飼っていた金魚が死んだ。ふよふよと狭い金魚鉢の中でだけ自由に泳いでいた金魚は、最期まで金魚鉢から逃げ出すこともできずにその水面に腹を見せぷかぷかと浮いていた。黒々とした虚ろな瞳に映るわたしの方こそ、死んだサカナのような瞳をしている。
去年の夏に彼がすくった金魚。一匹しかすくえなかったと彼は言ったけど、本当のことは何も知らない。もっとたくさんすくえたのかもしれないし、もしかしたら本当に一匹だけしかすくえなかったのかもしれない。
本当だったらふたりで行くことを約束していた夏祭り当日、癇癪を起こしてわたしは待ち合わせ場所に行かず家で膝を抱えて爪を噛んでいた。花火の音も喧騒も聞こえなくなって、外も内も静寂に包まれて何も見えなくなった頃に、ノックもなしに部屋に入って来たあいつが持っていた、安っぽいビニールの中を漂うふよふよとした朱色の肢体。
次の日すぐに小さな金魚鉢を買いに彼と出かけた。その帰りにまた癇癪を起こしたわたしは買ったばかりの金魚鉢を割った。硝子片で裂かれた皮膚からだらだらと朱色の血が流れる。あの金魚によく似た色だ。
ぬるりとした光沢を帯びたエナメル質な体をつまみ上げ、手のひらに乗せる。ひんやりとした冷たい肢体はぴくりともせずにわたしの手を濡らす。そっと手のひらを傾ければつるりと体を揺らし、水道に流れていく金魚の体。
きっともう少ししたら彼が訪ねてくる。安っぽいビニールを持って、あの金魚によく似た髪を揺らしながら夏の終わりを告げに来るのだ。

春光の死骸


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