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「充葉くんとジル・オーデルの関係って面白いよね」

 曖昧にぼかすような言葉で飯沼くんは告げる。卒業式、当日の出来事だ。式が終わり、教室で退屈だと取れるホームルームが終わった直後の話だった。皆が校庭へと姿を表し、保護者を交えて、写真を撮ったり別れを惜しむ姿が見える。最初、飯沼くんが近づいてきた時も別れを惜しむ挨拶だろうか? と思った。
 確か、彼の進学先は京都で、軽々しく会えなくなるということを知っていたし、彼が僕のことを友好的に見ていてくれるのも知っていた。
 だからこそ、卒業おめでとうと、絵空事のような儀礼を済ませ、待っていた言葉に僕は意表を突かれた。


「そうかな?」

 苦笑いで交わす。卒業証書を握りしめた。

「そうだと思う。僕から見ていたらね。友人って枠組みには当て嵌まらないよね」

 内心焦りながら飯沼くんの話を聞いた。性的関係を持つ間柄なのだから、友人に当て嵌まらなくて当然であるからだ。

「けど、きっと、それが普通のことなんだね。二人にとって。僕さは、充葉くん。ずっと充葉くんに憧れていたから、ジル・オーデルのことが悪者に見えて仕方なかったんだ。君を苦しめているみたいで」
「……飯沼くん」

 間違ってはいない言葉が突き刺さる。同時に僕の知る彼ではない双眸をしていた。
 飯沼くんはどちらかというと卑屈で、自分の世界に閉じこもっているタイプだった。その癖、僕と同じでプライドが高く、幼い部分をたくさんもった彼は、プライドを隠しきれず悩み苦しんでいた。だからこそジルの圧倒的な威圧感を受けても、反感し、対等でいられる駒として僕と一緒にいることを選んだ筈だ。それなのに、今日の彼はどこか違い、なにか、吹っ切れた様子だった。
 暫く会っていない間になにかあったのだろうか。そんなことすら彷彿させる、違和感があった。

「けど、違ったんだね。君たちは。お互いを求めていたんだ。ちょっと、冷静に考えてみるとよくわかったよ」
「どういう、意味?」
「充葉くんはさ、ジル・オーデルのことが好きでしょう。これは、多分、友情としてじゃなく、それ以上に」


 呼吸が止まった。桜の花びらで咽喉元を抑えつけられたようだ。

「あ、いいんだ。別に偏見とかはないから。僕も、その気持ちはちょっと判るし」
「え?」
「うん、これは僕の話になるんだけどね。ずっと憧れだと思っていた人のこと、多分、そういう意味で好きだったんだと思う」

 飯沼くんは儚げに笑った。僕は言葉の意味を理解しつつ、気付かないふりをした。互いに友情を続けていくには必要な出来事で、僕が受け取らないと知っているからこそ、飯沼くんは先ほどの言葉を僕に告げることが出来たのだろう。「そうなんだ」と返事をすると、飯沼くんは「うん」と言った。

「それで、ね。ジル・オーデルの方はどうなんだろうって考えてみた。僕の勝手な予想で悪いんだけど、多分ジル・オーデルは恋愛として君を好きなわけじゃないと思う」

 例年、上層部の都合によりオフィーリアの卒業式は他より遅く、バラバラであるため、告げられた言葉はジルと僕が「恋人同士」という関係になり愛していると告げられた直後だったので、君の思い違いじゃない? と反論したい気持ちに包まれたが、普段の僕ならば冷静に対処するので、咽喉元まで溢れかえった言葉を飲み込む。

「恋愛、というより、ジル・オーデルはもっと大きな感情として充葉くんを見ているんじゃないかな?」
「なに、それ」
「詳しい例えは出来ないんだけど、どのカテゴリーにも属さない気がする。あえて、いうなら」
「いう、なら?」



「母親のような存在」



 僕の中でのNGワードだ。母親という単語は。ジルに関する会話の中では特に。卒業証書を握っていた手がぶるぶると震えをきたす。

「どういう意味」
「あ、ごめん、気を悪くしないで。母親というか、多分、ジル・オーデルはなにか、絶対的に愛してくれる人間を求めているんだと思う。だから、母親じゃなくても、父親でもいいんだ。ごめん、そういう意味だよ。僕にとって絶対的になにがあろうと愛してくれる存在が両親だったから」
「そ、そうなんだ」

 慌てた素振りを見せながら両腕を大げさに交差して飯沼くんは頭を下げた。こういう所は変わっていないんだ。それにしても、本当に随分と人の心髄を突く言葉を言ってくるようになった。僕の心に残ったよ。飯沼くんのこの言葉が。

 入学式で思い出すくらいに。だから、飯沼くんの仮説と照らし合わせると、ジルが母親に執着する理由は、多分、大きな誤解のもと、生まれていて、自分がまったく愛されていないと勘違いしているのではないだろうか。
 隣家を纏う家族の雰囲気は異質ではあるけど、冷めきったものではない。愛を与えられていないというわけではけしてないのだ。だから、ジルが誰からも愛されていない一人ぼっちの存在だと自分自身で勘違いをしているとしたら、どうだろうか。また愛されない原因を作ったのが自分だと。

「まぁ、結局は仮説でしかないんだけど」

 ジルの深層心理など一生かかっても、おそらく僕には理解出来ない。けど、この仮説だと、僕がジルを愛することによってその溝を埋められないだろうかという可能性がある。だから、信じたいだけなのかも知れない。







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