。
センセイは躊躇いを見せたのち、強引にそれを奪いとった。良いのかよ、生徒ってだけで、んなのつけて。


「トイレでつけるから」
「ふぅん。なぁ、センセイさぁ、勝手に言いなりになって俺が改心するとでも夢見ちゃってるの?」


茶化すように述べるとセンセイは俺を睨みつけた。


「夢見ているよ。いつか、君がこんなこと止めてくれるって」
「いいの? 俺、そのセリフ聞いて笑っちゃっているよ」
「良いんだ。覚悟は今日、ここに来るまでに決めてきたから。君とは、持久戦ってことだろう」



センセイは俺の笑みに対抗して、包み込むような菩薩のような微笑みを向けた。止めろよ、その笑い方。苛立つんだよ。俺はさぁ。退屈しのぎの玩具のくせして、調子のってんじゃねぇぞ。
俺は近くにあったごみ箱を蹴飛ばす。センセイは焦ったように顔を真っ青にして溜息を吐き出した。ローター差し出した時は無反応だったのに、ごみ箱じゃビビるのかよ。ダセェ。



「それ、今日の放課後までお尻の中に挿入して過ごして下さいね」


じゃぁ、と手を振って科学準備室から立ち去った。
んで、今に至るわけだ。
センセイはイインチョウの手を振り払うように「大丈夫だから」と生まれたての小鹿みたいに足を震わせながら、立ち上がった。口角が上がる。楽しい。女を犯している時よりも、支配欲が満たされていく感覚が判る。大人で、男という所がポイントだろう。それに、俺は早く見たい。
俺が改心するなんて馬鹿みたいな妄信を掲げる男が、絶望に打ちひしがれて俺へ頭を垂れる瞬間を。その時はどうして、やろうか。
退屈を紛らわしてくれたご褒美として、許してやっても良いけど。今後のセンセイ次第じゃね。お前を支えている、屈強な精神が瓦解していく様子をじっくり眺めてやるよ。












2011122

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -