9





「ひゃぁぁああ、ぁぁぁ、ジルぁ!」

 全部がジルによって埋め尽くされていく。僕という存在が消えて行く感覚さえする。

「はぁん、充葉ぁんの中にオレがいっぱいいるよぉん」
「ひっ……ひゃぁっぁああっあぁん!」

 ジルの肩に手を置きながら喘ぐ。僕の爪先はジルとセックスするようになってから、綺麗に整えられており、指跡だけが、ジルの肌についた。

「ひっ! ぁ、ジル……気持ち良い?」
「ふふふ、気持ち良いよぉ」
「ならっ良かったっひゃぁあぐあぁあ!」

 僕の問いかけに満足したのかジルは動きを激しくした。僕の腰を擽るように触り場所を確認したかと思うと、爪を立ててきた。腰が宙に浮き、限界までジルの陰茎が出て行ったと勘違いすると、奥底まで突き落とす。

「ひゃぁぁぁっぁああ! ジルぅぅ!」
「ふふふ良いよぉ充葉ぁん」
「うっふぁぁあん!」
「ここがお気に入りなのぉ充葉ぁんは」

 すべてを把握され、快楽を与えられる。この快楽をジルにあげられているのだろうかと、不安になりながら、雫が溜まる双眸をジルへと向ける。ジルは笑いながら狂乱を楽しむ様な口許を覗かせた。



 



「充葉ぁん、ちゃぁんと着替えた?」
「着替えたよ」

 あの後、僕らは獣のように貪りあい、最終下校時間のチャイムに気付き、交わることを止めた。警備員と相対するのは御免だ。まぁ、こんな隔離されたトイレに見回りが来るとは思えないけど。
 ネクタイを押し上げ、扉を開ける。そこには、化粧が施されたジルが立っていた。僕が胎内へ吐き出された精液を掻きだし、着替えている間にしたのだろう。家へ帰るだけといえ、ジルにとって家の中で化粧していることが最も重大なことなのだ。寝静まる時以外、ジルはこの屈強で物悲しい仮面を被っている。

「帰ろう、ジル」
「そうだねぇ。ねぇ、オレさぁ、待っててあげたんだよぉん。偉いよねぇ」
「偉いね、ジルは」
「褒めて、褒めてぇん、充葉ぁん」

 頭を撫でて欲しいのかと、呆れながら僕より幾分も高い、頭に触れる。くそ、僕も、あと少し身長が欲しかった。父さんは伸びるとか期待させるようなこというけど、高校三年生の後半なので、僕の身長はここで止まるだろう。

「ほら、良い子だね、ジルは」

 ワックスで固められているのに、柔らかな髪質に触れながら、ジルを撫でる。少しは屈んでくれたら良いのに。優しく撫でてやる。言葉を投げかけたのに、ジルからの返答はなく、不思議に思い、ジルの方へ眸を向けると、彼は全ての人間を魅了してやまない、ラピスラズリのように奥深い紫掛かった眸を揺らし、ひっそりと涙を流した。

「ジル? どうしたの?」
「ふふ、なんでもないんだよ、充葉ぁん。ただ、やっぱりぃ、充葉ぁんだなぁって」
「はぁ……」

 様子が可笑しい。奇天烈な行動は何時ものことだが、それとはまた違った。
久しぶりにジルが幼い笑みで微笑んだ気がした。化粧を被っているのに、素顔、みたいな笑みを。
 泣いているのに、可笑しな話だ。
 これだから、僕はジルから離れられない。
 お前のことが、愛しくて堪らないと、胸が焦がれるように打たれる。この愛しさに早く名前を付けてしまいたい。
 躊躇い、不透明なままにしておくのは、僕自身が、答えを嫌っているからだろう。薄々気付いている。幼馴染に対する情でも、親愛でも、なんでもない。


「ジル、帰ろう。歩いて」
「わかってるよぉん、充葉ぁん。ただ、もう少し頭、撫でてくれるぅ?」
「いいけど。手が痛いから屈んで」

 こんなことで良いならいくらでもしてやるさ。あっさり屈んだジルの頭を撫でながら思う。夜風が肌にあたり、少し、寒い。夏が終わり、もう秋なのだ。当たり前だが。季節の移り変わりに感傷的になるなんて、どうにかしているな。ジルはこの気温をどう受け取っているのだろう。
 性行為をしているよりお前はとても幸せそうな顔で僕に頭を撫でられているな。
 なぁ、ジル、お前が望むものってなんなんだ。
 僕はそれに成りたいんだ。
 だからこそ、愛の形を決めつけるのを、今、拒否している。愛しいからこそ、お前が僕に求める最大限のことはしてやりたい。

 ああ、けど、一つだけ、僕は成ってあげられないものがあるけど。
 母親……――
 この一つには僕は成れないんだ。あの女の代わりなんて死んでも御免だ。僕は僕の存在意義がある場所に落ち着きたい。代わりだなんて思いながら生きるだけで、心臓が喉元から飛び出てしまいそうになるよ。

「もう、満足した?」
「うん、もう、いいよぉん、充葉ぁん。お礼にキスしてあげるぅ」

 拒絶する前に口づけされた。濃厚なキスが飛んでくると予想していた僕は、啄ばむだけのキスに呆気を取られた。
 ジルは僕に手を差し出した。握り返すと、僕の手のひらは爪が食い込んでいく。
 
 僕の身体はジルの爪痕ばかりだ。





「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -