例えば真っ暗な部屋の中で目蓋を開けていると、目を閉じているのかそれとも瞑っているのかそれとも瞳孔が開いているのか、上を向いてるのか下を向いてるのか横を向いてるのか裏を向いてるのかそれともどこも見ていないのかわからなくなるみたいに。ときどき、自分の心が迷子になって抜け殻なわたしはただ口を半開きにして在る筈も無い愛について黙殺してみる。
自らの存在意義について問いかけてみるも応えは日によって変わる不確かで曖昧で抽象的なもの。そのすべてに句読点をつけて抑揚を交えて紙芝居のように読みあげたなら半分腐ったこの脳みそでも少しは理解できるのだろうか。
喉を噛みちぎったぎざぎざな爪で掻きむしる癖は治らないまま。わたしの首にはハロウィーンでもないのに年中包帯が巻いてある。
この苦い声帯を引き裂いて生温い眼球に指を立てささくれ立った鼓膜を突き破ったらもう傷つくことはない気がする。一定の間隔で拍動を続ける甘い心臓に流れる血液の量を自分で調整できる能力が自分にあったのなら、きっとゆっくりじっくり時間をかけて窒息よりも緩やかに体内の酸素量をだんだん減らしてどこからも出血せずに多量失血で死ねるはず。
乾いた眼球で傍らに横たわる彼を見つめる。汚い右顔面。傷が、火傷が、炎症と膿を繰り返してじくじくとまばら模様になって眼球があったところの細長い真っ暗な伽藍の洞がわたしを責める。
ふとその穴に青く染まった人差し指と中指を突き入れてみた。じくじくと痛む傷口をわざと水につけて塩をかけて爪で抉るみたいに。慈しむように穴の縁をなぞる。
制服のスカーフがいやに赤い。首から滲む血のおかげで包帯が肌に張り付いて不快だった。

「どうしてこんなに痛いんだろうな」

涙もろい彼の涙腺は既に本人の意思に関係なくはらはらと塩辛い雫をこぼし続ける。陶磁器のようになだらかな彼の頬を伝い顎から落ちた涙が真白いコンクリートに斑点模様を描く。
相変わらずわたしの眼球は乾いていて、瞬きをする度に薄い皮膚の膜が痙攣を起こす。妙に静かな彼の声は空気を震わせるにはあまりに無機質であたたかい。

「ひとりじゃあないからだよ」

きっとそれは残酷で優しい事実。下唇に歯を立てれば鉄の味が滲む。
たしかにわたしたちはこの吐き気がするほど美しい世界で息をしていてその事実に頭を抱えて泣き叫びたくなって絶望と再生を繰り返す。
愚直にも脈動を辞めない心臓が根をあげるまできっとわたしは息をするだろうし、ひとりにはなれない事実を認識する度に喉が潰れるまで泣き叫ぶ彼の世界も回り続けるだろう。


いま君の動脈が温かいということ



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