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 喧騒した空気の中で緊迫感が伝わってくる場所はあまりないだろう。僕は受験票を片手に、自分の番号を込まなく探した。真剣な眼差しの僕に比べ合格が決まっているジル
は背後から囃すように声をかけてくる。

「充葉ぁん大丈夫だってぇん、もう帰ろうよ」

 無視だ。
 答えてなどやるものか。
 着いてくるなと散々言ったのに「だってぇ、今日は父さんがいるからぁ」とか、暇つぶしという失礼極まりない理由で僕の後ろに立つ奴の言葉に耳を傾ける必要はない。
 結局……――僕が恋と自覚してからも、僕たちの関係は変わることなく平行線上のまま続いている。呼び出されればセックスはするし、こいつのことを愛しいと思う。
 答えて欲しいと願うだけで胸が痛み自己嫌悪に陥るのも、あの女を恨みたらしく呪う様な眼差しで見つめてしまうのも、変わらないことだ。忘れるように、必死になって、鉛筆を動かしたが僕らに変化は訪れず、今もずるずると関係を続けている。
 苦しいのは僕一人だけで、ジルとしては気楽なものだろう。もし、僕が博愛精神とやらを兼ね備え、相手に献身的に使える人間であれば、ジルが楽ならそれで良いと割り切れたのだろ。生憎、僕はそんな気持ち悪い、吐き気を誘引する美しい感情など持ち得ていなかった。今も、どろどろした感情が喉元に引っかかる。



「自己採点余裕で合格ラインだったじゃなぁい。寒いよぉ」

 厚手のコート、しかも全身を覆う色は黒で、足元を繋げているベルトらしきものを引き摺りながら、佇んでいる奴に言われてもなんの説得力もない。
 人を殺せるようなヒールを着用しているので、ただでさえ目立つ容姿のジルを更に目立たせる。合格発表の場では歪な存在だ。

「だいたいぃ、今はネットで見れるようになってるのにぃ、なんで、充葉はぁん、貼ってあるの見にくるのぉ」
「いいだろ、別に。僕の勝手だ」
「はぁん充葉、意味不明ぃ」

 不貞腐れるように、脚で絵を書き始めたジルは放置して、視線を駆使する。257の数字をだけを見つける。一段ずつ、列をずらしていく、250番台まで辿り着いた。抜けている数字があるので、受験番号を握る紙が冷や汗でいっぱいになる。

「あはぁん充葉ぁん、あったよぉ」

 ジルが指を示した方向を見ると確かに僕の番号が記載されてあった。自分で見つけたかったような気もするので、喜びは半減したが安堵で溜息をつく。精神状態としては嘗てないほど、荒んでいたので、心配だった。肩の力が落ち、受験番号を握り締めた。

「良かった」

 知らず知らずの間に呟く。あ、そうだ、と人混みの中から脱出すると、携帯電話を取り出し、家へと電話をかける。


「なぁにぃ、充葉ぁん、オレの前なのに、酷いよぉん」
「黙って」
番号を指で押し、プルプルという音が響く。「はい」と余所行き専用の声で母が出た。
「お母さん」
『充葉ね。もう、そろそろかかってくると思っていたわ』
「うん、それで」
『ふふ、わかっているわよ。声を聞いたら。母親だもの。合格、おめでとう』
「お母さん。うん、合格したよ。ありがとう」
『今日は御馳走だからはやく帰ってきなさい。充葉が好きなお寿司をとろうと思うから』
「うん、今から帰るよ。夕飯、準備手伝うから」
『待っているは、気を付けてね』

 電話を切る。
 携帯を折り曲げて、今の会話ですべてを察しただろうということを目線で告げる。ジルは、余裕綽々な笑みで僕の頬を撫でた。やめてくれ、この中には合格者がいるんだ。高校と違いクラス単位で動くことはないがゼミなどで一緒になるかもしれない人間がこの光景を見ていると困る。ジルの印象は他の誰よりも圧巻的に残るだろうから。

「帰るね、ジル」
「えぇん、酷いよぉん、オレより、やっぱり家族を取るんだね」

 擦られていた手のひらを引き払い、僕は歩きだしたが、ジルの一言により、立ち止まってしまう。
 なんてズルイ言葉だ。
 オレは可哀相な子なのに、充葉は幸せな家族が待つ家に、オレを置いて、オレを孤独にして、帰るのか。
 と告げられているのと同じ意味を持つ。理解しているのならば、振り払っていくのが、寧ろ優しさなのかも知れないが不可能だった。これが、惚れた人間の弱味なのかも知れない。
 愛している。愛して止まないのだ。僕はジルのことが。
 だけど、もう潮時かも知れないとジルが触れる冷酷な手のひらに触れながら思う。何回でも言う。
 僕はいつまでも献身的に愛を注げる良い人間ではない。自分の中で、他者の優劣を決めつける、普通の人間なのだ。恋愛という感情を知ってしまった以上、ジルへ、ご褒美が無い奉仕など出来る筈もない。


「久しぶりにファミレスへでも行こうか」
「え――あの、豚の餌ぁん」
「好きだっただろう。放課後に行くの」
「そうだねぇん。妥協案かなぁ。充葉の頼みだものぉん。ドリンクバー頼むからねぇ」
「長居はしないよ」

 ドリンクバー、イコール長居するという印象がある僕は即答するが、ジルは長居する必要がなんであるのぉん、という顔つきで僕を見てきた。お金を貰う事、が両親から唯一与えられた愛の証である、ジルにとってお金は湯水のように溢れ出る存在なのだろう。


「じゃあ、近くのカストで」
「ふふ、さすがぁん、充葉ぁん、わかってるねぇん」



 馬鹿。もう、その程度の言葉では僕は満足しないよ。
















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