「迷惑してるんだよトラも」

言われなくても僕だって、それくらい理解していると思いながら彼女の睦言に耳を傾けた。双眸に映るには僕が好きな人の彼女さん。一応、彼は僕と付き合っているということになっているから、セックスをする御友達なんだろうけど、彼女にとって呼び方の違いなど些細なものだし、何より、恋人が僕という人間だと知れば誰だって、自信満々に彼女だと言えるだろう。彼女は僕をぎろり、と睨みつける。女性特有の香りが鼻腔を過る。手首にかけすぎたと思われる香水に酔ってしまいそうになる。口元を押さえる仕草が気にいらなかったのか、平手打ちが飛んできて、頬っぺたがパンと音を立てた。拳銃で胸元を撃ち込まれるのと同じくらい威力があって、僕は心ごとよろけてしまう。彼女さんはヒステリックを起こしたみたいで、僕の髪の毛を毟り上げ何度も、両頬をぶった。僕ごときを打つことでストレスが収まるなら、存分に打ってくれて構わないのだけど、トラと性交したことある人間というだけで、触られるのが嫌な自分の小ささが目に見えて、心のどこかにある支柱が折れた音を聞いた。

「謝りなさいよ! トラに! 私に!」

私にの方が本音なのだろう。力強い声が篭っていた。けれど、僕は謝ることが出来なかった。ここで謝ってしまうのは楽だ。だけど、一時のことに過ぎない。だって、僕はトラと別れることが出来ないのだから、無駄な期待を彼女に抱かせることになってしまう。いい加減、トラを解放してあげなくちゃいけないことだって、判っているのに、僕は必至に倒れそうな船にしがみ付き、許して下さいと、トラにだけ聞こえる声で謝罪するのだ。その謝罪はトラへ送る言葉であって、けして彼女に対してではないのが、僕自身の醜さを表していると言えるだろう。

「離れてあげてよ!」

痛烈な声で叫ぶ彼女の頬から落ちた涙に、心髄ではごめんなさいと言いながらも、口を閉ざした。彼女の行動は更に悪化し、僕を突き飛ばすと馬乗りになり、胸元を殴りつけた。ひとしきり、殴り続けたあと携帯電話と取りだして、どこかへ電話をかける。誰か、変わりに僕をやっつけて貰おうと考えているのだろうか。だって、受話器から、犯すだの、犯さないだの、物騒な言葉が飛び交ってきた。僕くらいの後孔なら、好きに利用してくれても良いけど、トラに暴かれた時、穢いと罵倒されるのだけが嫌だと思った。勿論、他の人に犯されるのも嫌だけど、それくらいは、ある意味僕という人間に対して課せられた罰なので、甘んじて受けよう。


「おい!」

彼女が意気揚々と、醜い自分の為だけに作られた美しい顔を僕に見せようとした瞬間、背後から彼女が喋っていた携帯電話を大きな手が取り上げる。僕はその爪先を見ただけで、誰の手か判ってしまい、頭が混乱を起こす。巨大な焦りだ。
どうしよう。トラが、怒っている。多分、僕にじゃない。長年、一緒にいた勘でそれは判る。彼女に対してだ。彼女は悪くないのに。
携帯電話はグシャと林檎を砕くように呆気なく塵になる。
彼女の言葉に耳を貸さないトラは僕の上に乗っていた彼女を放り投げて、顔を殴った。女の子なのに駄目だよと、庇いたてしようとする僕の胸元をつかんで、馬鹿か! と叫んだ。その通りなので、何も言えず、そもそも、彼女に暴力を与えられ過ぎた僕の身体は激痛で思うように動かなくなっているということに、この時、初めて気付いた。
トラの性欲を満たしてくれる素晴らしい人であった筈なのに、今はすっかりトラによって、廃棄処分されてしまった彼女を放置して、トラは僕を抱きかかえると歩きだした。米俵を担ぐように肩に僕を乗せ、歩き出す。病院に連れて行ってくれるみたいだ。歩きながらトラに何度も「ごめんなさい」と謝罪を繰り返したけど「黙れ」と言われたので、口を閉ざした。
なんて、僕は罪深い人間なのだろう。やはり生きている価値など微塵もないのだと思いながらトラが流す涙の音を僕は背中で聞いていた。












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