俺の好きな男は平等主義者だった。リアリストを突き通す夢想家であるが、口にだす必要はない。彼は高潔で自らにも厳しい人間だ。女顔負けの美貌の裏に、極めて厳しい一面が潜んでいることなど、長年付き合いがある人間でないと気付かないだろう。俺は彼のそんな一面に恋をした。 きっかけは単純なもので、小学生の時、給食当番になり俺はゼリー担当だった。その日は欠席が一人居て、ゼリーが一つ余ることになっていた。支度された給食台の向こうから俺は手渡しでゼリーを配膳する。 最後の一人まで渡し終え、自信の給食を持ち、机へ戻ったがクラスの中心となっていた屈強な男子生徒一人に肩を掴まれた。 無機質な表情のまま振りかえると「ゼリーが足りない」という。「お前が取ったのではないか」と。給食当番である俺が疑われた。ゼリーなど興味が無いので違うと否定を繰り返したが、火に油を注ぐ形になり、クラス全員に責め立てられた。担任止めようと割り込んできたそうだったが、生徒の壁に阻まれ中々、辿りつけない。そんな時だった。 「爽ちゃんが取ったっていう証拠がないのに、疑うのって可笑しくない?」 凛とした澄んだ声が教室中に響く。一人椅子に腰かけながら光景を傍観していた黒沼ネルが声をあげた。 当時のネルは女性徒としてしか取れない容姿をしていた。長い睫毛に、硝子玉を埋めたような眸はいつでも輝きを増していた。分厚い、唇も艶があって、綺麗だ。きている洋服も、お洒落過ぎて、男物なのか、女物なのか判別できなかった。ただ、似合っていた。彼が身につけている衣服は、彼の為に作られたといっても過言でもない代物だった。 立ち上がり教師を引き連れて俺の机へ向かうと庇い立てる様な言葉を沢山、吐き出してくれた。 「ゼリーだって給食センターに問い合わせてみたらいいじゃん。他の奴が取っているかも知れないし。当番だったってだけで疑うなんて、変だよ。皆して責め上げて、この空気が異質って気付かないの!」 小学生が吐き出すとは思えない言葉で、皆が息を飲んだ。担任さえも、呆然としていて、自身の仕事を思い出したのか、生徒を慰めるように声をあげ給食センターへ電話をかけた。結論として一つゼリーが足らなかったのは向こうの不備だった。 「ありがとう」 礼を述べる。俺はこの時にもう落ちていたのだろう。ネルは振りかえり「ネル、黒沼ネルね。友達はあだ名で呼ぶ派だから。爽ちゃんって呼ぶね」と告げた。 クラスメイトでしかなかったネルはその日から俺にとって友達となった。友人など数えるほどしかいなかったので、この輝きが俺の友達なのだと、唾を飲んだ。 魅惑な誘惑を否定など出来る筈もなく、俺はその日からずっと友達という位置で六年間、この平等主義者に恋している。 狂ってしまうくらいに。 □ 「本当にいいの?」 「杞憂だ」 男が声をかける。勿論、ネルではない。俺のネルへの不毛な片想いは実る筈もないので、このような事態には陥らない。 パサリと服を脱ぐ。初めて晒す肌は僅かに震えていて、心臓に男が手のひらを押し当てた。後悔しないかの確認なのだろう。 面倒だ。 気遣わなくて良いので、早く抱いてくれれば良いのに。 「ネルには嫌われないよ。俺に抱かれたくらいで」 「別に……ネルに嫌われたいわけじゃない。ただ、俺自身を抑えたいからお前に抱かれるんだ」 誇り臭い部室等のベンチに背中を押される。瞼を閉じれば、俺を抱く人間はネルになる。 自慰だけでは物足りなくなり、男に誘いをかけたのは放課後だ。どうせ抱かれるなら、上手な奴が良いと思ったから男を選んだ。 男は学校の先輩でネルの幼馴染にあたる。校内きっての有名人であり、陸上の選手だった。将来オリンピック確実だと賛辞される表の顔とは裏腹に、この歳で抱いた男女の数は両手を超えるらしい。 驚異的な人望と名声、加えてこの顔立ちを見れば納得がいく。誰もが息を飲む美男子だ。切れ長なアーモンド形をした眸。上がった、眉毛。筋が良い鼻。唇は程良く厚く、健康的な色をしている。尊敬する人間の真似という噂のもと、顔に装着されたピアスが存在感を増していて、染めていて痛む筈の髪の毛はさらりと風に靡いた。昔からの知り合いであるが、変貌を遂げたこの男を誰もが好きに可笑しくはないだろう。だが、その昔からの知り合いを、自身の幼馴染に恋していると知っていて、何一つ変えない顔で、抱くなんて、普通の神経じゃない。 だからこそ、俺はこいつを選んだ。道連れは汚れきった人間でないと。なにしろ、俺はこいつに抱かれた後、売春行為をする予定なのだから。 「……ん」 男は俺の唇に啄ばむようなキスをした。 触れあうだけの軽いものを繰り返し、気分が盛り上がってきた所で唇の隙間から舌を侵入させられ、絡まれる。肉厚の厚さが脳内を犯していき、唾液が透明に光る線を引く。 「きつい?」 「大丈夫、だ」 そう、と男はまるで錯覚させられるような笑みを作る。皮肉なことに男とネルの笑い方は酷く似ていた。長年、一緒にいると笑い方まで似ているのだろうか。いや、違うな。きっとこの男が演技してネルの笑い方に似せているのだ。食えない人間だ。とことん。 「下衆が。早く、こいよ」 涎を拭きながら喋ると、男は呆れた顔をし、後ろで括っていた髪の毛を解いた。 「誘った人間のいう台詞?」 まったくその通りである。 「んっ……はぁ」 嬌声を堪える。 尻たぶを凭れ、ゆっくり、拡げられると、俺は宙に浮く。初めてが騎乗位なんて運が無い。男に頼んだのは間違いだったかもしれない。それとも、最後通牒なのか。お前が足を踏み入れ、自ら、走り抜こうという世界が、卑劣なものであるか知らせる為の。 「くっ……」 「爽太、力抜いて」 「抜いて、る」 男の肩へ爪を食い込ませる。筋肉が盛り上がっているせいで肉は堅い。鎖骨付近で爪先を抉る。男の肩からは血液が流れている筈なのに、微動なにしない余裕綽々な顔が腸を煮え繰り返す。 「抜いてないじゃない」 また、ネルに似た笑い方で男は笑うと、俺を引き剥がし、歯で乳首を弄くった。勃起している乳首は噛みやすいのか、痛い位の感覚で、甘噛されたあと、ねっとりとした粘膜が俺を舐めた。 「……っ ぁ」 「ちょっと、柔らかくなった、かな?」 後孔へ男の一物が挿入された。 鈴口の一番太い部分で止まる。十分、慣らした後なのに、俺の後孔は言う事をきかない。 「ここ抜ければ一気にいくんだけどなぁ」 「だったら、早くいけよ」 強引にねじ込んで欲しかった。痛みしか残らないくらいの勢いで劈いて欲しい。 「ふ――ん」 男が冷酷な一面を垣間見せる表情を見せる。興味を失せたような、諦めたような。今まで、嫌味と受け取れるくらい、甘やかした愛撫を受けていたため、現実味が出てくる。 「じゃあ、痛くしてあげる」 ネルとは似てもつかない笑みを浮かべ、声色は俺を嘲笑っていた。 劈かなかったのは男が尻タブをもち、俺の体重を支えていたからだ。 男は台詞の後、容赦なく手を離し、俺の後孔へ肉棒を突き刺した。 蕩けるくらい解されたあとでの容赦ない挿入は俺の脳内を麻痺させるには十分な力を持っていた。 「ひっ……ぁあ!」 我慢していた嬌声を上げてしまう。男は痛がる俺など気にせずに、腰を掴み、上下運動を繰り返された。 「爽太はここが好きなんだね、覚えておきな。役に立つから」 肉棒が浅くシコリがある部分を抉った。鈴口の堅さが震えを誘引させる。今まで味わったことが無い感覚だ。後孔を使用した自慰経験もないので、達する快楽が連続的に訪れるのに射精しない感覚など知らなかった。 「……っぁ、く、ぁあ、ひっ……」 同じ所を突かれていたはずなのに、いつのまにか胎内の肉棒は方針を変え、俺の最奥に位置する場所を狙っていた。 「ひっ……くぁ、っぁ、いい」 無意識に声が漏れる。 瞼を閉じて頭上を見上げる。双眸からは雫が落下していて、肩を伝う。光源は涙でゆがんでいた。 「次はこの場所ね。挿入している奴が気持ち良いのはこっちかな。俺のペニス銜え込んできて、亀頭のあたりを捩じる様な感じがして、すげぇ、気持ち良いよ」 「くっ……くそっあぁ、わかったぁ」 「良い子だね。覚えておきなよ。今からここで、男から金取ろうとしてるんでしょ」 事情を全部知っている男は収縮を繰り返し、男の一物を咥えている襞に触れると、指先で突く。 敏感にされた身体は背筋から、ぞくぞくと嫌なものが沸き上がってきた。初めてでバイアグラも使用せず達せるとは想像していなかったが、さすがとしか言いようがない。苛立つがどうでもいい。こんな男。 「ひっ……あ、イく」 「どうぞ? けど今度からは我慢しなよ。客より先に達するなんてマナー違反だよ」 「そ、っう、かよ」 「あ、けど、相手が望んでいる場合は違うかなぁ」 「ふっ……あぁあっあ!」 感じる場所を重点的に突かれる。 身体の中が痺れる。電流を流されたように。まさしく、麻痺するのだ。神経が。 「ひっ……ぁあ、ぁああ!」 射精する。 今まで経験したことない、長い射精だ。顔に生温かいものがあたり、セルフ顔射してしまっているのだろう。 「爽ちゃん、かわいいよ」 「ひっぁあ、ちくしょ、ずりぃ、ぁひゃああ!!」 俺をそのあだ名で呼ぶ人間は地球上で一人しかいなかった。 嫌だ。ネル。狂ってしまう。お前はどうして俺を見てくれないんだ。 平等主義者で、弱者の味方をして、情けを振り撒いて、最後まで面倒が見られないのなら手を出すな。愛しくて、殺してしまいそうになる。俺をみない、ネルという存在を。 「はぁ、はぁ、はぁ」 肩で息をする。 一物を引き抜かれた。コンドームを丸め男はゴミ箱へと捨てた。明日の朝、見つけた陸上部員が騒ぎ出すだろう。 「どうだった? 初めての味は」 「最低だ」 「優しく抱いてあげたのに」 「最後」 「爽ちゃん?」 「呼ぶなっていってんだろ」 肩を抱こうとする男を突き飛ばす。睨んでやると、手を下げた。衣服をちゃっかり着た男はベンチの横に座った。俺は腰が重い身体をなんとか起き上がらせ男から投げつけられたタオルで身体を拭く。身体は酷く臭かった。 「ねぇ、なんで、売春行為しようなんて思ったの? 別に自分を抑えるだけだったら売春っていう形じゃなくても良かったでしょう」 「関係ないだろ」 「ここまで、付き合わせておいて」 報酬というわけか。 察してしまった。男は俺が話すまで帰宅しないだろう。 「それは」 仕方なく、ゆっくり、口を開いた。 ……To be continued |