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 夏が終わる。
 夏期講習と家とを交互に通う日々が続き、夏休みも終わりに近づいた。新学期が始まると校内はより、受験という色を深め、気付いたら、秋を迎えるのだろう。だから、僕にとって夏休みが終わるという事はひと夏の終了を指す。
 いや、僕でなくても、学生という身分に所属するものは、皆がどこか同じような感情を抱いているのではないだろうか。
 少し物悲しい気持ちを体験し、自分の高校三年間というのはなんとも侘しいものだったと、深々としたが、目の前に羅列する数式の多さに現実を取り戻し、再び、鉛筆を動かした。

 暫く数式を解く作業に集中する。僕の部屋は冷暖房完備だが、冷房より自然の風が好きなので、窓を開けているので、汗が額から、たらりと垂れた。日中はさすがに冷房を掛けるべきかと立ち上がり、窓を閉める。
 隣家と密接する窓に手をかければ、ジルのシルエットが見えて、息を止めた。家に居るのに、母親とくっ付いていないのは珍しい。自室になど、ジルの父親が帰宅した時間しか、居ないくせに。



「充葉ぁん」

 話しかけられ呼吸を飲みこむ。
 ジルは黒い爪先でカーテンを開け、日光の下に出てきた。照り変える熱に溺れそうな少年が、助けを求め、救いを見つけた様な表情で僕は、随分と、幸福感に支配された。

「ジル。珍しいね、部屋にいるなんて」
「うふふ、そうかなぁ。充葉ぁん、そっち行くからね」
「勉強しているから止めてくれ」
「くる日もくる日も充葉は勉強だねぇ」
「うん。受験生だから」
「別にいいじゃない。受験生でも」
「僕は勉強せずに志望校に合格出来る程頭が良くないんだ」
「充葉はぁん、そうだよねぇん。けど、オレは関係ないよ」
「かもね」

 ジルは言い放つと窓から身体を解放させた。子どもの頃は簡単に通り抜けられた窓だが、大きくなった今は、それほど簡単に抜けられない。僕ならわからないが、ジルの身長はとても大きく、窓を一つ抜けるのにも困難するのだろう。
 身体をくねらせながら、手脚を伸ばし、僕の窓に足をかける。危ないよという、宣告はまるで意味を持たないものなので、言葉を閉ざす。ジルの身体はまるで軟体動物かのように柔らかく曲がり、窓を突破した。僕の部屋に落ち立ったジルは肺いっぱいに空気を吸い込み、悦に浸る。

「充葉ぁんの匂いだね」
「いつもここにいるからね」
「家に上がったのってぇん、久しぶりだよね」
「そうだな」

 実際に久方ぶりだったので頷いておく。ジルが変わってしまったあの日から、僕はジルを誘うのに酷く臆病になってしまった。
 中学校に上がる頃には億劫へと変化し、次第に、壁を作るように自室への侵入を禁止していた。ジルの手にかかれば、いとも簡単に侵入されてしまったが。

「充葉ぁん、おいでぇ」

 ベッドに座ったジルは両手を広げ僕を手招きする。行為中に疼く独自に香りがしたので、自室の鍵を閉めてからジルの手を取った。
 ぐっと引き寄せられ、ジルの胸板に顔を埋める。


「セックスしようぉ、充葉ぁん」

 拒否権など始めからなく、僕はもう拒否を望まない身体になってしまったので、ジルの言葉に頷く。同時に、指先が僕の頬骨を両手で掴み、口づけを開始された。
 粘膜同士が絡まり合う音が聞こえたかと、思うと、着ていた音が破れる大きな音がする。
 服に無頓着なので、どうでも良いことではあるが、両親への説明が面倒だ。気付かれないうちに廃棄してしまおう。 
 今日のジルは不機嫌、だな。

「充葉ぁん」
「ジル、どうしたの」
「オレねぇ、オレねぇ、オレはねぇ、充葉ぁんにねぇ、充葉ぁんにねぇ、充葉ぁんにねぇ、慰めにぃ貰いにきたんだよぉ」
「そうなの、ジル」
「うん、オレはさぁ、とっても可哀相だから」

 知ってると頷くようにキスを返すと、乳首を引き千切られるくらい抓られた。

「ッ――ジルッ痛い」
「痛いくらいで良いんだよぉ、血液は勿体ないからオレが舐めてあげるからねぇん」
「そっ……あぁ! ひゃぐぁ、ふあ」

 乳首って再生するから大丈夫だよぉんと、言いながらジルは僕の乳首に爪を食い込ませる。
 痛い、痛い! と泣き叫ぶように、訴えるがジルの指は止まらなかった。ガリッと皮を剥がすように進めていく。

「ひっぁ、じる、痛い」
「痛くても良いんだよ」
「ふぁっううっあぁ」
「うん、可愛いね、充葉ぁん」

 痛みで出た涙をジルは舐めた。舐め始めると僕の乳首にかけられた手は離れた。ジルは僕の布団を捲り、中へと潜り込む。

「充葉ぁんの匂いがするね」
「ジ、ル?」
「セックスは終わりだよぉん」
「今のがセックスなのか?」
「今日はねぇん。形なんて、どれでも良いじゃない」

 泣きそうな声色で僕に告げるとジルは僕を布団の中へと引き入れた。夏の暑さでじっとりする日、布団に篭り、僕ら二人はなにをしているのだろうか。

「冷房、つけさして」
「いいよぉん」

 リモコンへ手を伸ばして冷房を付ける。機械音と共に冷たい風が吹きかける。僕らは布団の中で眠りに着いた。
 夏休み、終盤。
 久しぶりに見るジルは赤子のようで、とても衰弱していた。眠っていると、あの女の奇声のような音が僕にだけ聞こえる。ジルに伝わらないように耳を塞いだ。なにするのぉん充葉ぁんともジルはなにも云わなかった。




 


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