萌黄色の柱は身体を売る仕事を生業とする人間がいる証拠だ。
俺は生まれた時から鉄格子みたいな柱の中へ押し入られ、物心ついた頃から男に抱かれてきた。まだ世界の構造を理解していなかった時の俺の慰めは、滅多に降らない雪景色を眺めることであった。逆にいえば、それ以外の楽しみなど皆無に等しいものだったと言っても過言ではない。 
男娼は数こそ少ないが膣の中に種を植えなければ孕まないので、好き勝手甚振るには都合が良い存在だった。俺の肌には縄で締め付けられ、男たちに好き勝手玩ばれた傷が植えつけてあり、酷く醜い色をしていた。だが、その醜い肌に羞恥の色を乗せて、悲痛な涙を流す様が男にとっては、征服欲という自尊心を確立させる道具として、丁度良かったのだろう。俺が寝技が上手かったことと、絡まって、世界の仕組みを理解してきたころ、高級男娼と呼ばれる身分にまで昇格した。所詮、井の中の蛙の世界であるが。



ある日、俺を雇っている王族は自分の双眸が優れていたことを高く評価し、前払いだというように煙管を渡すと、隣国へ旅立つよう命じた。隣国の官僚たちを寝とり、機嫌をとってこい、という命令であったが上手く行く筈がない。野心に眼球を燃やす男は戦争が終わり数年経過した今でも反省の色を表していないらしい。人間など、そんなものだ。簡単に変われたら誰が苦労するだろうか。
俺は雇い主に言われるがまま、煙管を手に取った。
最低限の旅費を貰い、家畜と一緒に俺は運ばれていった。獣の臭いがするので、賓客として王宮に入る前事情を説明し、湯を貰わなければいけない。面倒であるが、雇い主が俺に渡した旅費の中に、贅沢をする余裕はなく、家畜と同等の存在価値だと納得せざる負えなかった。
王都へ到着すると何人もの職人が月日を費やしたことが分かる凱旋門が姿を見せ、偉業さを称えているようだった。戦火を一度たりとも浴びなかった王都は活気付いていて、王宮へと続く道のりは、陽気な商人たちが屋台を並べ、この国の繁栄に貢献していた。冬だというのに、皆が元気だ。だが、この王都の実態は一里離れると、貧困に漂う人間がいると言うことを忘れてはいけないのだろう。今頃、寒さで脚を殺しているに違いない。俺には関係ないが、どちらかというと、俺はそっち側の人間だ。
馬車は王宮へ続く橋を渡り、槍を携えた兵士に尋問を受ける。屈強な身体をした兵士の鼓膜を破る音は眠りを妨げた。事情を説明した馬車の主から聞こえる下世話な声色が俺の機嫌を落としていく。
検問を抜けると、王庭の隅に荷馬車を止め、馬車の主が俺の腕を掴んだ。伸びた筋に痛さを感じながらも金を要求されているのだろうと、懐からすっかり獣臭くなった紙幣を取り出し男の渡したが男は俺の腕を離さなかった。怪訝そうな顔色で俺を値踏みするように舐め、荷馬車へと押し倒した。家畜が積んであるというのに、正気かこの男はと睨みを利かすが、興奮した男を制止する力はなく。いつものことかと、溜息を吐き出した。
豚や馬がいる中での商売は初めてであったが、俺の後孔は難なく男の肉棒を飲み込んだ。高級男娼の肉壁を味わいながら男は涎を垂らした。
俺が犯されている風景を、真横で豚達は荒い息を立てて見ていた。背中は板で擦られ、男の精液が俺の胎内へ発射される。男の粘ついた毒のある、涎が、俺の太股に触った。早く犯してしまうんだったとか、冗談じゃない。
俺はお前が毎晩買える金額ではないぞ、と思ったが、一旦、萌黄色の柱から出た俺の価値など、抱く相手が決めることであったと、思い出す。秩序という名のルールを取り外せば、売春など、一円からでも行えるのだ。そして、あいにく、俺は金の稼ぎ方を、この行為でしか知らない。



男は三回ほど俺を犯すと満足したのか、金を受け取り、俺を王宮へと引き渡した。
襤褸雑巾のような餓鬼を見て、高級男娼だと信じぬ王宮の者は怪訝そうな顔をしたので、仕方なく、陰茎を舐めてやった。王宮の男は服装からして中流以上の貴族階級なのだろう。この男を瓦解させると、あとが楽だ。もっとも、馬車の主である男に犯されなければしなくてよかった苦労であるが。あの男に犯されたお陰で俺の身なりは随分変貌してしまった。
丹念に舐め上げ、後孔を弄りながら、雇い主から授かった証書を見せてやる。阿呆な頭になり警戒心が緩んだ男は簡単に俺の言うことを信じ、変わりに、後孔へ肉棒を挿入させてくれと懇願してきたので「使い古しでよければ」と吐き出し、抱かせてやった。快楽は人を阿呆にする。
俺を抱いた男は俺の身なりを綺麗に整えた。凡庸などこにでもいる顔であるが、色気があるなぁと、優男は褒め、俺の頬に触れた。その頃には私室へ連れ込まれていたので「お金を出せば、暫くは会えるよ」と声色を多少変え、必死そうに眸を濡らしながら告げると、口づけをしてきた。肉厚が咥内を犯し酷く気持ち悪かった。男は身支度を整え、綺麗にした俺を人形のようだと称賛した。異国人の俺からしてみれば、お前たちの伸びきった睫毛や毛色の違う髪の方が人形のようだと言ってやりたかったが、口を閉ざし、にっこりとだけ、微笑んだ。
俺の値段はその日の間に貴族の間で回った。秩序という名のルールは雇い主が書いた証書に記されていたらしく、普段の俺からすれば破格の値段であった。だが、俺に命じる数が増える度に、金額も跳ね上がり、一晩の値段としては充分だと思えるものだった。初めに陥落した優男は俺に王宮の部屋を与え、夜が来るまでは、はじめて見る萌黄色の柱以外の風景を眺めていた。物事を考えず、茫然と時間が過ぎるのを待つのは得意だ。


だが、俺は何を思ったのか、突然、中庭へ脚を運びたくなった。毎夜抱かれる身体が苦痛を叫び、精神的にきていたのか、幼き日に見た雪景色が実際に降り積もった光景を久方ぶりに見、知らず知らずの間に脚を踏み出した。
土足が基本となっていたこの自国の文化と違い、靴というものは皮膚を柔らかく護った。アーチ型に削られ、離れ小島のように王宮の庭に存在する休憩所のような屋根の下で俺は落下してくる雪を眺めた。音の無い世界は俺を落ち着かせる。幼い日に浴びた数々の罵倒を聞かせずにいてくれる。母などおらず、欲しいとも思わないが、雪だけが、俺の世界に置いて絶対的な安堵を与えていた。

「ねぇ、なにしてるの」

雪を見ていると、音がない世界から侵入者が訪れ声をかけた。客が声をかけてくる時間には早いので、何も知らない一般人だろう。

「雪を見ていた、だけ」
「へぇ、ネルもねぇ、雪を見に来たんだよ」


去らないのか、この男と横に腰かけてきた顔を覗き込むと今まで見たことのない美しく整った男がそこにはいた。睫毛は靡くように伸びていて、鼻の筋は美しく通っている。林檎のように熟れた唇に、真珠をはめ込んだような美しい双眸。そしてなにより、雪のような肌をした青年がそこにはいた。年端は俺と変わらぬように思えるが、面立ちを見ただけで、俺とはかけ離れた世界の住人であることが分かる。

「雪って綺麗だよね――ネルはそう思う」
「俺も」
「あ、まじで? 寒いけどぉ、可愛いので身体を包みこめば吹っ飛ぶよね――」
「可愛い?」
「ネルのこの服! 可愛くないのぉ?」
「可愛い、けど」

男であるはずの人間だが、白いロングがシフォン型になっているコートを羽織っており、お姫様が履くような絢爛豪華な装飾が施され、宝石が埋め込まれた靴がバランスを整えている。コートで身を包んでいるというのに、女物の羽織りで更に暖をとっているようだ。
俺の可愛いという言葉にネルというらしい男は満面の笑みを浮かべた。

「可愛いでしょ! パパは止めろっていうんだけどぉ」
「そうなんだ」
「ネルの趣味がわかるなんて、いい目してるね。ね、君さぁ、あんまり見かけないけどなんて名前?」

名前、か。

「爽太」
「あ、月代の人?」
「そうだけど」
「やっぱりね! ね! ネルのパパも月代の人なんだよぉ。ネルはね、ネル・トゥ・オーデルシュヴァング。驚いた?」

トゥ・オーデルシュヴァング
聞き覚えのある名だ。予備知識として入っている。

「王族」
「そうだよ。へぇ、けど、判っても跪かないんだ」
「跪いた方がいいのか」
「どっちでもいいよ。爽ちゃんの好きにすれば」


好きにすれば、と言われたことよりも、爽ちゃんと呼ばれた方が衝撃的であった。俺は表情を一瞬、堅め、誰かで名前を呼ばれるどころか、あだ名で呼ばれる日が来るとは思わなかったので、可笑しな気分になった。まるで、自分如き卑しい人間以下の家畜が普通の会話をしているようで。
ふふ、と笑ってしまった。

「ふ――ん、爽ちゃんって笑うと可愛いね」

王族は俺に告げた。
普段ならば馬鹿にされていると捉える発言だが、王族は無邪気であったので、特に何も感じなかった。先ほどから付きまとう、不確かな感覚が可笑しく俺の心を擽った。




「爽太!」


俺を匿っている優男だ。王族を見て、躊躇いを見せたが、俺は素早く立ち上がり手をあげる。

「え――もう行くのぉ? ネルつまんない」
「仕事だから」
「へぇ。あの人の所で? あんまり良い噂聞かないから無理しないでね。ここで会ったのも何かの縁だから、辛くなったらいうんだよ」
「うん。大丈夫。辛くても、食べていくには働かなくちゃいけないからさ」



王族には判らぬ悩みだろう。彼らは民草の貯蓄により、生を得ているのだから。
俺のように、生まれた時から、家畜のように生き身体を売って生活してきた人間がいることすら知らない可能性もある。
だけど、この真っ白な雪の空間を、純白な王族と共有できたのは良かったかも知れない。
俺は立ち上がり、雪を穢す男の腕の中へと戻っていく。この空間を穢すのはいつだって欲望にまみれた男の声だ。普段通りだと言い聞かせて、存在価値を探しに行く。
王族は俺が行った先をずっと見つめているようで、後ろから突き刺さるような視線を感じた。


王族、ネルと呼ばれたあの僅かな時間が、なんだか、酷く「生きている」と感じたのはどうしてであろうか。









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