11落陽が賑いを失った教室を照らしていた。気持ち悪い、嘔吐感が募る赤をした空で僕はまるでこの日のために用意された空かと錯覚しそうになった。 読み終わった本をぱたんと閉じる。八百ページを超える世界観は僕に充実感を与えた。初めて読む作者だったけれど、精密に組み立てられた中にも独自のセンスを持っていて、没頭しやすく良い本に出会えたと自然と顔が緩む。 既に誰もいなくなってしまった教室。この階は吹奏楽部なども個別練習に使わない教室が入っているので、嫌になるくらい静かだ。 何時もならば部活動に励む運動部の声が窓際から僅かに聞こえてくるのだが、それすらも聞こえない。そういえば、この教室から一番近い所で練習しているサッカー部は今日、外練習の日だったなぁと思いだし声が聞こえない理由に合点がいく。 携帯を制服のズボンから取り出す。時間は五時過ぎを指していて、ジルが職員室へ連れて行かれて一時間ほどしか経過していないと知った。年々、読む速さが増していく自分自身がなんだか誇らしくて内容を思いだし、また情けない笑みが零れてしまう。最低な今日という日でこの本と出会えたことは、唯一良かったことだ。 一時間経過しても戻ってこないということは今日の説教は長いのだろう。成績・家柄ともに優秀なジルだが素行に問題があり唯一ジルに怯えない昔ながらの教師による呼び出しが稀にかかる。化粧を男がしているということだけで呼び出しの対象だ。進学校なので、ある程度、規則に厳しい面もあるから。 それにしても今日呼びださなくていいのに。 まるで死刑囚のような気分だ。いつ死刑を宣告されるのか脅え、誰もいない独房に入れられ現実逃避しようと、空想の世界へ逃げ込む。今の僕はまさにそういう人間に見えて自身へ失笑を飛ばす。 「早く来いよ」 一層のこと楽にしてほしいという気持ちが自然と口から洩れた。逃避する本もなくなり、僕は仕方なく瞼を閉じる。寝れば忘れられる。寝てしまえ。 瞼を閉じると夕日の気持ち悪い橙色が淡くなり、黒が覆いかぶさった。 誰かに障られている感覚がある。 覚醒しない朦朧とした頭を動かしながら僕は重たい瞼を開けた。飛び込んできたのは見慣れた美しい顔。化粧をしなければもっと綺麗なのに、と感じる。母親のために作られた顔。たっぷり塗られたグロスが夕日に反射して光る。艶があるテノールの声を発する、唇が僕へと近づく。 どうして、近づくんだ。 今でも僕のお情けのような睫毛とジルの加工された睫毛が重なり合いそうなのに。 「ジ、ル?」 「試させてねぇ、充葉ぁ」 甘い声が響いたかと思うと、顔と顔がくっつく。 正確には僕の唇とジルの唇が重ね合っている。ジルの分厚いグロスの味がする唇が僕の唇が重なり、厚くて長い舌が僕の口内へと侵入する。 唾液を吸うように舌は口内で暴れ、歯茎をなぞりながら口だけで僕を犯す。僕の知っている舌じゃない。自由自在に僕の口内を弄ぶ。 ぺちゃぺちゃ舌を無理矢理絡ませられ、舌ごと吸われる。キスなんてしたことない僕は息の仕方も判らず、ジルの腕の中でもがく。そもそも、今まで寝ていた頭ははっきりと何をされているか認識していない。 ただ、熱い。 口づけが終わり、唇を離される。 細い銀の糸がてらてら輝きを帯びて伸びる。僕は飲みきれなかった、どちらのか判らない唾液を唇の横から垂らしながら、満足そうに微笑むジルを眺めた。 暫く茫然としていたが、ようやく意識は覚醒へと導かれ、ああ、キスされたのかと理解した。 「ジル、どうして」 「キスだよぉ、充葉ぁ」 「それは! 知っているけど……けど、どうして僕、に」 混乱する頭。キスされたと判ると、次に浮かんでくるのは、どうして? という疑問だ。僕たちは男同士でキス、するなんて可笑しい。昨日、ジルが話していた性的対象に母親を含むというのも、随分気持ち悪い話だったが、男同士で濃厚な絡み合うキスをするというのも背筋が震える話だ。 第三者が行っているなら別にいい。 僕自身が関係なければ。けれども自分が、いくら幼馴染といえ、男とキスしてしまったという現実が気持ち悪くて、思わず手のひらの甲で唇を擦る。 ごしごしと、強く擦り取っていると、ジルは僕の手を握りしめ、動きを止めさせる。美しい手だが、けして貧弱ではない男のモノだと判る、骨ばった厳つい手のひらが僕の腕へ食い込む。痛い。ジルにこんな強く握りしめられたのは初めてだ。乱雑に僕の手を唇から離させると、教室の机の上に僕を押し倒す。後頭部を強打し、鈍い痛みが走り、思わず一瞬、目を閉じる。 「充葉ぁ、駄目だよぉ」 「ジル……」 「拭くなんて悪い子だなぁ」 野卑に微笑むジルはそう言って、片腕で僕の腕を一つに纏め、もう片方の腕で顎を持ち上げ、再び絡めあわせるキスをしてきた。唾液が口内でくちゃくちゃ混じり合う。 先ほどしたキスの時より、業と唾液を多く流し込まれている。しかも今回は仰向けの状態なので、唾液を飲み込むしか抗うすべはなく、それでも飲み込みきれなかった唾液がいやらしく頬を伝う。 → |