「に、肉まんを半分こしませんか…!」

放課後の帰り道。いつもよりそわそわした夏目ちゃんはキョロキョロと大きな目を泳がせてあうあうと言葉にならないうめき声をあげてから、柔らかなほっぺをほんのり赤く染めて振り絞るように声を紡いだ。ぎゅう、と強く握られたチェックのスカートには皺が寄っていた。

季節は冬、もうすっかり息も白くなり、みんなマフラーを巻いてコートを羽織っている。
わたしと夏目ちゃんの両手にはあんまんと肉まんが半分ずつ。夏目ちゃんがあんまんを、わたしが肉まんを買ってふたりで半分こをした。今にも雪が降りそうな空模様の下、公園のベンチに座って、ほかほかと湯気を立てる肉まんに口をつける。

「なんか、ゆめみたいです」

ぽつり、小さな小さな夏目ちゃんの声が、白い息と共に吐き出された。

「お友だちと、放課後にこんなふうに肉まんを半分こしておはなしするなんて」

食べかけのあんまんから立ち上る湯気は空気に溶けて消える。彼女の柔らかな髪がふわふわと風に揺れた。

「わたし、高校に入ってから本当にしあわせで、」

夏目ちゃんの声はかすかに震えながら空気を揺るがす。乾いた地面を見つめたままぽつりと呟かれるそれはまるで独白のようで、わたしははむりと半分に割られた歪なあんまんを口にした。

「ミッティの親友になれて、ハルくんとお馬鹿なことたくさんして、ササヤンくんとも友達になれて」

彼女の声を聞きながらゆっくりとまろやかなあんを咀嚼する。あたたかい。独白は止まらない。きしきしと心臓が悲鳴をあげる。いやだ。大丈夫。聞きたい。聞きたくない。ふわりとスカートをいたずらに持ち上げた風がわたしたちの間を吹き抜けていく。

「…みっちゃんさんに、恋をして」

不意に落とされた呟きは微かな震えを伴って夏目ちゃんの口唇からこぼれ落ちる。ごくり、よく噛まずに飲み込んだあんが喉を焼いた。

「ふ、ふられちゃったんですけど…!」

びっくりするくらい空元気な声は一生懸命暗い雰囲気にしないようにという彼女らしいやさしさ。知ってるよ。だって、ずっと傍で聞いていたし、見ていたもの。恋に臆病だった夏目ちゃんを。思慕を自覚していない夏目ちゃんを。潤んだ瞳で満善さんのことを見つめていた夏目ちゃんを。頬を上気させて想いを馳せる夏目ちゃんを。ずっとずっと、見てきたもの。

「…本当はずうっとうらやましかったんです」

すっかり冷えた彼女の両手におさまった肉まん。砂っぽい地面を見つめていた夏目ちゃんはふと顔をあげて遠くを見つめるように目を眇めた。

「誰かを想い、想われることが、自分だけが許されている居場所が、想いが通じ合うことが」

ぐじゅり、小さな音を立てて鼻をすすった夏目ちゃんはへへへ、と痛々しいほど明るい笑みを浮かべた。

「なーんて、ワガママですよね!今はもう、ミッティもハルくんもササヤンくんもいて、…こうして話を聞いてくれる大好きなお友だちもいるのに」

そう、少しはにかんだように頬を赤く染めて微笑んだ夏目ちゃんは、くるりと前に向き直ってすっかり冷めた肉まんにかぶりついた。

食べかけのあんまんが手のひらの冷気を吸ってだんだんと冷たくなっていく。おいしいです!と嬉しそうに肉まんを頬張る薔薇色の頬に、艶やかな口唇に、細く浮き出た喉に、ほんのり赤くなった目尻に、手を伸ばしそうになるのを生ぬるいあんを嚥下して押し殺した。


あたしは、あたしは
(夏目ちゃんを友だちだと思ったこと)
(一度もないんだよ)



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