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 スーパーでは野菜を中心に買い物籠の中へ入れた。肉も食べようかと思案したが値段の高さに諦め、壁に貼ってある特価サービス日に足を運ぶかと考えた。
 黄色い買い物籠をレジへと運び、中年の女性がバーコードに押し当て、会計してくれる。印象良くしていれば、特価の詳しい情報とか実は安くなる日とか教えてくれないだろうかとずる賢いことを思いながら、笑みを交わす。
 買い物籠を持ち、エコバックに食材を詰め込むと、スーパーを出た。
歩いているとようやく落ち着くことができて今日はサラダとオムライスでも食べるかと思いながら岐路を辿った。
 相変わらず古びれたアパートの軋む階段を上がりながら鍵を差し込む。がちゃりという音が響く筈なのに、なぜか、回らない。
 可笑しい。
 鍵はきちんと締めた筈なのに、どうしてだろう。泥棒か。こんな襤褸アパートに。いや、意外と侵入してくるかもしれない。僕がアパートへ出向きそれほど時間が経過していない筈だ。まだ犯人が中にいる可能性もある。
 念の為、百当番の番号を入力して、大根を片手に扉を開ける。
ぎぎぃと錆びた鉄が音をたて、扉はゆっくりと開いた。心臓が少しだけどきどきしていて、本当に泥棒だったら引っ越し初日からなんて、運がないんだろうか。
 廊下ともなっている台所を抜ける。今のところ異常はない。襖を横に開け、ベッドが置いてあるメインルームへと足を踏み入れると、想像していなかった人物が腰掛け、優雅に鍵を回していた。


「ジル」
「はぁん、充葉ぁんおかえりぃ」
「なんで、いるんだよ」
「だってぇ、充葉が教えてくれなかったからぁ。自分で探しちゃった。それにねぇ、充葉ぁ、古いアパートって鍵が全部屋一緒なんだよぉ。だからぁ、お隣契約して鍵をゲットしちゃいましたぁ」

 土足で僕の部屋に上がり込んでいたジルはさも当たり前のような態度で語りかけてきた。ちょっと待って。日本語が理解出来ない。

「僕のことなんて、どうでも良いくせに」

 歯を食いしばる様な声が漏れる。ジルは立ち上がる、大根を持っていた僕の手首を掴む。

「間抜けでぇ、おばかな充葉ぁん。誰が充葉ぁんのことどうでも良いなんていったのぉ」
「誰でもない」
「へぇん。充葉ぁんが勝手に勘違いしたんだぁ。良かったぁ、良かったねぇ、今度はオレはそいつを殺しちゃうところだったよぉん」

 手首に爪を食い込ませる。
 やめろ。優しくない手で僕に触るんじゃない! 気持ち悪い。だって、だってジルはどうでも良いくせに。僕のことなんて! 対比させられるような行動を取るな。

「あはぁん、充葉ぁん泣かないでぇ」
「泣いてなんか」
「泣いてるよぉん」

 ジルは僕の頬に落ちた涙を舐った。そのまま、眼鏡を押し上げられ、眼球を舐められる。お前は眸を舐めるのが本当に好きだな。

「充葉はぁん、昔から泣き虫さんなんだからぁ。ねぇ、充葉ぁん、覚えてるぅ? オレのために泣いたのは充葉ぁんだけだったんだよぉん」
「お前の、ため?」
「そう、オレのためぇん。けど、この涙は自分のためだねぇん」
「いつのこと?」
「覚えてないのぉん。まぁ、いいよぉん。その時も充葉ぁんは自分の為に泣いていたかも知れないけど、オレにとってはオレの為に泣いてくれたってぇん、受け取っているからさぁ」

 無性に謝りたい気持ちになる。ずるい。脅迫じゃないか。

「けどぉん、オレから逃げようとしたことは許さないよぉん」

 話が唐突に変わることが常なジルは掴んでいた手首が折れるかと思うくらい強い力で僕を握る。

「い、痛い、よジル」
「あはぁん、ごめんねぇ。痛くても我慢してねぇん」

 僕の後ろにあった襖がジルによって壊される。手首を掴んでいる手と違う手が貫いたのだ。僕に分かるのは、ジルがとてつもない、怒りを抱いているということだった。体育祭の時もそうだったけど、今は比べ物にならないくらい大量の怒りをジルは消化出来ずにいるのだろう。

「許して、ジル」
「ふふふ、脅えている充葉ぁんは可愛いねぇ。笑った顔はもっと好きだけどぉん」

 じゃあなんでこんなことするんだよ。
 尋ねようとも唇が震えて動かない。ジルは敗れた襖ごと、僕を押し倒す。尻もちをつき、お尻がじわじわと痛む。
 下を向いているとジルは僕の頬骨を掴み強引に上を向かせる。

「今回はぁん、勝手が過ぎたよねぇん」
「ひっあ、ジル、いやだ」

 スーパーの袋は錯乱している。生命の危機を感じ、後ずさりをするが、手首を握られたままなので、無駄な抵抗に過ぎない。顔が近づき、蛇の様な舌が咥内に入ってくる。にゅるにゅる動き周り、僕の舌を噛む。
 噛みちぎる勢いで、ジルが唇を離した瞬間、唇から血が流れた。もったいないというように、吸いつくと、貪る。
 思考回路は落されていき、手首にはリストカットしたような傷が出来た。
 怒りと、それと恐怖を僕にぶつけるような形でジルは僕を叩く。
 咥内はも血の味しかしなかった。まだ足りないのか、服を破り捨て、鳩尾に強打を放った。


「充葉がいけない、いけないんだよぉん」


 どうしてお前が泣いちゃいそうな顔してるの。逆だろう、ジル。
















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