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 紅葉が深まり、秋という季節が似合う時期になってきた。ジルと僕の関係は相変わらずのままで、セフレという位置にいることに対して僕は不満も持たぬまま、ジルと接していた。
 ああ、けど唯一止めて欲しいと思うのは勉強の邪魔をされることだ。なぜか、ジルは僕が真剣に勉強している時に限り「セックスしようよ」と強請ってくる。夏の終わりにおきた、彼の中でセックスとして成立する行為も中には含んでおり、どちらにせよ、僕が静かに勉強できる時間はジルが母親と一緒に居る時であり、勉強したいという気持ちとジルと一緒に居たいという気持ちが矛盾しており、妙な感覚だった。しかし、それを覗けば僕は現状に大きな不満を抱いていなかった。一度の離別により得た、結論が僕を支えていた。
 極力、ジルと母親が並んでいるツーショットを見ないよう努めているということも関わってくるかも知れないが。

「そういえば、今日は学校に来てないな」

 ぼそり、と独り言を漏らす。学校へ通学しないことが珍しいことではないので、気に留めなかったが、そう言えば来ていないレベルの疑問である。僕は周囲を見渡し、確認作業を行っていると、坂本と目が合い、気まずい雰囲気に陥った。

 「イインチョウ、ジルは来てねぇぜ。ま、正式には指定校推薦の日だから、職員室に面接受けに行っているって言った方が正しいけど」

 坂本が自慢げに話してくるので、鼻で笑うようにして答える。

「あっそ」
 
 お前なんか、敵ではないというアピールである。ジルに関する情報をお前が知っているのは、一緒の大学に行く為、執拗にジルに聞いたということを僕は既に、当のジルから愚痴として聞かされていたので、痛くも痒くもなかった。僕はジルが受験する大学について、あまり触れたくなかったので、流していたけど。


 ジルは母親の母校を受験する。しかも芸大だ。

 芸大が悪いとは思わないが、ジルの頭があるなら、もっとレベルの高い所を狙えるし、なんだったら、国外を受けることだって可能だ。沢山の教師は彼の選択に戸惑いを見せたが、ジルに言う事を聞かすことがどれだけ大変かこの三年間で学んだので、苦渋を飲んだのだろう。
 納得がいかないという表情で彼を眺める教師は未だにいる。
 指定校推薦なのだから、教師側で落してしまっても良いのだろうけど、結局のところ、ジルが受験する場所を帰ることは出来ないので、おそらくジルは喜々とした笑みを浮かべながら、茶封筒を握り締めるだろう。

 彼を支配するのはいつだって、あの女だ。
 僕がどこを受けるんだと尋ねた時に(当然のことのように僕には淡い期待があった。同じ所ではないかという)平然な顔つきで、義務だというように「N大だよぉん。母さんがN大出身だからさぁ」と言われた僕の恥辱など、誰にも理解出来ないだろう。
 大学をそんな簡単な理由で選んでいいのか! と自身を擁護するような気持ちを含みつつ告げると、ジルは双眸を歪ませるような、面倒だといった表情を僕に見せたあと、指の腹で僕の唇に触れた。
 煩い子はいらないよと宣告されているみたいだったので、大人しく口を閉ざすことにした。
 夏からの流れで判ったことがあるとしたら、ジルが僕に与えるものは選択されておりジルに選ぶ権利がある。そして、ジルが僕から貰うものを僕が選択する権利はないという事だ。
 ジルは僕の欲しい所だけを選んで持っていく。以前からそうだったかも知れないけど、僕はようやくこの事実に気付いた。
 だって、ジルが僕に与えるものは、僕の中でとてつもない割合を占めているんだ。


「ジル!」

 坂本の声だ。
 驚嘆した声色でジルの名前を読んでいる。何をそんなに驚いているんだ。指定校推薦の面接が終わって帰ってきただけじゃないか。あいつが遅刻するのも珍しいことではなく、教室の雰囲気を破壊するような登場をするのも然程珍し話ではない。
 だが、状況がどうやらいつもと違うのは、今まで勉学に励んでいたクラスメイトが立ち上がり、ジルの方へと向かっていく。


「ジルだ」
「え、けど、はじめてみた」
「俺もだって」
「あんなのなんだぁ」

 騒がしい声が増える。僕はずり落ちてきた眼鏡を上に押し、顔をジルがいるであろう、教室の扉付近へ向けた。
 残念なことにジルの顔は見えなかった。彼の周りには人盛りが出来ていた。痩身であり、身長が高いジルであるが、クラスに居る屈強な男の背中が僕の視界を阻んだ。邪魔だな。

「充葉ぁん」

 ジルが僕の名前を呼ぶ。
 幼い頃、ジルが変わってしまったあの日のように、彼の周囲は人が映画のワンシーンのように割れて行く。王様か神が道を歩くようだなと、卑下しながら、僕は眸をジルと合わせた。
 その場には、化粧をしていないジルが立っていた。






 


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