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「以上で代表委員会を終わります。今日、言ったことはクラスへ持ち帰り、きちんとお伝えください。では、お疲れ様でした」


 委員会終了の声が響き渡る。生ぬるい拍手が響き渡ったあと、各クラスの学級委員は席を立ちあがり、各々、教室を出て行く。僕も目の前に置かれたプリントを整理するため手を動かす。昔のことを思い出していたので、終了と同時に帰る準備をすることを怠ってしまった。いつもなら、僕も会議室の扉を潜っているところだ。
 目を横にやると、クラスへ配布する分として山のように積み重ねられたプリントがあり溜め息をつきたくなった。紙袋にでも入れておいてくれると運ぶのが楽なんだけどなぁと思いながら、整える。これを教室の教壇の上に置いて、今日の委員会の仕事は終わりだと鞄を背負い、プリントを持ち上げようとした瞬間、声をかけられる。

「充葉くん」

 ジルじゃない。もっと凡庸などこにでもいる人間の声だ。けれど、聞き覚えのある肉声なので、僕の友達の誰かなんだろう。

「飯沼くん」
「お疲れ、委員会」
「そっちこそ」

 他愛ない会話を交わす。
 飯沼くんは僕と同じ中学で、僕と同じグループに所属していた友達だ。女の子のように明確にグループ分けしてあるわけじゃないけど、なんとなくいつも一緒にいるメンバーというのは決まってくる。類は友を呼ぶというけど、僕の周りにはこうやって地味で委員会を真面目にこなすことに学校生活における存在意義を見出している人間がいっぱいいる。
 飯沼くんは切り揃えられた前髪に、小さなゴマ粒のような眼を動かしていた。人と喋るときに目を動かし、身体を少しだけ動かすのは彼の癖のようなものだ。僕はあまり好きではないけど、気になるレベルではないので、笑顔を浮かべ対応する。

「長かったよね今日の委員会は」
「だよね。充葉くんもそう思った?」
「うん、長かったよ。少し寝そうになっちゃって」

 乾いた笑い後を漏らすと飯沼くんも釣られるように笑った。そして、彼は手に持っていたプリントを一旦、机の上に置いた。長居する気なんだろうか。勘弁して欲しいなぁ。
 別に教室で待っているジルのことを気に掛けているわけではない。勝手にすれば、と言ったので彼は本当に残るのが面倒だと感じれば僕に言ったことなど忘れて一人、家へと帰るだろう。だから、この面倒だと思うのは率直な僕の気持ちなんだろう。もちろん、そんなこと表面上にだすほど幼稚ではないけれど。

「あのさぁ、充葉くん」
「なに?」

 首を傾げながら、答える。飯沼くんは斜めに下がった鞄の紐を握り締めるように立っている。これは、彼が不安になったときによくする仕草だ。ああ、なにか僕に相談ごとでもあるんだろうか。
 別に僕以外に話してくれたらいいのに。
 どうして、僕と一緒にいるいわゆる、お友達というカテゴリーに所属する人は僕になにかと相談したがるのだろうか。しかも、彼らの相談ごとというのは、聞いて貰うのが目的であって、明確な結論は望んでいないのだ。結論というのは実は結果を出すまえにそこにあって、ただ、彼らは僕に頷いて欲しいだけなんだ。
 まるで、みんな女の子みたいだと、いつか母が「女子の相談っていうのは結果が自分の中にあって、それを自分自身に納得させ、消化したいために喋っているのよ」と言っていたことを思い出した。どうして、母がそんなことを言っていたのかわからないけど。あれはジルからの報告会がはじまった時期でもあったので、人の心を敏感に読むことに長けている僕の母からのアドバイスだったのかも知れない。だって、ジルの報告会もまさしく、そんな感じだったから。そう考えるともしかしたら僕は聞くということに長けているのかも知れないと一人で納得する。
 眼前にいる飯沼くんが「今、時間あるかなぁ」と脅えながら尋ねてくる中、そんなことを考えていた。

「今日……明日じゃ駄目かな?」
 と僕。
「今日は、だめ、なんだ」
 と飯沼くん。
「うん、ちょっとこのあと用事があって」
「用事って、あの男……?」

 探る様な口調で飯沼くんはいう。僕は「そうだよ」と曖昧で誤魔化す笑みをもらしながら答えた。
 ジルの友達が僕のことをいいように思っていないように、僕の友達もジルのことをいいように思っていない。特に中学時代から一緒だった飯沼くんはジルのことを嫌悪しているといっても過言ではない。
 ジルと一緒に居ると存在が霞んで見える僕だけど、地味系男子と一緒にいれば委員長も何度も経験し、なにより派手系男子と滑らかな会話ができるので重宝された。そのくせ、彼らは僕がジルと喋ることを極端に嫌うのだけど。
 多分、自分たちの意見を率先して言いに行ってくれるのはありがたんだけど、その接触によってグループ内で唯一、派手系男子と円滑に会話でくる僕が、派手系男子に引き抜かれないか心配だったんだろう。いらない心配だとは思うけど、ジルと僕が喋っていると、なにか他の人が入ってこられないものが作りだされるらしい。それは、僕とジルがあの事件を共有しているという理由だけだと思うのだけど、僕の友達からしてみれば、そこに、油断したら僕を取られるという畏怖が潜んでいたのだ。
 あと、単純に彼らがジルを嫌いだということもある。
 ジルは母親以外の人間は自分の手下と勘違いしているのかも知れないと思うところがあり、特に地味で卑屈で文句を表だっていえない僕の友達を顎で使うのはお手の物だった。









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