街で彼を見かけたのは、本当に偶然だった。わたしはたんまり溜まっていた有給を無理矢理取らされて寂しいかな特にすることもなくブラブラと買い物に興じていた訳だが、彼の方はかっちりとスーツに身を包みまっすぐ一点を見つめきびきびと歩いていた。その相変わらずな歩き方から彼の実直な性格がにじみ出ていて少し可笑しかった。
彼はわたしの初恋のひとだった。初恋だけじゃない。彼はわたしの全てのハジメテを捧げた相手だった。初めて抱いた恋心も、初めて繋いだ手の大きさも、初めて触れた口唇の感触も、初めて重ねた肌の温もりも、わたしのハジメテは全て彼で埋め尽くされている。皮肉なことに、初めての別れを経験したのも彼だったのだけれど。
初恋は実らないとはよく言ったもので、わたしは距離に負けた。わたしが外部の大学に進学したのをきっかけに、彼と過ごす時間が極端に短くなった。今振り返ればくだらないことで悩んで泣いていたものだ。あの頃あんなに遠く感じていた距離はなんてことはない、少し頑張れば簡単に埋められる距離でしかなかった。ただそれにすら気付けないほどわたしは盲目で呆れるくらい子どもだった。
明確な別れを告げた訳じゃない。ただお互いが徐々に連絡を取り合わなくなり時の流れに合わせて想いも風化していった。あの頃のわたしは希望と夢に満ちあふれていた。きっとそれは彼も同じだろう。だからこそ他のことが疎かになり、色んなものを切り捨てた。恋愛も、そのひとつだった。夢を叶えるための尊い犠牲、とでも考えていたのだろうか。愚かだったと思うが、その愚かさこそが若さの象徴だったのだろう。今でこそ酒の席での肴に懐かしさを添えて笑いながら語ることもできるが、当時のわたしにはそれが全てで、世界の中心だった。

よそ見のひとつもしないでただただまっすぐ前を見据えて歩く昔より更に凛々しくなった彼の横顔を眺め、ふと口元が緩んだ。どこまでも子どもらしくない顔立ちだった彼もようやく歳相応になったみたい。自分もそれだけ歳を取ったのかと思うと余計可笑しくて。彼の背中を見送り、踵を返した。背中越し、左手をひらひらと振る。薬指に光る指輪が、静かに微笑んだ気がした。


やさしい速度で壊れていく


企画:少女と星屑/提出
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