「ネルが最も嫌いそうな行為を選択しただけの話」

平等主義者のリアリストは腐った部分を嫌う。現実から否定するように、頭からネルは可能性を理解しようとしない。純朴さが魅力だが、俺にとっては少々、痛み入る話である。「そんなの絶対間違っている」と大声で言える人間など、大抵はそうであるのだから。俺は告げるということに対する勇気を称賛するし、魅力あふれる人間が用いる力なのだろう。しかし、片想いする人間にとって見れば、なんとも悲壮漂う言葉なのだろうか。

「結局嫌われたいの」
「違う。馬鹿言うな」
「ふ――ん」

興味がないといった態度を取り続けるのに、喋るのを停止すれば、責められるのが目に見えており、大人しく口を開く。

「ネルは友達が売春行為をすることに対して寛容的ではないと思う。止めさせたいと願う筈だ。売春行為はネルの世界ではありえないことだから」

見ず知らずの男から金を受け取り、腰に手を引かれホテルに入っていく俺の姿を見て、剣幕な表情で怒鳴りつけるネルの姿は安易に想像がつく。
ネルは自分の言葉に責任が持てる人間だ。貫き通す強さがあり、無責任でない人間は多く存在しない。友達と言えば、絶交という言葉を聞くまでずっと友達なのだろう。そんな友達が売春行為をするなんて、許さない。

「へぇ、確かにそうだね」
「見つかったとき、止めさせようとして、彼氏にして下さいって頼む」
「わぁ、歪んでる」
「煩い、黙れ。歪んでいてもいい」
「けどさぁ、辛いだけじゃない? 好きでもないのに彼氏なんて」

男が告げた言葉は的を得ていた。理解している。泥沼に片足を突っ込む行為だと。いずれは別れを迎える関係だ。だいたい、気付かれない可能性もある。

「いいんだ。別に」

本当に。いいんだ、別に。
一時的にでも特別になりたい。
恋人になりたいという憧れを捨て、俺が彼の記憶に残りたいと強く願ったのは中学一年生のときだ。
入学式。
桜の花は満開を迎え、花弁が昇降口で舞っていた。俺は期待と希望を膨らませながら玄関に貼られたクラス表を覗いた。勿論、ネルが一緒であることを願っていたし、小学六年生の卒業式の日「一緒だったらいいよねぇ」とネルも言ってくれた。
俺はネルのすらりと伸びた後ろ姿を発見しクラスを尋ねるとネルはさも当たり前の顔で「クラス別だったね、爽ちゃん。残念だったし、悲しいけど、来年は一緒が良いよね」と告げた。
この言葉が俺にどれだけの衝撃を与えたか彼は知らない。俺がクラス表を見た時、登校拒否を考えるほど、落ち込んだし、ネルが他の新しい友達と笑顔で雑談を交わす光景を脳裏で想像して涙が押し寄せたというのに。
ネルはそうではないのだ。
ネルの友達の範囲は広い。あだ名で呼び合えば友達になるし、言葉にも責任を持つ人間だ。
けれど、俺に比べ、彼が「友達」だという人はとても軽いのだ。

俺は笑いながら「残念だったね、悲しいけど」と絶対に言えない。

個人に重点を置かない。非行に走ろうとすると止めるし、絶交するまで友達だけど、それは別に俺だけじゃない。
平等主義者のリアリストは「友達できたよ百人」を地で行く男だ。友達という枠組みの中で特別を作らない。なんて好きの数が多いんだろう。恋愛においても同じことだ。彼は誰かに寄りかかるような人間ではない。確固とした自立が出来ており、支え合いながら生きるという言葉を心の底では嫌っている筈だ。

「その瞬間、諦めたんだ」

男に語る。

「だから、一時的にでも特別になりたいの?」
「そう。お前はネルの幼馴染だから理解出来ない感情かもしれないけど」
「まぁね。幼馴染って言う枠組みにいるから俺は。爽太も、ここに居たかった?」
「和気藹藹な空気なんて大嫌いだ」

悩みが無いという顔をしながら、悶えている男の様な立場に立つくらいなら今の方がいい。苦みを曝け出せず、能面を貼り付けたような悲しい笑みを作りながら誤魔化す人間の輪になど入りたくない。ぬるま湯でお前たちのグループは泳いでいるだけだ。誰だって曖昧な空気は好きだから。
この男が金髪に変え、陸上選手が付けるべきでないピアスを開けたのは、家族に溶け込みたかったからだと俺は知っていた。男は養子の身分で男の家族は誰も血が繋がっていないし、結婚だってしていない。それでも家族に成りきろうとして、父親の容姿を真似ていることぐらい安易に判る。誰もが「憧れ」という言葉に騙されているが、憧れは理解から一番遠い感情だ。自らそれを行うという事は境界線を曖昧にしてしまいたいという意味だろう。男も女も抱くのも、どうせ家族に関係しているのだから。


「楽しいよ」
「同じにするな」

男との会話はそれで終わった。幼馴染を馬鹿にされ怒ったのか男らしくない乱暴な態度で更衣室の扉をあける。

「じゃあね、爽太」
「ああ、裕樹。一応、礼を言っておく」

かろやかに手をふって男は出て行った。残された俺は沁みついた青臭い腐臭に惑わされながら、のらりと立ち上がる。衣服に手を通し、更衣室を出た。






空の色は淀んでいて、千切れた雲を流していた。自宅へ帰り、鍵を取り出す。いつも通り簡素な部屋が姿を現した。両親は不在だ。仕事の性質上彼らは自宅に留まらない。不仲というわけではないが、お互い干渉せず、盆と正月を一緒に迎える程度だ。家政婦が作った食事が置いてあったが食べる気にならず冷蔵庫をあけ、ミネラルウォーターを口に運ぶ。喘ぐと喉が渇く。
自室へ戻り、鞄を部屋の隅っこへ置く。
ベッドに身体をダイブさせ天井を見つめながら、手を下腹部へと這わせた。

「ネル」

瞼を閉じると俺より少し低い身長をしたネルが俺を責める。けして長身というわけではないが、今のところ僅かながら俺の方が高い。男としてなら普通だが、抱かれたがっている身分としては微妙な心持にさせられる。

「んっ……」

男に抱かれた感触を上乗せするように、陰茎に触れる。ネルの声色を思い出すだけで簡単に勃起する陰茎は既に我慢の限界を迎えていた。
嬌声を吐き出しながら、裏筋をなぞる。
鈴口を触る。ネルの女のものと取られる白雪姫のように透明感がある美しい指が俺の陰茎に触れている。その姿は生唾を飲み込むほど卑猥で、涎が喉元から湧きだした。

「ね、る」

吐息は空間へととける。
あの艶やかな唇が俺のものへ触れる。ああ、汚いから触れないでよ! と懇願しながらも喜んでいる自分の馬鹿らしさに、蕩ける。下らない妄想だが、興奮を煽るには十分で、俺はゆるりと手のひらを後孔へと近づけた。
性行為をしていた証のように俺の後孔は緩んでいた。収縮を繰り返す襞は切れていて、痛みを得るが痛みさえ快楽である。
熱い粘膜に指を突っ込む。

「ぁ……、ネル、そこ」

自分の指をネルのものだと思い込む。交じり合ったことなどないが、妄想の中のネルは少し強引に。だけど優しく俺を抱く。性格通りの抱き方だろう。気まぐれに、意地悪になって、焦らすが最終的に肉棒を後孔へ捻じ込んで、俺に甘い愛の言葉を囁きながら抱いてくれる。

「はっぁ、いいっよ」

実際に肉棒は与えられない。我慢していたけど、今度から玩具でも通販で買うか。一度、男の味を閉めてしまった貪欲な後孔は指先での自慰などでは我慢できなくなっていた。
指を陰茎に這わせ、鈴口をベッドのシーツへ押しつけながら喘ぐ。

「ネルっ……!」

男との性行為なんかより、よっぽど気持ちよかった。
吐き出された精液を舐める。
ねぇ、俺をネルの特別にしてよ。
どんな形でも良いから。時間、なんて、どれだけかかっても大丈夫だから。


「大好き」

嚥下した精液が喉元に張り付いた。







……To be continued


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