触らないで行かないで寂しくしないで





ジルには相変わらず日本語が通じない。
外国語も同じだが。
通じる言葉といえば、ジルの為に用意されたテレパシーの部分だけで、酷く曖昧で精神的なものに頼るしかない。僕がどれだけ、必死になって訴えようと、異星人の仮面を被った美しい人間は聞く耳を持たず、陽気に顔をゆがませては、僕の名前を繰り返すのだ。壁にむかい、会話している方がマシなのではないかと思う。

「充葉ぁん。充葉ぁん、オレねぇ良いこと思いついたんだよぉ。オレを充葉に埋もれているから駄目なのであってぇ、充葉がオレに埋もれれば、上手に行くかも知れないんだぁ。わかった? じゃぁ、実験しようねぇ」

理解出来るわけないだろう。お前の頭は間抜けなのか。
頬にねっとりとした舌を当て、肉厚が皮膚を抉る。長い爪は頸動脈をとらえ、鼓動を数える、トロンボーンのようにゆっくりと音を捉えた。

「嫌だよ、ジル」
「嫌じゃないでしょぉ。充葉だって、オレの名案に賛成なくせにぃ。嘘なんかつかなくて良いんだよぉ。安心してよぉ充葉ぁん」

嘘なんか微塵もついていないというのに。勝手に決めつけて、物事を自分の都合が悪いようにか、自分の都合の良いようにしか受け取れない両極端なジルは、僕の衣服を慣れた手つきで脱がしていく。ワイシャツのボタンは呆気なく、破り捨てられ、高校の時を思い出し憂鬱が増す。表れでた、乳首を生きる為に食糧を欲しがる赤子のようにしゃぶりつく。

「やめろ、ジル。そんな、気分じゃないんだ」
「囃さないでよぉん、充葉ぁ」
「からかっているつもりは、ない」
「もおぅん、充葉ったらぁ、オレを泣かせてもしかして楽しいのぉ。止めてよぉ、冗談ばかり言うのぉ。これ以上、追い詰められたら、オレさぁ、なにをするか、判らないよぉ」


だから、黙ってお前は転がっていろ

と言われたのも同じだ。
僕は深いため息を漏らして、ジルに言われるがまま身体を委ねた。どういえば、僕が上手に反論できないか熟知しているジルならではの声色が、心地よくなっている僕という人間は随分、幸せな脳味噌の持ち主か、残念なキチガイのどちらかである。おそらく、後者だろう。
眼鏡のレンズが反射して、ジルの何重にも巻きつけられた手首の傷を眺める。あの傷跡はジルの命を縮めているのではなく、確実に僕の命を縮めるものだと知っていた。
身体を好き勝手ジルに触られていると、まるでマリファナを吸ったように、意識が透明に狼狽する。僕たちの幼少期が脳裏に浮かびあがり、戻ろうと手を伸ばしてしまいたい。
とんでもない、幸福と共に訪れる絶望感は慣れないものだ。
こんな気持ちをジルに吐露したところで「馬鹿だねぇ、充葉ぁん。マリファナは外国から不要な知識が輸入されるまで日本人は食べ物として、食されていたんだよぉ。正しい方法を用意ると、麻薬って騒がれている存在も、麻薬じゃなくなるのぉ。つまり、ねぇ、充葉ぁん、オレが言いたいことは、すべて人間次第ってことなんだよぉ」と言われるのがオチだろう。
僕の妄想の中でだから、まだ判り易く説明してくれているが、つまり、からの科白は本来、ジルの口からは吐き出されることはないものだろう。この時点でも僕はうまく咀嚼出来ないのに。
隙間を埋め合うように抱き合うが、僕らは離れていくばかりだ。御伽噺のように、綺麗に過ごせれば良かったのに。現実というのは塩水ばかりを僕らに与える。

「ねぇ、充葉ぁん見てよぉん。しっかり、オレを見てよぉ」

全裸の僕に跨りジルは自慰行為を開始した。
陰茎を手で握りながら、涎を垂らす。醜い顔の筈なのに、美しくて、僕はやっていられない気持ちに陥る。

「見てぇん、見てぇん、充葉ぁん!」
「見てるから」
「もっとぉ、もっとだよぉん。充葉ぁん、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ」
「しっかり見てるから」

瞼を閉じてしまいたいけど、許されない行為らしい。
懐疑な眼差しが僕を責める。
陰茎は泡を吐き出し、白濁が僕の腹に飛ぶ。生暖かくて気持ち悪い。ジルの怪物みたいな手が白濁を救い上げ、僕の口へと運ぶ。否定などしていないのに、強引に張り込ませ、喉の肉を切り裂いていく。炎症をお越し熱が出てしまうと、ジルは一日中僕と一緒に居れて嬉しいので、この行為はよくされる。僕という存在が死なないとわかっているので。楽しい遊びなのだろう。偶に「ねぇ充葉ぁん、両足って必要なのかなぁ」と今までアニメを眺めていたジルが告げるので背筋が凍る。

「儀式には順番が必要だよねぇ、そう思わないぃ、充葉ぁん」
「ジルの脳味噌ではそうなの」
「オレの中ではそうなのぉ、ねぇ、充葉ぁちゃんと、今からもっともっともっともっとオレだけを見ていてねぇ」
「わかったよ」

白濁を食べた口にジルは舌を侵入させたあと、自身の後穴に指を突っ込んだ。収縮する襞の動きを無視して、長い指が内壁を壊していく。ここで、ようやくジルが告げていた言葉の意味を理解して、随分と白ける童貞喪失だと嘆息をついた。

「はぁん、充葉ぁん、充葉ぁん、オレねぇ、ねぇ」
「うん」
「オレねぇ、頑張るからねぇ、見ててねぇ」
「いつもと逆なんだね」
「ふふ、そうだよぉ。試してみようよぉん、ねぇ、充葉ぁん」

勃起していない僕の陰茎を触り「あれぇ、充葉ぁおかしいねぇ」とジルは告げた。当たり前だろう、僕は変態じゃない、と言ってやりたかったが、僕自身も理解できないんだという顔で濁した。嘘じゃないから、暴かれはしない。
この状態で、拘束されている訳でもないのに、手足が痺れたように動かないのだ。自分の心境など、深海で死んだ遺体のように不可解である。
ジルは沈んでいる僕の陰茎に口づけると、勃起を促す。お前に触られて感じない身体であれば僕はどれだけ楽だっただろうか。けれど、その反動でジルは今より辛かったかも知れない。言葉が通じない住人でいるジルにとって双眸で確認した事実だけが本物なのだ。だから、彼以外でも勃起する僕のことを「充葉ぁんはオレのこと本当は好きじゃないんでしょ。オレだけじゃないんでしょ」と言ったりする。理由は簡単。だってオレは充葉以外には勃たないもの、だ。
僕に特殊な能力があったら、お前と心を通わすことが出来たかもね。

「充葉ぁん、勃起したねぇ、良かったぁん、良かったぁん」
「そうだね、本当に良かったな」
「ふふ、じゃあ、充葉ぁ、いくよぉ」

後孔を爪先で食い込ませるように広げると、ジルは僕の陰茎に入り込んできた。
すべてを吸いつくすように、肉壁に飲まれていく。ジルの鼓動が感じられて眩暈がしてきそうだ。正しい役目を果たす日が訪れるなんて。男同士だからカウントされないかも知れないが。
女は一度も抱ける日は来ないけど。いや、僕が望めば簡単に訪れるだろうが、僕は一度たりとも、そう望まないだろう。


「はぁん、充葉ぁん、ふぁん、気持ちよいよぉ、充葉ぁん」
「うん、良かったね」
「充葉はぁん、気持ちよくないのぉ」
「気持ち良いよ」
「本当にぃ、充葉ぁ、充葉ぁん」


前立腺で感じるタイプではないので、ジルが快楽を得ているのは、僕と繋がっているという現実なのだろう。僕もそうだから。
ジルは気儘に腹の上で踊る。陰茎にまとわりついた肉壁が上下して、ジルの温度を感じた。
結局のところ、行っていることは普段と大差ない。肉体的快楽に繋がるか、そうでないかの気持ちだ。ただ、いつもより、物悲しい気持ちになった。身体に隙間風が吹いている。
埋めることなど、どんな方法をとったところで不可能なのだ。ただ、誤魔化すように孕みあう。

「充葉ぁん、充葉ぁん」

ある朝、お前が起きて、死んでいないように。







20111120

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