寝室のベッドで夢のなかにいる祐樹の髪を透は撫でた。朝が弱いくせに、付き合い初めて四年目にしてようやくその事実を知った透にとって、朝の半時間は掛け替えのないものだった。言い換えれば、祐樹にとって自分はまったく信用に値しない人物だということだが、それで構わなかった。大切なのは祐樹が自分の側に居てくれることだ。
金髪に染色された髪は本来ならば傷んでいる筈なのに、祐樹の髪質は滑らかで艶があった。一本一本細い髪を眺めながら、一つくらい抜き取ってもバレないだろうか、という悪戯をしたくなる。いっそうのこと、首から襟足にかけてある髪の毛を切って自分にくれないだろうか。そうしたら、抱きながら祐樹が不在の時寝ることが出来る。


「祐樹……」


名前を囁き、手を伸ばす。一本を摘み髪の毛を抜きとろうとした。が、叶わず、手首を自分より幾らも屈強な手のひらをし男のものだと判る骨張った指で捕まれた。

「駄目、透」
「ゆ、祐樹。ちが、ほんの出来心でぇ」


情けない声色が漏れる。表情の変化の機微が乏しい透であるが、内心は焦りを全開にし眉を曲げていた。怒られる、と感じたからだ。今から起こる事態に目や耳を防ごうといつもの如く、瞼をきつく閉じ、両手で耳穴を防ごうとする。幼い頃からの透の癖だ。
辛いことは黙って聞かない見えない素振りをして耐えるのが楽だった。親に怒られた内容など大抵が自分は不出来な人間であるという失望が込められているものばかりだ。時には聞くに耐えない罵倒もある。
だが、残念なことに手首を掴んだ祐樹の手がその行動を防いだ。思えばいつも祐樹にはこうして遮られる。
初めてこのポーズを取った時に、祐樹は優しく諭してくれた。「それじゃあ、俺が透に言いたいことが判らないじゃないか。ね、透。怒ってるんじゃないんだよ。わかって欲しいし透の心も知りたいから、今、俺は言葉を透に届けたいんだ」祐樹以外が述べれば陳腐で随分軽い言葉に聞こえるだろうが、すとんと、透の心に落ちてきて籠城していた視界が開く。瞼の先にある世界は随分澄んでいて、おそるおそる開けた先には柔らかな笑みを浮かべた祐樹が立っていて優しく頭を撫でてくれた。それから馬鹿みたいに多泣きしてしまったのは言うまでもない。
だが、今回は違う。
なにしろ、祐樹は寝ぼけているのだ。普段の祐樹と異なることは明白だった。朝、寝ぼけながら、養父の名を囁く所とか、洗面所へ行くふりをして便器で顔を洗おうとするとか。普段の余裕が感じられる祐樹しか知らない人間からしてみれば別人だと疑うかも知れない。そんな相手だった。別にこちらの祐樹が嫌いなわけではない。寧ろ曝け出された弱い所を撫でているようで心地が良い。だが、事態が異なれば話は当然の如く別問題である。


「ご、ごめんなさい」

無言の相手に対し謝る。内心では髪の毛一本くらいで怒るなよと罵倒しているが祐樹はそれを知るすべを持たない。
握り締められた手首から押し倒すようにベッドへ屈伏させられる。枕へ頭をぶつけられたのはせめてもの情けだろうか。涙目になりながら、謝罪を繰り返していると、祐樹は唇を塞ぐようにキスをしてきた。


「ゆう、き……」


被せられた唇の隙間から舌が侵入してくる。絡めるというよりは強引に巻き取られるといった表現が似合う舌の動きに翻弄される。唾液を体力に流し込まれ、飲むように示唆された。


「透」

唇がはがれる。
寝呆けた祐樹の声色が透へ届く。先ほどまでキスをしていたせいで、銀色の糸が二人の間には出来ていた。拭うように下唇を親指で祐樹は擦る。


「透」

名前だけを囁かれる。知能を無くした獣のようだった。普段、どんなに羞恥心を煽ることを要求してきても、祐樹の手つきにはどこか優しさのようなものが込められている。今は制御装置が破壊されたように、手首に跡がつくほど握られ、行為中に囁かれる甘美な声色も存在しない。
キスされたことにより、叱咤されるのではないのだと理解した透は祐樹の行為を緩やかに受け入れた。どちらでも良い。普段の祐樹でも朝の祐樹でも。どんな祐樹だって、それが祐樹という理由だけで犯して貰える価値があがる。
再び蝕むような口付けが降ってきた。角度をかえながら、貪られる。


「はっぁ、祐樹」
「透、足、あげて」
「はい」


従う。
言われた通り、太ももに手を回し、後孔が見やすいように開脚した。祐樹の位置からは、震える透の窄まりが丸見えな筈だ。昨夜した性行為のあとを残しており、祐樹が指先を突っ込むと粘着質を保った白濁が付着した。祐樹が吐き出したものだ。祐樹と透のセックスは通常中挿しと決まっており、出てきた白濁は紛れもなく祐樹のものだった。
ねちねちと二本の指で白濁を練りながら、透の口へ突っ込み舐めるように支持した。保身の為にも祐樹を奉仕することを何よりの至福と安堵だと受け取る透は喜んで指を舐めた。



「はぁっんっ美味しい。祐樹の」
「透のとまじってるからねぇ」
「ぁっはぁっ赤ちゃんできるかなぁ」
「どうかなぁ。無理じゃない」
「そんなっあっふぁっ、くちゅう」

最後、舌先を回しすべてを拭う。綺麗になったでしょう。見て、見てと言うように咥内を覗かせるが祐樹は気に止めず、自身の指先についだ唾液の匂いを嗅いだ。


「すごく、透臭いね」


ああ、ごめんなさい。と背骨を伝って電流が走る。普段からは、考えられない低い肉声。痺れてしまう。寝呆けていても、冷たい態度で罵られることはあまりない。普段はもっと感情に任せるがままに甘えるような仕草なのだ。

「透の匂いだね」
「ひっひゃぁん!」


無表情のまま告げられ聳えたつ肉棒を後孔へ挿入される。
収縮を繰り返す襞の動きを無視して、亀頭が襞を突き破っていく。昨夜の行為のおかげで幾らか緩いが本来の器官ではないので酷く強烈な違和感を覚えた。


「はぁっあぁっん、あぅ、祐樹ぃ」


根元まできちんと納めると、祐樹は上下運動を開始した。朦朧とした意識の中で透の胎内のあたたかさだけが彼を夢中にさせた。髪の毛など本当は切り取ってあげてやっても良かった。不要なものだ。養父が幼い頃に「綺麗だね、僕のとは大違いだ」と誉めてくれたから、ある程度の長さまで伸ばしているが、透が望むなら、差し出しても良い。そんなことで、透が自分の傍にいるのなら、素直に鋏を持ってきて髪の毛を切り取ろう。だが、それをしなかったのは寝呆け朦朧とした意識においても、髪の毛を差し出せば「それで満足だ」という、透が必ず存在するからだ。髪の毛と引き換えに離れていかれたら、それこそ冗談じゃない。彼はどうして、これほどまでに自分へ不安をもたらすのだろう。諦めるのが得意過ぎると怒鳴ってやりたい。本当は誰よりも貪欲な怠惰を好むくせして。
透を劈くたびに汗が降り注ぐ。透、透と普段の祐樹らしからぬ言葉をあげた。なにかに縋りつくように。透はそんな祐樹の内心など知るすべを持たず、背中に手のひらを回し、祐樹の激しい攻めに耐えた。



「はぁっあ、ゆっきぃ、もうイく、よぉ」
「透、透っイって」


祐樹の言葉を切り口にして透は果てる。同時に透の膣内に体力の精子を祐樹は吐き出した。
行為の余韻に浸りながら、肩で息をしながら、徐々に目が覚めた祐樹は透へ口付けた。労るような優しい口付けに、透は祐樹が覚醒したことを知る。


「透」
「ゆうき?」


それでも祐樹の声色はどこか、か細く、普段とは違った。洗面所で顔を洗わなければやはり駄目なのだろうかと検討違いのことを思いながら、祐樹を見つめた。

「透」

身体を起こし、指先を絡めとられる。囁くように耳元で指先は透の名前を呼んだ。
無表情ながらも、透は驚き、頼りない肉声で祐樹の名を呼び、どうしたのかと尋ね再び謝罪をする。そうじゃないんだよ、と祐樹はゆっくりと首を振ったが事態が理解できない透はただ謝ることしかしなかった。
祐樹は愛しみをこめて透を宥める。ごめんね混乱させて、と。しかし、自分の気持ちを理解しようとせずに謝罪だけを繰り返す透を見ていると、とても悲しい気持ちになった。
結局の所、高校時代「三ヶ月お試しで良いから付き合ってよ」と言ったときから、なにも関係は動いていないように思える。
縛り付けているのは自分なのだ。透が愛しているのは「自分自身を愛してくれる存在」であって、けして、それは自分でなくても良い。効率よく計算つくされた手段で透を捕らえ箱庭へと放り込んだが代償として抱える淋しさが時折、祐樹の胸を襲った。
恋愛など奪った人間が勝者であるが、割り切れるほど簡単な感情ではなく、祐樹も単純な人間ではなかった。
絡めあわせた手のひらがいっそうのこと繋がってしまえば良い。
勿論、手のひらを繋げることによって自分は幼い頃から生き甲斐であった陸上を失うが、このような気持ちに襲われている時はそれすらも容易い出来事のように思えて仕方なかった。



「透」
「どうした、ん、だ祐樹」
「俺のこと抱き締めてみて」

良いと返事をする前に透は祐樹の手のひらを解き、抱き締めた。ああ、抱き締めあうにも手のひらがくっついていたら出来ないなぁと祐樹はぼんやりと思いながら、透が奏でる心音をきいた。



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