寺子屋からの帰り道、ふと目にとまったのは店先に並んだ色とりどりのかんざしだ。
桃、金細工、トンボ玉。
ただ、目にとまっただけ。手に取るほど関心をそそられたものではなかった。
だから、横から無骨な手が伸びてきてもさして気にはとめなかったのだが。


「これは、きっと君に似合うだろうな」
「…え?」

その手が紅珊瑚の1つを拾いあげて、するりとわたしの髪に添えるまでは。

――なんという人だ。

上半身の熱が全て顔に集中したような気分だ。
驚いたのは、その手の持ち主の髪と瞳の色、そして顔立ちがわたしたちとは根本的に違う造りをしていることだ。
つかの間、不躾にもじっと見つめてしまう。

「ほら、そうだろう?」
「いえ、あの、…じ、自分では見えなくて」
「あぁ、それもそうだ」

涼しげに、だが力を込めて細められたあたたかい色をした瞳は、なんと魅力的なのだろう。
かんざしが動くのを感じてきゅっと身を縮めると、微かに吐息の漏れる音がした。


「本当に、よく似合っているよ」

顔が、もう、上げられない。なんというひとなのだろう。
そのまま動けないわたしの心境を知ってか知らずか、彼は静かに笑んだ様子だ。

「店主、これをこのまま引き取りたい。いくらだ?」
「えぇっ?何をおっしゃるんですか、こんな高価なもの…!」
「いいんだ。俺が勝手に似合うと思っただけなんだから」
「あの、あの…」

唇が震えてしまって、これ以上何も言えなかった。右往左往しているうちに彼は会計を終了してしまっているし、柔らかな笑みで見つめられては、たじろぐ暇すらないし。


「あの、やっぱりいただけません。だってわたしあなたを知らないし」
「それは困ったな、もう買ってしまった」
「わたしだって困ってしまいます!見ず知らずの方にこのようにただいただいてしまうなど…」
「…なら、代わりに君の“時間”をいただいてもいいだろうか」



それからは、あっという間だった。
慣れた手つきでわたしの腕を絡め取ってしまうと、市街地から外れる道を選んで歩き出す。

彼の言う“時間”とは、どうやらほんの少し共に歩いて話をすることだったらしい。
無駄に緊張していただけに、ほっとしたやら、なぜだかどこか落胆したやら。

途中でまた髪飾りに目を留めてしまうところには参ったが、(これ以上この人から何かをいただく、なんて考えられない!)楽しそうに瞳を細める横顔を見るのはわたしとて楽しい。これでは、わたしの方が楽しい“時間”をもらっている。



「ずいぶん歩いてきたな。足は平気か?」
「えぇ、実は丈夫なんです」
「そうか、ならばよかった。疲れさせてしまっただろう、ちょうどいいからここで休もう」

ようやく足を止めた時には、相当の時間を有したようで、陽は傾いていた。
海をのぞむ小高い丘にて腰をおろす。
はしたないと叱られてしまいそうだが、彼にそのような素振りは見られないどころか、着ていた外套を下に敷いて促してくれる。
その頃には、最初の「破天荒」な印象は薄れて、彼の型破りな振る舞いが新鮮で心地よいものに感じられていた。

海面は夕陽に反射して、黄金に輝いていた。ちょうど、隣で気持ちよさそうに風を浴びる彼の髪と同じ色。

「海へ行こうと思っている。南のあたたかい海に」
「へぇ、ステキですね」


遠くを見つめるあたたかい目。
きっと、青が似合うのだ。あたたかい海と、大きな空の青が。


「さて。名残惜しいが、俺はそろそろここを発つことにしよう。
君の隣で本当に楽しい時間を過ごしたよ、ありがとう」
「いえ!わたしこそ、なんだか夢を見ている気持ちでした…」
「旅先で君に似合いそうな珊瑚を見つけたら、また会いにくるよ」
「…えぇ、それでは。本当にありがとう」


青くて橙で、そのまんなかには数え切れないほどの色を孕んだ空を背に、消えていく彼の後ろ姿を見送った。
再び会えるのだろうか。
いや、会えない気もする。

「…でも、どちらでもいいか」


わたしは清々しい金色の風に出会った。
暖かな南風が吹くころになったら、もう一度ここから海をのぞもう。
どこかで満足げに瞳を細める彼と、繋がっているかもしれないから。









企画「娯楽」様に提出させていただきました。
うまくお題を活かせませんでしたが、素敵な企画に参加させていただき、ありがとうございました。




110418






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