1鬱血痕が身体の節々に見られる。ジルはあの後、僕を手厚く犯した。性行為というより、体罰に近いその行為は今までの中で一番濃厚で、初めてセックスしたあの日より、恐ろしいものだったかも知れない。 鬱血痕の他には、噛み痕も酷く見られ、表面が乾いて瘡蓋が出来ていた。朦朧とした意識の中で目覚めるとジルはまるで煙草を吹かすように、呆然と人形のような顔で座っていた。錯乱した部屋はこたつが崩壊し、血液と精液のなんともいえない香りが充満していた。 「はぁん、充葉ぁん起きたぁ」 「起きたよ、ジル」 「ふふ、大丈夫ぅ」 僕を手厚く犯した人間の台詞じゃないと思いながら、大丈夫だと答えた。布団の中から起き上がろうとしたけど、身体が疲労の為、上手に動かず、腰に折れそうな激痛が走った。 「無理しちゃダメだよぉん」 「そうみたい」 「熱もあるんじゃない」 身体に残る浮遊感はその為か。目尻の底から熱くなってきていて、泣きたくないのに涙が出てきている。じんわりと布団へと沈む。傷跡から炎症を起こしているのではないことを信じようと思いながら、ただ、ジルを見ていた。ジルもただ、僕を見ていた。 昨夜の荒々しいジルとは別人で安堵の息を吐き出す。良かった、と。 けれども、普段のジルとは別人のような空気が流れる。 布団が掠る音が聞こえ、ジルの腕が僕の頬に優しく触れる。皮膚に喰い込まされ、抉りだした人間の手のひらと同じものとは到底思えないもので、ジルは僕を労わる。まるで、あの母親に触れているかのように。 「ジル……」 「充葉ぁん、もうオレから逃げないでねぇ」 「逃げ、て、ないよ」 「ふふふ、なら良いんだけど」 ジルはそのまま僕の頬を持ち、口づけた。啄ばむだけの口づけで、昨夜の恐怖しか味わえない行動が溶かされていくようだった。 「ねぇ充葉ぁん」 「なん、だよ」 「充葉はどうしてオレとセックスしてるのぉ。オレのこと好きなのぉ」 今更だと思ったし、僕を強姦した人間から紡ぎだされる言葉とは到底思えなかったが、僕という人間がジルとの性行為に快楽を見出していたのも、ジルを愛しているのも本当だった。 恋人になりたい。 一番に成りたいと枯渇する程に。一方的に強請って、逃げて、僕だけが保持している秘密だ。それが暴かれたのだろうか。ジルの今までの行動を振り返ってみて、暴かれていたとしても、なんら可笑しくないと納得した。だって、ジルに嘘は通じないのだ。身体をスキャンしたように、心髄に裏側になる気持ちまで、手のひらの上に置かれていても、不思議なことではない。 「好きだよ」 吐露する。 ジルの顔が見られなくて、目線を首元へ下げる。ジルはどんな顔をするだろうか。呆れるだろうか。呆れ、嘲笑うのだとしたら、聞かないで欲しかったと言ってやろう。 「充葉はオレを愛してくれるの」 予想外の言葉が頭上から降り注いだので、僕は勢いよく顔を上げる。 当たり前じゃないか! 僕はこんなにお前を愛しているんだ。冗談で男などに抱かれるわけがないだろう。 性行為に溺れることも、至福だと思うのも、お前が幸せであればいいと錯覚するのも。けれど自分のことも愛して欲しいと願うのも。誰でもない、ジルからだからこそ、愛して欲しいと願うんじゃないか。だからこそ、愛していると焦がれるんじゃないか。 「愛しているよ。ジル」 僕の方からジルの顔を掴む。ここで裏切りのように嘲笑れたとしても構わない。 化粧を重ねたジルの頬にキスをして、唇にキスをする。グロスが塗られていないので、人間の唾液の味がした。少ししょっぱい。 「そっかぁ。充葉はオレを愛しているんだね」 「……うん」 口づけが終わるとジルは陽気な顔をして口を開けた。睫毛で双眸が見えないほど落ち込んでいた顔は、重荷が解き放たれたように、にこやかな表情を作りだし、眼球と眼球をくっつけるように、顔を近づけた。 「じゃあ、充葉ぁん、付き合おうかぁん。恋人同士になろうよ」 「恋人?」 「だってそうでしょう。愛していてセックスもしているのに、恋人同士じゃないんだよぉ」 「……ジルは僕を愛してくれるの」 ずっと聞きたかった言葉を尋ねる。ジルは僕を愛していない。知っていることだった。偶々、家が隣同士で、あの現場に遭遇したことからの付き合いでしかない他人。ジルは僕のことを愛してなんかいない。 ジルが特別扱いするのは、自分の母親だけで、その他の人間なんてどんな距離にいようと雑踏と変わらない。ジルの中でどんな構造になっているのか知らないけれど、僕はたまたま、彼が性的興奮を覚えた相手だった。 いや、もしかしたら、男ならば誰でも良かったのかも知れない。残酷な答えなので考えないようにしてきたけど。愛しているのならば、もっと優しく接して貰えている筈だ。身体の節々が痛くなるくらい乱暴に扱われるわけがない。だから、ジルは僕を愛していない。おそらく、それが答えだ。 「愛しているよ」 思考回路がショートした。 |