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 藍天が頭上から降り注いできて愚者がオレの真横で有機的廃棄物を蒸かしながら、喋りたてる。頬には、腫れ上がり、無惨な姿になった状態を隠す為にガーゼが貼りつけられている。オレが病院の香りを孕む無機物が嫌いだと理解した上での愚行だろうか。だとしたら、人間以下の存在価値しかない男がオレに歯向かうなんて随分白けた話である。
 オレが作ってあげたお土産の完治が遠いのか、新たにお土産と同じ場所に傷痕を作ったのか、どちらかなど知りはしない。声が脳内の隙間に届き、耳に入ることすら嫌悪感が沸く男はオレに喋る。


「お前ら異常だぜ、なぁジル」


 手首に埋め込まれた指輪をかざしながら、男は怒鳴りたてる。懸命にオレの為だっていう合図に虫酸が走る。脳内の血管が沸きだし俗世に蹂躙する異物を取り出してしまいたい。
 必死だねぇ。オレの為にっていう、誤魔化しが苦笑いを作りだした。唾を飛ばすな。土下座して死にさらせ。オレという存在を許せないと男も告げるのか。

「イインチョウはジルにとって、なんなんだよ」
「誰だよ、役名で人間読んでんじゃねぇよ。それともオレは理解しなくちゃいけないわけ。お前の思考回路を漁って」
「………黒沼だよ」


 男は充葉の名前を告げた。神がオレに与えた唯一の玩具の名を。救世主になり得る存在を。お土産を上げた時は喜んでいたなぁ。こんな奴、殴るだけで歓喜に震える簡単な頭の構造をしているんなら、いくらでも殴ってやるのに。


「執着されるなよ。黒沼の、ジルに対する、感情ってオカシイぜ」


 愚弄な人間だ。充葉のオレに対する感情が可笑しい。ふふ、そうだったら良いかもねぇ。充葉は単純で神様がオレに与えた慰み物だから、好き勝手扱っているけど、充葉が欲しい対価と引き換えにしての話だ。証拠のように、焼きつく。充葉はオレに引っ越し先の連絡さえしていないんだよ。
 許せないよね。
 玩具が取れる行動を超えているよ。充葉はオレの唯一無二の理解者である筈なのに、簡単に、自分勝手な行動をとって、オレの脳内神経に麻酔を打ちこむ。何を考えているの。
 砂糖菓子のように甘い、胸やけする餌を与えているというのに。俺の手から逃げて、一人だけ自由になる素振りを見せるなんて。本気じゃないなんてことはオレにはお見通しだよ。だってねぇ、本気だったら、国内に居座るわけがない。通う大学を教えるわけがない。住居だけ、変えた所でオレから逃げる素振りをするなんて、大丈夫だよぉん。ちゃぁんと後で捕まえに行ってあげるから。

「充葉は普通だけど。お前の頭が腐ってんじゃない」
「ちげぇよ! おかしいだろう。なぁ、お前は黒沼のこと友人、てか、幼馴染としてしか思ってねぇかも知れねぇけどよ」
「……」
「黒沼は違うだろうが! お前のこと、友人以上に、恋愛感情でジルのこと見てるだろうが」

 男が怒鳴り立てる言葉は切迫感を噎せ返らすような威力を放ち、穢れた手がオレの胸倉を掴んだ。
 都合がいい話だ。
 充葉を操作するのは簡単だ。対価を支払い、玩具として理解者として傍に置くのは。充葉がオレを愛しているというのも確かなのだろう。充葉は、昔からオレに歩み寄ろうと必死になり、傷だらけになっていた人間なのだから。だが、充葉の愛情というのは自己愛に繋がる物である。
 自分が可愛いからオレを欲しがるのだ。傍に居ると充葉が自分を如何に大切にしているかということは伝わってくる。呼吸をするより簡単に充葉の声は届く。人間誰しも己を愛するのは、生まれ持った意味である。諦念の対象だ。

「で、充葉はオレからの愛を欲しがっているように映るの?」
「あ、……ああ」

 以外だった。都合の良い話。
 オレからの愛が欲しいなんて。自己愛に含まれる行為であるけれど、充葉がオレから、外見上の利用価値以外で欲しているものがあるなんて。愛という言葉の囁きを。浅薄な男の思考として処理してしまえば済む話でもあるが、嚥下された喉仏から発せられた言葉の勢いは無視に留まることを許される範疇には存在しない。

 充葉

 オレにとっての唯一。愛を、愛を。オレからの。オレを愛しているから。オレから愛されたいの。本当に都合が良い。オレなんかの存在をなぜ欲しがるのか理解に苦しむ。充葉はオレを受け入れてくれるというのだろうか。
 挿入し、胎内にオレを吐き出したときに感じる、あたたかさを分け与えるとでもいうのだろうか。羊水に浸るような、子宮に包まれ、取り出された赤子を愛するように。充葉はオレを愛してくれるというのだろうか。

 充葉。
 充葉は背景ばかりが蠢く世界で唯一、輝いている。不思議で愚かで矮小な存在。


「充葉」

 オレに充葉をくれるっていうの。オレを充葉のものにして、愛してくれるっていうの。







 

 そう。





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