My dear! | ナノ


「ごめんなさい!」
「わかったよ、大丈夫だから」
「ほんっっとうにごめんなさい!」
「ねえ、ちょっと、僕の言葉は無視かい?」
「ごっごめんなさい!」
「…」


恋人がこんなに謝ってきていて大丈夫だ、と言わないのはさすがにな、と思って僕は奈美を責めなかった。明日は2人でどこか行こう、と誘って来たのは奈美だ。でもよくわからないけど何故かあの金髪の男に呼ばれたらしい。珍しく、僕の名前を噛みもせずに呼んでくれたなあと思っていたら奈美は泣き叫ぶようにこう言ったのだ。"ディーノさんが!私に用事、あるらしくて、明日、ごめんなさい!"…なんなのあの男。


「きょ、恭弥、怒って、る?」
「別に」
「…あのさ、明日の行く予定だったの、またいつか行かない…?」
「別にいいよ、奈美の好きにすればいい」
「じゃ、じゃあ明後日!明後日の日曜日、行こ!」
「いいよ、明後日ね」


僕は忘れないようにもう1度心の中で日曜日、と呟いた。さて、書類をやらなくちゃな、と手を伸ばしたちょうどその時。が、しゃん、と僕のマグカップが割れた。すると奈美の顔は青くなる。


「うわ、恭弥、大丈夫?破片とか、飛んでない?」
「、大丈夫。奈美こそ危ないからそこ、どいて」


マグカップが落ちたのは完全に僕の不注意。奈美があたりに散らばっている破片を拾い集めようとしている所をやめさせて僕はほうきを取り出した。適当に破片を集めて部屋の隅にでも置いておけば草薙が処分してくれるだろう、と考えながらほうきを動かす。


「恭弥、やっぱり、怒ってる?」
「怒ってない」
「…恭弥、」
「なに?」
「私たち、て付き合ってる?」
「…何言ってるの?当たり前じゃない」
「……そっか、」


なんだか、もう世界なんて止まればいい。このまま奈美と2人だけでいい。どうしようもなく馬鹿で子供じみているけれど僕は、そう感じた。このまま、時間が止まればいいのに。そうすれば明日は来ない。奈美が他の男と会う事もない。ぐるぐると僕の中を這いずり回る、汚い感情。


「恭弥?どうしたの、ぼーとしちゃって」
「…なんでもないよ。帰ろうか、奈美」
「うん!」


その後は、いつもと同じように奈美を家まで送って、僕は帰路についた。風が、頬をかすめた。




「お、奈美ー!」
「ディーノさん!」


今頃、恭弥とデートしてたらなあ、と思いながら私は手を振るディーノさんに手を振り返した。いつも一緒の部下の人たちはいなくて、それでもディーノさんはまだ、ドジを起こしていないようだった。約束の場は公園。マフィアのボスがこんな所にいていいのか、と思いつつも私は小走りでディーノさんの所に行った。


「今日は、どうしたんですか?」
「悪いな、急に」
「いえ、別にいいですけど、」


いや、全然よくないけど。と心の中で思いつつも笑顔、笑顔、と心がけながら話す。今頃、恭弥はなにをしてるんだろう、寝てるかな、それとも学校にいるのかな、と次々と思い浮かんで来る。


「実はな、お前にお願いしたい事があるんだ」
「なんですか?」
「…言いにくいんだが、単刀直入に言うぞ!」
「ど、どうぞ!」
「来週の、パーティーに俺のこんにゃく者として来てくれ!」
「こ、こんにゃくにはさすがに無理というか、その嫌、というか」
「間違えた、婚約者、だ!」


こ、こんにゃくしゃ!?(あ、噛んだ)私の頭の中にはまずこんにゃくとキラキラしているパーティーが思い浮かんだ。そして間。


「こ、婚約者!?私と、ディーノさんが、ですか!?」
「…本当、にすまねえ!お願いだ!一生のお願い、聞いてくれ!」
「で、でも…」
「恭弥、か?」
「なっ…なぜ、それを!」
「なんで知ってるかって?恭弥が自分で言ってたぞ?」


…なんで言っちゃうの、恭弥。私はみんなに教えたくないのに。(他の人に恭弥の事を話すとか、絶対無理!)少し肩を落としていられるのも束の間。ディーノさんは頭を再度、下げた。うわわ、なに大人に頭をさげさせてるんだ、私!


「ディーノさん、顔あげてください」
「…やっぱり、ダメか?」
「…いえ、あの、私で良かったら、どうぞ」
「…、え、それはつまり、来てくれる…とか」
「行く、とか行かせて頂く、というか、はい」
「ほ、本当か!?まじで、いいのか!?」
「私なんかでいいのなら、はい」
「うわー!まじ感謝、本当ありがとうな奈美!」


とたんに、ディーノさんは顔色を変えた。


「…というわけ、なのです」
「ふぅん。つまり、奈美は僕よりあの人の方が好きなんだ?」
「ち、違うよ!ディーノさんは、いい人だけど、私は」


そして日曜日。予想通り、恭弥を怒らせてしまった。近くのデパートにいる私たちは早々からどんより空気に突入していた。激しくこの雰囲気から逃げたい…!と思いつつも恭弥から逃げるなんてできるわけもなく、私はおとなしく座っている事にした。


「奈美は、あの人が好きなの?」
「…好き、だけど、恭弥の方がもっと好き」
「そう。ならいいよ」
「え、」
「今日、奈美の家に行っていいかな」
「え」
「駄目、とか言ったらどうなるか分ってる?」
「…え?」


恭弥の目がきら、と光ったのが見えた。こ、これは、逃げるが勝ちだ!と思いすぐさまエレベーターへと突っ走る。手をつないでいなかったのが良かった。(繋いだら別の意味でやばいけど)ちょうどエレベーターから人が降りて来て、誰もいない個室に私は乗り込んだ。すぐに別の階へ!とボタンを押す。それと同時になにかが入って来て、そしてドアが閉まった。否、閉まってしまった。


「奈美、どこに行くの?」
「きょ、恭弥…!」
「ねえ、なんで、僕から逃げたの?」
「に、逃げてなんか、ていうか近い,近い、近いよ!」


エレベーターって狭い、と改めて思う瞬間だった。2人しか乗っていないエレベーターは結構狭く作られていてそれで、なんというかだめだ。恭弥はためらいもせずに私に近づくと私の背を壁へと導き、そして逃げないように顔を挟むようにどん、と腕をついた。こ、これは…非常にいけない感じがする。


「ねえ、奈美、僕から逃げられるとでも思ったの?」
「お、思って、ません」
「それともこうやって2人きりになりたかったわけ?」
「そ、そんな事、考えない!」


顔、近い近い近いよ恭弥!ずいずい、と体を近くしてくる恭弥は意地悪そうな笑みを浮かべるとまたもや、ふぅん。と言った。早く、止まってくれればいいのに!と思い、エレベーターのボタンを連打する。それでもエレベーター特有のあの浮遊感は襲って来ない。


「エレベーター、動いてないよ」
「え、なんで!?」
「さっき、壊れたらしいんだけどそこに奈美が飛び込んだわけ」
「…つまり、」
「つまり?」
「閉じ込め、られてるの!?」
「まあ、そういう事になるね」


にやり、と笑う恭弥はあらまあ不思議、悪魔の表情。ああ、終わった。絶対に怒られる、絶対になにか言われる!脱力してエレベーターの床にぺたん、と座る。それに合わせて恭弥もかがむ。ああ、どうしよう、どうしよう、恭弥、絶対に怒ってるよ。


「…奈美は、僕が好きなの?」
「なっ、なにを聞くんですかあなたは」
「だってあの人の婚約者として行くだろう?」
「そ、それは、そうだけど」
「そして今日、僕が家に行っていいかと聞けば逃げるし」
「それは、その…恭弥の目、恐かったし」
「…なんで、あの人は良くて、僕の駄目なの」


そういうわけじゃない、よ恭弥。恭弥はわたしの好きな人だから。だから、他の男の人よりも意識しちゃうし、今だって、恥ずかしくて、死ねそうなんだよ。て、言えたらどんなに楽だろう。でも言えない私は黙る。言えない、言えるわけがない。私だけが恭弥を好きみたいじゃないか。一方通行の恋なんて、もう嫌だ。


「そ、じゃな、いっんだけ、ど…っ」
「…なんで泣くの」
「泣いてなんかっ、ない…!」
「そこまで、僕が嫌いかい?」
「、ちが、う!恭弥は好き、だからっ、変に、意識しちゃ、うし、恥ずかしい、し!」
「…なにそれ」
「恥ずかしく、て…だめ、なんだよ、だめなんだってば…!」
「…奈美、」


私の方に恭弥の手があたる。びく、と強ばる体。駄目だ、やっぱり変に意識してしまう。恥ずかしい、なんてものじゃない。今なら、本当に死ねる。いっその事、殺してほしい。


「恭弥、」
「奈美、僕は、自惚れてもいいのかい?」
「…っ、え?」
「奈美は僕が好きなんだ、て思っていいのかい?」
「、っ私たち、付き合ってるんじゃ、ないの…っ?」
「僕は、奈美が好き、だよ」


私こそ、自惚れていいのだろうか。彼は、私と同じように私の事を好きだいてくれている、と思っていいのだろうか。ああ、また、目頭が熱くなる。


「私も、恭弥が…っ、好き!」


ぎゅ、と抱きしめられて、涙を拭いてくれて、一緒にいてくれる。これ以上の幸せなんて望まない。彼がいるだけでいい、彼の声が聞こえればいい、彼が私なんかを好きだなんて幸せすぎる。これ以上望むものなんてない。いつの間にか、涙は止まっていた。




「…奈美、腫れてるよ、目」
「わかってる、」
「さっき外から声聞こえたからもうすぐで開くと思うんだけど」
「そっか、」


恥ずかしい。あんなに大泣きした自分が恥ずかしい。そしてこの状態で他の人に会うと言うことがもっと恥ずかしい。そしてどこかでエレベーターの扉なんて開かなくていいと思っている自分が恥ずかしかった。


「…奈美」
「なに、恭弥」
「こっち、向いて」
「やだ」
「なんで」
「腫れてるんでしょ」
「だから、それを見るんだよ」


折れるのはいつも私の方だ。しょうがないから顔を恭弥に向ける。そして、呼吸ができなくなって、そして少ししてまた呼吸できるようになる。


「…、恭弥?」
「このごろしてなかったよね」


恭弥が笑うと同時に私の顔が熱くなるのを感じて、やはりそれと同時に狭い空間に光が差し込んだ。



12.エレベーターを降りる五秒前




(で、今日は家に行っていいのかい?)(…え、それ本気、ですか)(僕はいつでも本気だよ)(…あー、えーと、考えておきます)




なっが!なにこれなっが!(2回目)
でも書いてて楽しかったからいいや
081019 星羅